第24話

 普通、地形というのは気候や環境に依存する。

 暖かい地域の隣に急に氷山地帯は出現しないし、森の中に急に海があるなんていうのはあり得ない(あるとしたらそれは湖だ)。

 だから、たとえここが異世界で、アプリナから三時間歩いたとしても、急に砂漠地帯に宮殿を構える都市があるというのはおかしい。


 現に、グレイブルに入ってから、急に気温が暑いということもない。アプリナとそう変わらない。

 日光もそれほど強くないようだ。街の人々も、どちらかというと薄着を着ている人が多く見受けられるが、ターバンを巻いていたりはしない。

 きっと、ここら一帯が砂漠になっているのは、気候以外に何か理由があるはずだ。

 それが何なのかは、まだわからないが。


「ただ、やっぱり喉は乾くな……」


 地面が乾いているというのもあるし、単純に三時間歩きっぱなしで汗をかいたというのもある。

 ここらで一つ、水分補給をしなければ、あっという間に干からびてしまう。


 俺は城門をくぐってすぐのメインストリートで買い物をすることにした。

 とりあえずは水。それから食料。ついでにダンジョンの情報を得られればなお良し。


「あ? 水? ないよ」


「ほら、当店自慢の燻製(くんせい)肉さ。こいつはうまいぞ! え? 水? あんた、旅の人か?」


「お前ら他所者に分ける水なんかねぇよ! 水が欲しけりゃ、憲兵様のところにでもいくんだな!」


 俺は、棒付き燻製肉を頬張りながら、メインストリートを進んでいく。

 先ほど商人たちから時に半ばキレられながら聞いた情報では、この街で水は基本的に憲兵団という治安維持組織が専売しているそうだ。

 水道局みたいなものかな、と思うのは少し楽天的過ぎるだろうか。

 だが行ってみないとわからないので、街の様子を眺めながら、その憲兵が運営している水売り場がある場所へと歩く。


 ちなみに先ほど買った棒付き燻製肉は一本3クル(物価的には300円くらい)だったので二本買った。

 歯ごたえと絶妙な塩加減が大変美味しいのだが、口の中の水分を全部持っていかれるので、やはり水が欲しいところだ。


 メインストリートの様子から見ると、結構栄えている街のようで、路面店や出店は多くの人で賑わっている。

 ただ、少し気になるのは、何というか、人と人との距離が少し広いようなのだ。

 何も気にせず買い物を楽しむという感じではない。

 キョロキョロとあたりを身渡している。そう、まるで何かに怯えているかのような。


 そうこうしているうちに、メインストリートの奥、ちょうど外壁から見えた、あの宮殿のような建物の前に着いた。

 そこでは大きな皮袋に入った水を売っている人たちがいる。

 服装や装備から察するに、彼らがこの街の憲兵団なのだろう。


「どうした」


「えっと、水を売って欲しいんですけど」


「水か。代金は一本5ギルだ」


「え?」


 5ギルというと、物価的にはだいたい5000円だ。こんな、500mlくらいの水が、一本5000円?


「それは、いくらなんでも高すぎないですか?」


「嫌なら買わなくていい」


 この街の物価が異様に高いのだろうか。いや、先ほど買った燻製肉はあの味とボリュームから考えても決して高くない、むしろ安いくらいだった。だとすれば、やはりこの憲兵団の水だけが圧倒的高価格で売られているということ。

 

 だが、正直もう限界だ。

 背に腹はかえられない。

 決して買えない値段ではないのだ。

 それに、憲兵団とは要するに警察組織のことだ。ここで変にゴネて目をつけられるのはまずい。


「わかりました。えっと、5ギルでしたよね」


 俺は自分の財布から銀貨を五枚取り出して、憲兵に渡そうとし──


「ニャハハハハ! いっただきー!!」


 突然現れた女の子に、財布をかすめ取られた。


「んなっ!?」


 俺はかつてアプリナの町に着いたばかりのころ、スリの被害にあったことがあり、それからは金貨が入った貯める用の財布と、小銭が入った使う用の財布を分けて持っている。

 貯める用の財布は、取られないように紐でズボンに結んであるのだが──


 自分の腰元を見る。

 果たして、女の子が持って行ったのは、大金が入った貯める用の財布だった。


「ちょっ! おい! 待て!」


「待てと言われて待つ馬鹿はいにゃい! ばいにゃー!」


 女の子はメインストリートを外れ、路地裏へと消えていく。ものすごいスピードだ。

 だが俺だって伊達に三ヶ月、ロストダンジョンにこもっていたわけではない。


「クソ!」


 俺は水を買うのを諦め、財布を盗んだ犯人を追った。

 なんだか、ろくでもないことに巻き込まれる、そんな予感がした。

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