第38話

 通常のルーレットは1〜36の数字に赤と黒の色が降ってあり、賭け方に応じて賭け金が何倍になるか変わる。

 赤に賭ける、黒に賭ける、奇数に賭ける、偶数に賭けると色々あるが、いずれも配当は2倍や3倍とそれほど高くない。

 ルーレットで一番手っ取り早く稼ぐなら、36倍を狙うしかない。

 すなわち数字一つに一点賭け。


 だが、メローヌで一番大きなカジノ“運命の輪”のルーレットは普通のルーレットとは違う。

 それはルーレットのマス目の数の違い。

 通常のルーレットの倍、72マスの巨大ルーレットが用意されているのだ。

 普通のルーレットが大きなピザくらいのサイズに対して、この巨大ルーレットは中華テーブルくらいの大きさがある。


 そして、大きいのは何もサイズだけではない。マス目が普通の2倍なら、当たりずらさも2倍、すなわち、貰える配当も2倍にする必要がある。

 つまり、数字一点賭けの配当は36倍のさらに2倍で72倍──かと思いきや、


「100倍⁉︎」


「そう、100倍」


 俺はミクさんに説明した。

 時刻は夕刻過ぎ、通りに灯りが点き、カジノ「運命の輪」もギャンブラーたちで賑わっている。


「つまり、例えばだけど、数字の1に1ゴル賭けて、ルーレットの玉が1の穴に落ちたら、100ゴルになって返ってくるってわけ。本来の確率よりも高配当なのは、店側のサービスなのか、その分客に大きく賭けさせたいのか。ともあれ、これぞまさしく“運命の輪”。大勝負にはもってこいでしょ?」

 

 ヒナタちゃんの治療に必要な額は300ゴル。つまり数字一つに3ゴル賭けて、見事大当たりすれば俺たちの勝ちだ。

 手持ちは30ゴル。10回は勝負できる。

 まさしく一生一代の大博打になる。

 よし、早速やろう! とカジノの中心にデン!と構える特大ルーレットに駆け寄ろうとしたところで、ミクに腕を掴まれる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 本当にやるつもりですか?」


「もちろん」


 俺は決めた。どんな手を使ってでもヒナタちゃんを救ってみせると。そのためならば賭け事にだって手を出すし、一回や二回外れて俺の所持金が減ろうが構いはしない。

 だがミクは目の前に立ち塞がった。


「本来で有ればハジメさんがご自身のお金をどう使おうと構いません。ですが、これだけは言わせてください。賭け事で稼いだお金で病気を治してもらって、果たしてヒナタちゃんは喜ぶでしょうか?」


「それは…………」


 ミクさんから目を逸らす。

 俺がメローヌに来てからまだ何日も経っていない。当然、ヒナタちゃんとの付き合いもそう深くはない。だが貧しい自分の身の上よりも、旅人の俺の宿の心配をしてくれるような子だ。ギャンブルどころか、俺が身銭を切って自分を助けることすら申し訳なく思うだろう。


「でも、ほかに300ドル稼ぐ方法なんて──」


 そう言いかけたところで俺は、とある人物が“運命の輪”の前で雄叫びを上げるのを耳にした。


「よーし! いいぞ! 入れ! 10番! そこだ!」


 台に目をやれば、件の人物が賭けているのであろう10番のマスには1ゴルの金と黒のチップが10枚積まれている。


 つまりおよそ10万円を一点賭けしているわけで、その状況ならば興奮のあまり叫んでしまってもむしろ普通の反応と言っていいだろう。


 だから俺が驚いたのは、彼女のその服装だった。

 黒と白を基調としたフリルのついたスカートと袖の膨らんだドレスのような衣装。

 そして胸では懐中時計が時を刻んでいる。


「まさか、お前……」


「ほえ?」


 先ほどの酒場での啖呵は見る影もなく、素っ頓狂な声をあげて、戻し屋ムツミは振り向いた。

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