第26話

「イツキさん、よければその娘、俺が抱えるけど……」


「必要ない」


「そっか……」


 憲兵団の団長のイツキが、俺の財布を盗んだ猫耳娘を憲兵団の本部まで連行するというので、俺もあとに続いて同行していた。


 だが鎧姿に剣を携えた団長様は、猫耳娘を担いだまま、すっと仏頂面で歩いている。

 俺が声をかけても一言二言返事がくるだけで、それ以上会話が続かない。


 正直、めちゃくちゃ気まずい……。

 俺だって本当はこのまま立ち去りたい。翡翠色の目の少女の情報を集めに行きたい。ダンジョンがあるなら探索に行きたい。

 だがそういうわけにもいかない。


 なぜなら、俺はまだ猫耳娘に取られた財布を返してもらっていないのだ。


 こちらとしては取られたものを返してもらえれば、後のことに口出しするつもりはない。わざわざ本部までついていく必要もない。

 なので、先ほど猫耳娘を抱えようかと申し出たのも、どさくさに紛れて財布を返してもらおうとしたからなのだが、うまくいかなかった。


(もういっそ、返してくれと直接言った方がいいだろうか……)


 だが猫耳娘を抱えるイツキの表情の険しさがそれを拒む。

 なんとか和やかな雰囲気を作って、サラッと返却願いたいものだが。


「そういえば、イツキさんって、この街の憲兵団の団長さんなんですよね」


「そうだが?」


 俺は努めて笑顔を作って言う。


「いやあ、憲兵団の皆さんが売ってるお水、あれさっき買おうと思ったんですけど、流石に高すぎじゃないですか?」



「…………」


 み、ミスった……。

 自分の組織ののことなら喋ってくれるかと思ったけど、こんなのもう悪口以外の何ものでもない……。

 こんなことならもっとコミュ力磨いておくんだった……


 俺が頭を抱えていると、不意にイツキが口を開いた。


「私も、そう思う……」


「え?」


「この街にダンジョンができてからというもの、何故かグレイブルは常に水不足で干魃(かんばつ)の危機に晒されている。湖と噴水に溢れ、かつては水の都と謳われたこの街も、今では砂に侵されている。しかしだからこそ、我々憲兵団が水を管理し、民に分配せねばならないのだ。たとえ水を不当に売り付ける巨悪と謳(うた)われようとな」


 イツキは一呼吸のうちに言い放った。

 め──

 めちゃくちゃ喋るじゃん……。

 やっぱり自分のことになると嬉々として喋ってくれるタイプじゃん……。


 

 しかもサラッと大事なことも言った気がする。

 どうやらこの街が水不足になったのはダンジョンが原因らしい。

 この調子でもっと色々聞いてみよう。


「団長ってことは、イツキさんがこの街の憲兵団を作ったの?」


「いや、先代である姉から引き継いだ形になる。正直、実質的な運営は副団長に任せてしまっているが、自分を律し、他人を収め、いつかは名実共にふさわしい団長になってみせる」


 いや、もう十分すごいけど、とは流石に言わなかった。

 鎧姿のまま俺に並走してみせたスピードも、片腕でひと一人軽々と持ち上げるパワーも並大抵じゃない。

 加えて、魔法スキルも使いこなすとなると、かなり万能だ。

 

 なのに、まだ上を目指している。

 正直、羨ましい……。

 そこまで彼女を奮い立たせるものとは、いったいなんなんだろう。


 聞こうとしたところで、


「着いたようだな」


 俺たちは元のメインストリート、憲兵団が運営する水売り場まで戻ってきていた。


「えっ、着いたって──」


「ここが我らが憲兵団の本部だ」


 イツキが上を見上げる。

 階段の上には真っ白く巨大な石の宮殿がそびえ立っている。

 

「え、ここ、憲兵団の本部だったのか……」


 てっきり街の権力者とか町長とかの家かと思ってた。

 って、そんなこと言っている場合じゃない。

 着いてしまったのなら仕方ない。早いところ、猫耳娘が盗んだ俺の財布を返してもらわないと。


「えっと、色々教えてくれてありがとう。じゃあ、そろそろ俺の財布、返してもらっても……」


「すまないが、それはできない」


 え。

 できないって、どういう──?


「貴殿の財布は今回の窃盗な重要な証拠だ。それを返すことはできない」


「あ、ああ、なるほど。取り調べとかに使うのか。じゃあいつになったら返してもらえるんだ?」


「……申し訳ないが、証拠物の保管期間は定められていない。今私の口から具体的な日時を伝えることはできない」


──は?


 定められていないって、そんな訳ないだろ。じゃあ下手すりゃ何年もかかるか、一生返ってこないかもしれないってことじゃないか。


「そんな、困るよ! あれには俺の貯金が……!」


「まったく、何の騒ぎですか?」


 俺とイツキは声のした方向、階段の上を見上げた。

 そこにはひどく縁起の悪そうな男が立っていた。

 黒い髪、血走った目、赤い服。そして手には三又の槍。

 頬はげっそりと痩せ細り、口元には気持ちの悪いニヤニヤ笑いを浮かべている。


「副団長……」


 副団長? こいつが?

 団長のイツキとは全然違うタイプだ。

 それにイツキの態度からして、とても仲が良さそうには見えない。


「ああ、お騒がせのこそ泥を捕まえたのですね、流石イツキさんです。ならばさっさと宮殿内に連れてきて仲間の居場所を吐かせなくては」


「ああ……」


 イツキはそのまま階段を登ろうとする。


「ちょっと、待ってくれよ! まだ話は終わっていない!」


 俺はイツキの腕を掴んだ。

 すると──


「おやおやおや、お見かけしたところ、そいつは我々憲兵団の任務を妨害したように見えましたが?」


 副団長が楽しそうに言う。


「イツキさん、憲兵団としてこういう時はどういう対処が望ましいでしょうね?」


「…………」


 イツキは黙って、腰の剣を抜いた。

 すると、本部から、路地裏から、あちこちから、憲兵たちがゾロゾロと現れ、俺は、あっという間に憲兵たちに包囲される。


 イツキが悲しそうな顔をする。


「……ハジメ、貴殿を任務妨害の咎(とが)で粛正(しゅくせい)する」


「そんな……腕を掴んだだけで……」


「安心しろ、命までは取らない……悪く思うな」


 直後、俺の後頭部が憲兵の不意打ちによって打ち付けられる。

 薄れゆく意識の中、俺は自分の身体が袋叩きに合うのを感じた。

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