第23話

「だぁーー! 遠い!」


 シズヨに別れを告げ、アプリナの町を出てからおよそ三時間、俺は歩き通しだった。

 自動車や電車があるはずもない、この世界の移動手段は主に馬車だ。

 馬、というか、馬にそっくりで赤い立髪を持つモンスター、ヒヒーマに荷車を引かせ、荷物や人物を運ぶのが主流とされている。

 

 であれば、ヒッチハイクよろしく次の街まで乗せていってくれと、すれ違う荷馬車の御者に交渉してはみたのだが、生憎、この世界で荷馬車に乗り込もうとする輩は強盗だと相場が決まっているそうで、すげなく断られてしまった。

 異世界に来ると、本当に現代日本の治安の良さを痛感させられる。

 だが、勇気を出して声をかけたおかげで、次の街の名前と道筋は教えてもらうことができた。


 水の都、グレイブル。

 どうやら巷ではそう呼ばれているらしい。


「水の都とか言って、深海にある都市とかじゃないだろうな……」


 だが、ここは異世界だ。なんだってあり得る。

 街の中が水浸しになっている、くらいはあり得るかもしれない。


「でもこのままだと、この目で見る前に行き倒れになりそうだ……」


 この世界の道は、とにかく歩きにくい。

 元の世界のコンクリートで作られた真っ平らな道に慣れてしまっているからだろうか、ゴツゴツしていたり、デカい石が転がっていたりして、普通に歩いていると転びそうになる。

 

 おかげで、この世界に来た時に履いていたスニーカーはすっかり履き潰してしまった。今はこっちに来てから買った革靴を履いている。

 できることなら、コンクリートとは言わないまでも、砂のように柔らかい道を歩きたいものだ。


「まあ、砂漠地帯を歩くなんて、それこそ干からびて行き倒れになりそうだけど──って、なんだこれ?」

 

 ジャリ、という踏み締めた足の感触が雄弁に物語っている。

 それは、まさしく砂だった。

 砂の道だった。


 顔を上げれば、この先ずっと、砂の平原が広がっているのが目に入った。

 そしてその先にあるのは、宮殿のような巨大な建造物。


「おいおいマジかよ……」


 俺は疲れも忘れて、その石造りの白い建物の方に向かって走り出した。

 砂に足を取られないように気をつけながら、一歩一歩着実に進んでいく。

 やがて城壁が現れ、その全貌が露わになるった。

 石畳の道。草一本生えていない街並み。賑わう人々。

 そこには水どころか、水分の片鱗すら見えない。

 まるで、アラビアンナイトの世界に迷い込んだかのような、まさに砂の都とでも呼ぶべき街。


「ようこそ、グレイブルへ!」


 城壁のそばに立っていた番兵が声を上げた。

 聞いていた話と随分違うが、真相は中に入ってみればわかることだ。

 それに、これだけ発展した場所ならばきっと、ダンジョンがある。

 俺は覚悟を決めて、街の中へと一歩足を踏み入れた。

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