第31話

「ニャー、あてゃしの耳のことをはニャしたんだから、今度はお前のスキルのことを教えてもらおうかニャ?」


 フタバが憲兵団からパクってきたサンドイッチはかなりの量があった。幸い二人とも腹ペコだったので、いくらでも食べられる。

 だが、フタバの質問にちょうどもう一つ食べようとしていた俺の手が止まる。


「俺のスキル?」


「とぼけんニャよ、お前、憲兵団との戦闘の時、スキルは使わニャいんじゃなくて使えニャいって言ってたニャろ。あれ、どういう意味ニャ?」


 そういえばあの時は口が滑ってしまってそんなことを言ったような気がする。さすがは遺物(オーパーツ)の聴力強化は伊達ではない。

 確かにスキルの話は重要だ。即席と言えどもパーティ組んでいるからには、話しておいた方がいいかもしれない。

 たとえどんなに情けなくても。


「文字通りの意味だよ。恥ずかしい話、俺のスキル、アンダードッグパラドクスは自分が瀕死になる代わりに味方をものすごく強化するスキルなんだけど、こいつのせいで俺は他のスキルを使えないんだ。だから、体術で敵を倒すしかないってわけ」


「アンダードッグパラドクス? 他のスキルが使えニャくなるスキル? そんニャものがあるとは、知らなかったニャー」


「ああ。ごめんな、二人だけのパーティなのに、こんなやつが相方で」


 ハハハ、と無理して笑って見せるが、フタバは笑わなかった。

 真剣な表情で俺を見つめる。


「ニャニを言ってるニャー。ハジメは強い。それは一緒に戦ったあてゃしがよくわかってるニャ。謝る必要ニャンかどこにもないニャ」


「いやでも、武器スキルも魔法スキルも使えないんだぞ? できることといえば殴ることぐらいだ。それはどうしたって誤魔化せないデメリットだろ?」


 使えるスキルの種類が少ないということは応用力がないということ。それだけ戦術の幅も狭くなるし、連携も取りづらくなる。


「あてゃしはニャニも戦闘能力だけを言っているわけではニャいニャ。他のスキルが使えニャくなっても、お前は諦めなかった。たった一人でもまだ、探索者としてダンジョンに挑んでいる。その精神は、心は、ニャニものにも代えられないお前の武器ニャ。誰もそんニャお前を卑下することはできニャい。あてゃしが保証する!」


「ありがとう……」


 ひとから認めてもらえることの、なんと嬉しいことか。

 特にヤマトたちのパーティに見捨てられてからは、どこか自分で自分を貶めていたような気がする。

 アプリナのロストダンジョンで骸骨兵士を倒した時も、シズヨにすごいと言ってもらえたが、なにかお世辞のように感じてしまっている自分がいた。

 少なくとも、頑張っているということだけは、自分を認めてもいいのだろうか。


 奇しくも。

 それを見定める機会は突然訪れた。


「──ッ! ハジメッ! 下ニャッ!」


 フタバの呼びかけに、俺はほぼ反射的に後ろに跳び退いた。

 直後、そこまで俺がいた場所の地面から、巨大な蕾が突き上げてきた。

 蕾はそのままぐんぐんと上に伸びていき、大広間の天井の直前まで迫り上がると、グロテスクな赤い花を咲かせた。

 その花には遠くからでもわかるほど、無数の牙が生えている。


 フタバが声をかけてくれなければ、あの花に食われていたかもしれない。


「そうだ、フタバは?」


 周りを見渡すが、彼女の姿が見えない。

 いったいどこに──と思ったところで、俺は横っ面を何かに叩かれて、よろめいた。

 振り向けば、巨大な植物から生えた無数の触手が空中をうごめている。

 まさかとは思うが、彼女はこの触手に、と思ったところで、案の定──

 

「ニャー! この変態触手がー! どこ触ってるニャー!」


 声のする方に顔を上げると、身体中に触手を巻きつけたフタバが赤面しながら叫んでいた。

 触手によって胸や脚が強調され、見るものによっては非常に扇情的な絵面になっている。

 

 だが今はそんなことを考えている場合ではない。

 食虫植物型のモンスターが触手で獲物を捕らえたのだ。その後の行動は想像に難くない。

 即ち、捕食だ。


「このクソ野郎! 離しやがれ!」


 俺は触手の森を潜り抜け、茎の部分へと素早く近づくと全力の右ストレートを放った。

 だが、巨大な植物は一瞬動きを止めただけで、倒れることはない。


「クソ、打撃系の攻撃じゃ効果が薄いか……?」

 

 だがここで諦めたらフタバが……!

 俺は二発、三発と、拳を打ち込み続ける。

 するとフタバが触手の隙間から腕を出して、触手を粉微塵に切り裂いているのが見えた。

 そのまま、こちらへと落ちてきたので、両手を構えてなんとかキャッチする。

 しかし、獲物を取り逃したことに怒ったのか、モンスターは触手を振り回して暴れ出した。

 俺はフタバを抱えたまま、触手を避けつつ、ひとまず大広間の端へと移動する。


「ニャー、ナイスキャッチ。サンキューハジメ──って、どうしたニャ? 暗い顔して」


「いや、フタバが危ない目にあったのに、俺は剣も使えないから、あいつを殴ることしか出来なかった。俺に剣が使えてれば、あのままあいつを倒せてたかもしれないのに……」


「ニャー、お前があいつを殴って動きを止めてくれたから、あてゃしは脱出することができたのニャ。だからやっぱりありがとうなのニャ」


「…………」


 大広間の隅まで着いたので、ひとまずフタバを下ろす。

 まだ俺が黙っていると、フタバは小さくため息をついた。


「ニャー、まったくしょうがないニャー、ハジメは。それなら、こいつをお前に貸してやるニャ」


 そして鞄から短剣を一本取り出す。

 いつもフタバが使っている短剣だった。柄の部分には小さいが宝石も埋め込まれている。


「あてゃしの武器の予備にゃ。こいつがあれば、お前でもあいつと戦えるニャ。一本しかニャいから、ニャくすんじゃニャいぞ!」


「でもこれ、大事なものなんじゃ……」


「さっきも言ったニャ、お前の強さはあてゃしが保証する! その短剣に見合う男だと思うから渡すのニャ!」


 俺は短剣を振ってみる。それは、初めて扱うとは思えないほど手に馴染んだ。


「ありがとう、大事に使うよ」


「あげたわけじゃニャいからニャ! 貸しただけだからニャ! ちゃんと返すニャ!」


「もちろん。このダンジョンで稼いだ財宝をつけて三倍にして返してやるよ」


 フッ、と笑って見せるフタバ。


「やっといい顔になったニャ。さて、そしたら反撃開始と行こうかニャ!」

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