第40話
「私は、外周を回っていたボールが円の中心へと向かう時の軌道が、何か不自然だなと思いました」
俺たちは一度カジノ「運命の輪」を離れて、隣のバーに入った。
ギャンブルが十六歳からオーケーなこの世界でも、アルコールは二十歳になってからなので、二人とも適当にフリードリンクを注文する。
夜中に男女が二人、いい雰囲気のバーで密談をしている、と字面だけはロマンチックだが、内心慣れない雰囲気に戸惑っているし、何より話している内容はロマンチックから程遠い。
「そうだな、あとは、ボールがマスに入る時の回転のかかり方もおかしかった。一瞬だけど、ヨーヨーみたいな急速なバックスピンがかかってた」
「……ボールの回転なんてよく気づきましたね」
「たまたまだよ。ちょうどボールがよく見える位置にいたから」
これは謙遜ではなく単なる事実だった。俺とミクさんの位置が偶然ギャラリーが少なく、そしてボールに近かっただけだ。
行商人であるミクさんは目端が効くし、俺はダンジョン攻略によって文字通り命懸けで動体視力を鍛えられている。
これらの好条件をもってして、熱に浮かされていない第三者が見ることで初めて判明した「事実」。
「ということはやっぱり──」
「ああ、あのカジノはイカサマをしている。たぶん、ルーレットの当たりマスを操作しているんだ」
つまりあのルーレットは、カジノ側が指定した場所にボールを入れることができるようになっているのだろう。
確証までは一歩遠いが、証拠が見つかれば憲兵に引き渡される案件だ。
「しかも、俺の予想が正しければ、あの一回限りじゃない。おそらく、何回もやってる」
「何回も、ですか? でも、どうしてそう思うんです?」
「一回目のルーレット、ムツミが賭けたのは10番。当たったのは12番。そして2回目は36番に賭けて35番に当たり」
「──つまり、高額を賭けたプレイヤーのすぐ近くに当たるようにして、あえて惜しい結果を演出している……?」
「その可能性が高い。ギリギリ当たらない状態を作り出すことで逆説的に射倖心を煽ってるんだろう。惜しい結果を出された本人は『次は当たるかも』と思い次の回もチップを置くし、うまくいけばギャラリーも引き込める。いいこと尽くめだ」
現にイカサマを仕掛けられたムツミは1回目よりも2回目に多くのチップを積んでいたし、ルーレットを取り囲む客も増えていた。
「──でも、何回もすぐ近くのマスで当たったら、プレイヤーの方も気づくと思うんですけど……」
「うん、だから、回ごとに“煽る”プレイヤーを変えているんだろうな。あっちを煽ってこっちを煽って、それでタイミングを見て少額賭けたやつにわざと当たりを出せば怪しまれない。この辺りのバランスは難しいけど、いい手だよ」
このイカサマの優れた点は、「何度も外れてもおかしくない」ことにある。マスが倍の数あるルーレットに一点賭け。元々が72分の1という低い確率だから、それが操作されているということに気づきにくい。
今回はたまたまムツミがカジノ側の見過ごせないほどの高額ベットを連続で行ったから2回連続でムツミが煽られたが、本来なら同じプレイヤーを2度続けて煽ったりもしないのだろう。
そうなるとマスの出目だけでイカサマを見破るのは非常に難しい。第三者が注意深く観察してやっと違和感に気づける程度だろう。
そしてタチが悪いのが、煽られたプレイヤーがこのルーレットをやめたくなくなるということ。
仮に同じ額をベットし続けるなら、たとえ99回外れても、たった一回当たるだけでプラスになって戻ってくる。次は当たるかもしれないと思わされた時点でアリ地獄の砂の上にハマってしまっている。だが当の本人はそのことに気づかず、「次は当たる」とチップを放出し続ける。
そして有金が尽きてから、絶望という黒い穴に落ちて行くのだ。
「運命の輪の巨大ルーレットに群がる客、もれなく全員カジノ側のカモってわけだ」
「──あそこが巧妙かつ陰湿なイカサマをするカジノってことはよくわかりました……。だから問題は──」
「うん、どうやってやったか、だよね」
ルーレットの出目の操作なんて、簡単にできることじゃない。
ディーラーがボールを回転させてからチップを賭け始めている。
だから、例えばボールを回し始めるディーラーの力加減でプレイヤーの賭けたマスの近くに落とすことはできない。
未来予知でもしない限り不可能だ。
つまり、ボールかルーレット。そのどちらかに、このイカサマのタネがある。
俺はそう言おうとして──
「違います。問題は、このイカサマを暴いてハジメさんがどうしたいか、です」
「──えっ?」
噛ませ犬スキルで異世界転移 @nikaidou_jirou
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