第33話

「まさか、ララフレシア・レッドプラントを貴殿達罪人がたった二人きりで倒してしまうとはな……」


「「‼︎」」


 強敵を前に力を使い果たした俺とフタバの前に、そいつは通路の影から姿を現した。


「ここで団長様のご登場かよ……」


 イツキは腰に携えた剣に片手を置き、強敵を倒してへたり込んでいる俺たちを見下ろしている。

 憲兵団の団長が牢屋から脱走した罪人とそれを手助けした奴に会いに来た理由なんて、一つだ。

 俺たちを捕まえて処刑するために来たのだ。


 だがそれにしたって早すぎる。休憩と戦闘に時間を割かれたとはいえ、この短時間でダンジョンのどこにいるかわからない俺たちを見つけ出すとは、やはりイツキの戦闘力は並大抵じゃない。

 

 そんな俺の焦りなど気にもせず、イツキは話し続ける。


「そのモンスターには我々憲兵団も手を焼いていてな。近々三十人ほどの小隊を組んで討伐する予定だったのだ。貴殿達二人には、正直驚かされた。こんな立場でなければ、心からの賞賛を送っただろう」


 イツキが抜剣し、その切っ先をフタバへと向ける。


「だが私は憲兵団の団長として罪人を捕らえねばならない。脱走囚フタバ、武器を捨てて大人しく同行願いたい。おとなしく従えば命だけは保証しよう」


「ニャー、嫌だと言ったら?」


「……団長として、この街の秩序を保つためだ。手足を切り落としてでも、お前を連れて行く」


 イツキの目がその発言の真剣さを物語っている。

 俺はイツキの目を見ながら限りなく小さな声でフタバに話しかける。彼女がつけている聴力強化の遺物(オーパーツ)があれば難なく聞き取れるはずだ。


「フタバ、憲兵団達から逃げる時に使った煙玉はまだあるか? このままあいつと戦うのはまずい。俺がイツキの気を引くから、もしあるのならその間に準備をしてほしい。どうだ?」


 フタバは黙って頷く。

 煙玉はある。ならばその時間を稼がなくてはならない。

 俺はフタバの前に立った。


「俺たちなんかのために団長様が直々に来てくれるなんてな。それとも他の兵士達はみんなモンスターに食べられちまったのか?」


「馬鹿を言うな。他の兵士達はカガネが率いている。たしかに今は私が先行しているが、じきに追いつく。だからこそ、その前にお前達を捕らえなければならない。今ならまだ私の一存で恩赦を出してやれるかもしれないんだ。だから頼む、捕まってくれ」


 イツキが一度剣を下げた。

 行商人のミクさんの話では、今の腐った憲兵団を裏で操っているのは副団長のカガネらしい。今のイツキの発言から考えても、イツキ自身、今の憲兵団に対して少なからず疑問を抱いているのだろう。だが、何か理由があって真っ向から否定できないのだ。

 もしかしたら、彼女ときちんと話し合えば、無罪放免とはいかなくても、落とし所を見つけることができるかもしれない。

 だけど今は──


「あんたが善意でそう言ってくれてるのはわかる。けど、まだ俺たちは捕まるわけにはいかない」


 俺の叫びに応えるように、フタバが煙玉を爆発させ、大広間が煙に包まれた。


「ニャー、時間稼ぎサンキューニャ! これで逃げられる!」


 フタバが音の反響を聴き分けて脱出経路を導き出す。

 なんとか大広間を抜けて、ダンジョンの通路を走りながら、背後を振り返る。


「これでもう大丈夫ニャ、危機一髪だったニャ」


「いや、それフラグ……」


 と、俺が言い終わる前に、俺たちの背後に立ち込めていた煙が二つに割れた。

 そこからイツキが猛スピードで飛び出してくる。


「ニャんでニャ⁉︎ どういうことニャ⁉︎」


 見れば、イツキは超高速で剣を振り回している。


「あいつ、剣圧で風を起こして煙を切りやがったんだ! どんな化け物だよ!」


 叫びながら、通路を突き進んで行く俺とフタバ。

 そのあとを追跡するイツキ。

 奇しくも、路地裏での鬼ごっこが敵味方を変えて再現されることになった。

 あの時俺はイツキと二人でフタバを追いかけていればよかったが、今はフタバと一緒にイツキから逃げなければならない。

 敵に回すとこうも厄介なのか。


「ニャー、どうするニャ、ハジメ?」


 俺もフタバも、戦闘面としてはパワータイプではなくスピードタイプであると自負している。一撃の威力よりも手数と速度で相手を撹乱するタイプだ。

 そんな俺たちが、鎧を着たイツキを引き離せない。それどころか、徐々に追いつかれてきている。

 こうして考えている間にも、ジリジリと距離を詰められている。

 どうする──?


 頭を悩ませながら暗い通路を走っていると、分かれ道に差し掛かった。

 左右の道の先は細く曲がりくねっており、追手を巻くのにいいかもしれない。

 対して直進した先には、広い空間が見え、明かりが灯っている。


「ニャー、あの曲がり角でなんとか巻けるか賭けてみるしかニャいか……」


「……いや、直進だ。真っ直ぐ進むぞ。できるだけ足を踏み鳴らして進め」


「ニャ? どういう意味ニャ?」


「どうせ賭けるなら、一か八かよりも全額投入(オールベット)だ!」


 俺たちはそのまま直進し、広間の奥へと進んで行く。

 その先に通路はなく、状況としては袋小路に追い詰められた形だ。

 すぐにイツキも追いついてくる。


「見ての通り、行き止まりだ。二人とも、観念しろ」


「──それはどうかな?」


 直後、下から巨大な黒い花が出現した。

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