第25話

「クッソ! 速い!」


 突然現れた女の子に大金の詰まった財布を盗まれた俺は路地裏を走っていた。

 

 後ろから見た背格好や声のトーンからして、女の子はだいたい十五歳くらいだろうか。かなり日に焼けている褐色の肌がショートパンツからのぞいており、長い白髪を後ろで結んでいる。

 そして、何より気になるのは──


「ニャ? まだついてくるとはニャ! ニャらもっとスピード上げるニャー!」


 その特徴的な口調と、頭に付いている猫耳だった。

 もちろん、異世界なのでケットシー? だとか、そういう種族だという可能性もあるのだが、俺はこの世界に来てから一度も、エルフだとかドワーフだとか、そういった種族には会ったことがなかった。


 それに、後ろから追いかける限り、彼女には猫耳こそあるものの、尻尾がついていない。これはどういうことだろうか?


 いや、ひとまずはあの子を追いかけて、財布を取り返すのが先だ。猫耳の謎はその後本人に聞けばいい。


 猫耳娘は宣言どおりにスピードを上げたが、こっちだってまだ全力疾走ってわけじゃない。

 それに、速度が拮抗してれば、鬼ごっこは基本的に追う方が有利だ。

 何せこちらはあいつが通ったルートを斜めに横切ることができるし、持久戦を狙うなら、走るペースも相手に合わせればいい。

 だから問題は──


「よっしゃ、もうちょい!」


 俺があとわずかで猫耳娘を捉えられるくらいの距離まで追いつくと、


「ニャー、しつこい! ニャらば!」


 突然、猫耳女子はスピードを緩め、後ろ手で路上に積んであった木の箱を崩した。

 俺は思わず立ち止まる。

 彼女はそのまま路店の看板や転がっていたゴミなどもひっくり返しながら進んでいく。

 あっという間に道が塞がってしまった。


「ちくしょう!」

 

 そう、問題は、追われる方は地形を利用できるということ。

 俺は慌てて回り道を探す。

 特に俺はこの街に来たばかりなのでここの地理に詳しくない。このままでは取り逃してしまう可能性もある。

 クソ! どうする?


「どうした、貴殿。何を急いで走っている」


 必死に走っている俺に声をかける見知らぬ女性がいた。

 だが今は、のんびり止まって答えている時間はない。


「スリを追いかけてる! 悪いけどこのまま失礼するぞ!」


「構わん。こちらで勝手についていく」


 女性はそう言うと、悠々と俺の横を並走し出した。

 驚いた。なぜなら、その女性は頭をのぞいた全身に鎧を装備していたからだ。

 その重量でなんてスピードだ、と言いたいのを堪えて、盗人娘を追いかけようとするが、なかなか彼女の姿をとらえきれない。


「いったいどこに行ったんだ……」


「探しているのは、頭におかしな耳を付けた少女か?」


 走りながら、女性兵士の問いかけに答える。


「そうだけど……あんた、何か知っているのか?」


「ここ、グレイブルでいつも盗みを働いている、こそ泥だ。我々憲兵団もいつも奴には手を焼いている。貴殿さえよければ私も協力しよう」


 これは思わぬ提案だった。

 彼女はこの街の憲兵団だったのだ。

 おそらくは警察組織であろう憲兵団の協力は泥棒を捕まえるにはまさに渡りに船だ。


「わかった。ぜひお願いしたい。それで、作戦は?」


「私の方が裏道に詳しい。お前はこのまま奴を追い立てろ。私が先回りして奴の退路を塞ぐ。挟み撃ちにしたところを捕らえるぞ」


「了解」


 二手に別れる。

 俺は裏道を直進すると、なんとか猫耳女子の背中を見つけることに成功した。

 

 だが、回り道をした分、だいぶ距離を離されてしまっている。気づかれる前になんとか詰めたいところだが……


「ニャニャ? 思ったより来るのが早かったニャ。でも、この距離ならもうこっちのもんニャ!」


「気づかれた⁉︎ あいつ、背中に目があるのか⁉︎」


 俺は苦し紛れの全力疾走をかけるも、また看板を倒して道を塞がれてしまう。


「ニャッハー! もう捕まらないニャー!」


 だが、直後、猫耳女子の勝利を確信した雄叫びがかき消えた。

 女兵士がその前に立ち塞がったのだ。


「ニャ⁉︎ お前は!」


「観念しろ。“バインド”」


 おそらく女兵士の魔法スキルなのだろう、彼女の手のひらから木の蔓のようなものが出ると、猫耳娘をぐるぐる巻きにした。

 

 看板をどけた俺が追いつくと、女兵士は猫耳娘を担ぎあげていた。

 なんてパワーだ……。

 猫耳娘は猿轡を咬まされたようにモゴモゴ言っている。


「おかげでこそ泥を捕まえることができた。貴殿の協力に感謝する」


「いや、協力してもらったの、むしろこっちだから。ありがとう。えっと……」


「ああ、まだ名乗っていなかったな。グレイブル憲兵団、団長、イツキだ」


「ありがとう、イツキさん。俺はハジメ。よろしく」


 俺は右手を差し出した。

 イツキは俺の右手をジッと見ると、そのまま後ろを向いて歩き出した。

 

 ああ、そうか。片腕で人間を担ぎながら、もう片方で握手はできない、か。

 俺はイツキのあとを追った。

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