第36話
「だから、この子の病気を治してくれって、そう頼んでいるだけじゃないか!」
とある酒場で俺は叫んでいた。
フタバから、どんなバッドステータスでも治してしまう“戻し屋”の情報を聞いた俺は、俺のスキル“アンダードッグパラドクス”を外すため、グレイブルの街を離れ、新たなる街、メローヌへ辿り着いた。
そして街に着いてから三日目、件の“戻し屋”がこの酒場にいると聞きつけた俺は、依頼のために彼女に頭を下げていた。
だがそれは、自分の噛ませ犬スキルの解除のためではない。
「“戻し屋”であるあんたなら、スキルを使えばどんなものでも一瞬で治せるんだろ? なあ、ムツミさん!」
俺の腕の中には、この街に来て知り合った少女、ヒナタが苦しそうに息をしている。
ヒナタは昨日、メローヌの広場で謎の病に倒れたところを発見された。
原因も病名も医者にはわからず、治す方法は見当もつかない。
だが、戻し屋ムツミはそんな少女のことなど意にも介さず、椅子に座ったまま興味なさそうにこちらを見ている。
時おり、いかにもこの場にいるのが退屈で仕方がないと言うように、ゴシックロリータのスカートの先についた埃(ほこり)を払い、首から下げた懐中時計をいじる。
「だから、何度も言っただろう。ボクは金を積まれなければ仕事はしない。前金で50ゴル、成功報酬50ゴル、合計100ゴル払うって言うなら、今すぐにだってその子の病気とやらを“戻し”てあげるよ。でもそれ以下の金額だったら風邪だって戻したくない。金がないなら大人しく帰るんだね」
100ゴル。物価で考えて1ゴル10000円くらいなので、単純に100万円だ。
フタバから、解除には大金が必要と聞いていたが、これほどとは思わなかった。
だが、ここで引いたらヒナタの命が──
俺は貯金用の財布をテーブルに叩きつける。
「ここに30ゴルある。俺の全財産だ。なんとかこれでこの子の病気を治して欲しい。残りの金は後で必ず用意する。頼む!」
頭を下げ、必死に嘆願すると、
「君、見たところ旅人だよね? その子の家族でも友人でもない、見ず知らずの他人だ。そんな君がどうしてその子を助けようとするんだ?」
ムツミがたずねる。
俺は何も考えず、ただ思ったことを言った。
「ひとを助けるのに理由がいるのか?」
その返答を聞いてムツミは──こちらが見てわかるほど、嫌悪感を露わにした。
ムツミは俺の財布をテーブルから手に取ると、床に落とした。
それは明確な拒絶を表していた。
「──気が変わった。前金で100ゴル。成功報酬200ゴルだ。それ以下は一切認めない」
「なんだと! この──」
「それ以上口を開くなら、さらに値上げする。さあ、払わないならどこかに行ってくれ。ボクは忙しいんだ」
そう言いながら、ムツミはまた懐中時計をいじり出す。
どこが忙しいんだ、とまくし立てたかったが、俺はグッと堪え、財布を拾うとヒナタを抱えて、仕方なく酒場を後にした。
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