第37話
「ちくしょう……」
メローヌの町の商店街を歩きながら、俺は途方に暮れていた。
病に苦しむヒナタちゃんを家に送り届け、ヒナタちゃんのお母さんに、戻し屋に頼みを断られたことを告げると、お母さんは見るからに悲しそうな表情を浮かべた。
娘のために力を尽くしてくれてありがとう、と口ではそう言っていたけれど、内心では残念がっていることはわかっていた。
ダンジョンをなくし、この残酷な世界を終わらせる。そう息巻いていたのに、俺は病気の子ども一人、治してやれない。
「クソ!」
むかついて思わず路上の石を蹴りあげ、慌てて人に当たらないかと慌てたが、その心配はなかった。
平日の昼間だというのにメローヌの商店街はひどく閑散としている。
路店こそ出ているが、客の姿はない。
それもそのはず。この町の本当の顔は夜にこそ現れるからだ。
人呼んで、賭博の町、メローヌ。
平和な生活よりも、一世一代のギャンブルに命を賭けるものたちが集う場所。
少しでもメインストリートを外れれば、酒場やカジノがひしめいており、夜な夜な賭場が開かれている。
逆に昼間は静かなもので、あまり人とすれ違わない。
──と思ったところで、見知った顔を発見して、駆け寄った。
「あれ、ミクさん」
「ああ、ハジメさん! またお会いしましたね!」
行商人のミクとはアプリナで知り合ってからの仲だ。いつも包帯やポーションを安く売ってくれたり、その街の情報を教えてくれたりする。
それにしても──
「ミクさんって、俺が行く先々で会うよね」
「えっ、そ、そうですか?」
「街に滞在する期間も俺と同じくらいだし、行商人って言っても短過ぎるんじゃ……もしかして、ミクさんって、俺のストーカーだったり……」
ミクが顔を背ける。
あれ? もしかして悪ふざけが過ぎただろうか?
「あー、もちろん冗談だよ?」
「あ、そうですよね! あはははは!」
誤魔化すような笑いをするミクさん。
彼女が俺に何か隠し事をしているのだろうというのは、なんとなくわかる。でもミクのおかげで駆け出し探索者だった俺はロストダンジョンで修行をすることができたし、グレイブルの憲兵団にボコボコにされた時も助けてもらった。
だからたとえミクが俺に何か隠していたとしても、そんなことは正直どうでもいい。
たとえミクが俺を罠に嵌めようとしていたとしても俺は彼女のことを憎めないだろう。
彼女にならばたとえ裏切られても構わない。心の底からそう思える。
それだけ彼女の存在に俺は助けられている。
そうだ、と思いつく。ヒナタちゃんの病気のこと、そして戻し屋ムツミのこと、ミクに相談してみてはどうだろうかと。
いや、と踏みとどまる。
彼女には今まで十分すぎるくらい世話になったのに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「…………」
「あれ? どうしたんですか? 今度は急に考え込んだりして」
「いや、別に、ミクさんには関係のないことだよ」
そうだ。元はと言えば俺が病に苦しむヒナタちゃんを放っておけなかったからこうなっているんだ。自分で首を突っ込んだ件は、自分で解決するべきだ。
変なこと言ってごめん、会えて嬉しかったよと、俺が手を振ってその場を去ろうとすると──
「……関係ないってなんですか?」
ミクはプルプルと体を震わせた。
「どうせまた誰かのために手を差し伸べて、そうやって一人で抱え込んで、それでまたボロボロになるんですか? もっと頼ってくださいよ、私のこと。ハジメさんの力になりますから!」
その表情がいつになく真剣で驚いてしまう。
「ミクさん?」
「ハッ! ははは、ハジメさんはお得意様ですからね! 色んな街をさすらう行商人としては、固定客さんは貴重なのでついつい優遇してしまうのですよ! ──でも、本当に、私が力になれることがあったら、遠慮なくおっしゃってください」
なぜ彼女がそんなにも親身になってくれるのか、いつも不思議だ。
でも、これだけはわかる。俺を助けたいと言ってくれるミクさんの気持ちに嘘はないと。
気づいたら、俺は話してしまっていた。今自分が置かれている状況を。
「なるほど、病気の女の子を助けるためにはその、戻し屋? さんに頼む必要がある。だけどそのためには莫大なお金が必要、と」
「うん、そういうことになるのかな」
「はあ……こちらから聞いておいてなんですが、本当にお人好しさんですよね、ハジメさんは」
「うう……返す言葉もない……」
この場合の“お人好し”は純粋な褒め言葉ではない。
「その、戻し屋さんへの交渉が失敗してしまったとなると、問題はお金の稼ぎ方っていうことになりますね。本来であれば、行商人として、ダンジョンの手頃な狩場などをご紹介できればよかったのですが、残念ながらこの町には──」
「ダンジョンがない。そうなんだよな……」
そう、ここメローヌには、ダンジョンもロストダンジョンもない。迷宮がないのにも関わらずこの世界でここまで発展している町というのも珍しい。
近隣の町のダンジョンで稼いできた探索者たちが賭け事でお金を落としていった結果発展した町らしい。
こういった町もあるわけだ。
「かといって、近隣の町のダンジョンに行くのも、時間がかかり過ぎる。戻し屋のムツミがいつまでも待ってくれる保証もないし、それに……」
ヒナタちゃんの病状がそれまで安定しているという保証もない。最悪の場合は──
グッと拳を握り締める。
ダンジョンがなくても、なんとしてでもお金を稼がなくてはならない。どんな方法を使ってでも。
だがこの町にはろくな働き口がない。賭場のウェイターとか、そういった仕事しかない。無論、未成年の俺は雇ってもらえないだろう。
「はあ、あとはそれこそ賭け事でお金を増やすしかないけど、俺は十七歳だし……」
「え? この街の賭場は十六歳から利用できますよ?」
「え? マジ?」
「マジです」
その瞬間、俺の頭にある妙案が思い至った。
この方法なら、きっと大金を手にするのも夢じゃない!
俺はミクの手を引くと、走り出した。
「ちょっと、どこへ行くつもりですか⁉︎」
「やるんだよ、ギャンブルを! この町で一番大きな賭場があるカジノ“運命の輪”で!」
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