第35話
イツキの一撃で急所を斬られたカガネは、それ以上何も発することなく崩れ落ちた。
スキル“ジャッジメント”によってイツキの纏うオーラがより禍々しいクリムゾンレッドに変わる。
憲兵団の兵士たちはその様子に慄き、一人、また一人と武装解除していくが、それでも足りないとわかると、悲鳴をあげながら来た道を引き返していった。
その様子を見送るイツキに話しかける。
「追いかけなくていいのか?」
「ああ、姉を殺した首謀者であるカガネはこの手で討つことができた。奴に従っていた有象無象の輩の始末は私の復讐の範疇にはない。それに、帰り道にも食人植物型モンスターは出現するだろう。カガネに従っていた根性なしどもが武器なしで突破できるかは運次第だ。あとの処遇は女神アフタエルの御心に任せるとしよう」
イツキはそう言って剣を収めた。
すると彼女の周りの光が薄くなり、消えていく。
「さて、貴殿達の処遇だが……」
俺たちは一瞬、ビクッとしたが、次の瞬間にはイツキの声が柔らかくなる。
「少なくとも今の私にお前達を罰する権利はない。あの男の傀儡(かいらい)にされ、罪に対する不相応な罰を与え続けていた私には……」
イツキが深く頭を下げる。
「すまなかった。許してくれ、とは言わない。私もまた、相応の罰を受けよう」
俺とフタバは顔を合わせ、お互いの意見が相手と同じものだとわかると、代表として俺がイツキの肩に手を置いた。
「顔を上げてください。むしろボスモンスターを倒してもらって、俺もフタバもイツキさんに助けられたんですから。ありがとうございます」
それと、こちらこそすいません、と俺は言った。
むしろ俺はカガネを焚き付けて憲兵団乗っ取りに関する真実を暴露させ、イツキをけしかけた。あの状況ではあれしか手がなかったとは言え、彼女を利用したことには違いない。
たとえイツキ自身にその自覚がなくても。
「わかった。貴殿達の広大な心に感謝する。だが、せめてこれだけは、受け取ってもらえないだろうか?」
イツキは広間に山のように積み上がる1ゴル金貨と遺物(オーパーツ)を指差した。
ボスモンスター討伐の証であるその財宝の総額は、低目に見積もっても一生遊んで暮らせるぐらいの金額だった。
フタバの目が一気にG(ゴル)マークに変わり、口からよだれが垂れる。
ただ、俺は首を横に振った。
「いや、これは受け取れません。ボスモンスターを倒したのはイツキさんだ。これはイツキさんの物です」
それを聞いたフタバも、ハッ! と我に返り、
「そうニャ! それはお前が受け取るべきニャ!」
と言った。
「しかし……これだけの富を享受(きょうじゅ)するだけの資格が、私にはない……」
「もし本当にそう思うニャら、この財宝はグレイブルの街のみんニャにために使って欲しいニャ」
「なるほど、確かにそれが一番いい落とし所かもしれないな」
高値で水を買わされ、憲兵団の重圧に怯えて暮らしていた住民たちの心が金銭で解決できる保証はないが、何もしないよりはマシだ。
それに、もしかしたら盗賊として迷惑をかけたフタバの街の人々に対する謝罪の気持ちもそこにはあるのかもしれなかった。
イツキは最後まで迷っていたが、結局はそれが一番いい方法だとわかると、あくまで一時的に自分が預かるだけだという条件付きで、財宝を持ってダンジョンを後にすることにした。
さすがはボスを倒した団長様と言うべきか、金貨が大量に入った袋を担いだまま、バッタバッタと食人植物を倒していく姿は圧巻そのものだった。
道がわかっていたと言うのもあるが、イツキのおかげでかなり快適な帰路になり、あっという間に外に出ることができた。
そして、俺たちが空を見上げると──
「雨だ……」
空から大粒の滴が降り注いでいた。
「おそらく、ダンジョンが吸い取っていた水分が一気に空中へと放出されたんだ。これでこの街も、元の水の都に戻る」
それはなんだかとても良いことのように思えた。
もちろん、水不足が解消されるというのもあるし、憲兵団が水の独占販売をしなくなることの確約にもなる。
ただそれ以上に、この街がこの街らしさを取り戻せたということが、それほどグレイブルに関わりのない俺にも嬉しく思えた。
まさに、雨降って地固まる、とは、少し意味が違うだろうか。
憲兵団本部へと帰っていったイツキを見送り、フタバと顔を合わせる。
「それで、この後お前はどうするのニャ?」
「そうだな。財布は取り戻せたし、今回のダンジョンに女神デスティネルはいなかった。あとは人探しだけど、なんとなく、この街に俺が探している人はいない気がするんだよな。商店街で軽く聞き込みをして手がかりがなければ、また次の街に行こうかな」
お前も一緒に来るか? という質問にフタバはわずかに首を振る。
「残念だけど、あてゃしはもう少しこの街に留まるとするニャ。カガネが消えても憲兵団がすぐによくなるとは限らニャいし、誰かが見張らないといけニャいニャ」
それに、と言いながら猫耳がピコピコ動く。
「誰かさんに言われて、この耳もあてゃしらしくていいかニャと思えてきたのニャ。だから、“戻し屋”への依頼料を稼ぐために盗賊をするのはもうやめるニャ」
「そうか」
「まあ、また憲兵団が腐ったら今度はその金を民衆にバラ撒く義賊にニャるのもいいかもニャ!」
ニャハハハハ! とひとしきり笑った後、今度は急に寂しそうな顔をする。
そうだ、と俺は自分の腰についていた短剣を外す。
「だったらこの短剣はもう返さないとな。こいつのおかげであのモンスターとも戦えた。ありがとう」
フタバは短剣を受け取ったが、少し考えるような素振りを見せると、
「いいニャ。そいつはお前にやるニャ」
俺の胸へと押し付けた。
「え、でも……」
「そいつがないと、また打撃が効かないモンスターに苦労するニャ! それでお前が死んだら目覚めが悪い! その代わり……えっと、その……その短剣を使う度に、あてゃしのことを思い出して欲しいのニャ!」
ニャハハ! と照れ隠しに笑いながら顔を真っ赤にするフタバ。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
俺は短剣を腰に刺し直した。
「お前とのコンビは、本当に楽しかったニャ。だからまたいつか、今度は探索者としてお前と再会するニャ」
「ああ、それまでにはもう少し、剣の腕も磨いておくよ」
俺たちは固い握手を交わし、そして、別々の道を歩き出した。
振り返ると、フタバもまたこちらを向いていて、その様子がなんだか少し気まずくて、また前を向いて歩き出す。
直後に、わずかばかりの後悔が胸を刺した。
雨が降り止んでから歩き出せば良かっただろうか。もう少し立ち止まっても良かったかもしれない。傘がないと、ここは少し歩きづらい。
いや、と思い直す。
あの日、ヤマトたちに裏切られた日。
俺はこの世界で進み続けることを誓った。
傘がなくても、たった一人でも、歩いて行こう決めた。
立ち止まっている時間はない。
もう一度振り返ると、もうそこに彼女の姿はなかった。
けれど、と俺は腰の短剣に手を添えた。
それは外の雨に濡れてなお、まだ少し温かい気がした。
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