第22話

 少年たちをアプリナの家に無事に送り届け、俺はシズヨと一緒に帰路についていた。

 徹夜でロストダンジョンを走り回り、巨大なモンスターを相手にして一度死にかけ、否、実質一度死んだので、俺は疲労困憊だった。

 だが、俺たちにはまだやることがあった。


「ぐうぅ、流石に装備五人分は、重い……」


「だ、だから私も持ちますっ。半分くださいっ」


 少年たちが持ち出した形見の装備を、元の場所に戻さなければならない。もう霊魂はシズヨが”リベレート“したはずだが、念のためだ。


 少年たちがやったことは、いくら肉親の形見とはいえ、立派な窃盗だ。だがその動機と、彼らが未成年であるということに免じて、シズヨによる注意のもと、無罪放免になった。


 シズヨのために、とロストダンジョンの骸骨どもを倒して稼いだのであろう銀貨は、少年たちが仲良く分けた。せめて、美味しいものでも食べて、笑顔になって欲しいと思う。


「そういえば、感謝祭って、今日だったんだな」


「え? ええ、でも、よくわかりましたね」


「子どもたちのリーダーっぽい子が、シズヨさんに贈り物をするとき、『もう夜も明けてるだろうし』って言ってた。もう感謝祭の日になってるだろうからって意味でしょ。それに──」


 俺たちは墓場へと到着した。


「これを見れば、流石にわかるよ」


 墓場には、大勢の人がいた。

 みんな、それぞれのお墓の前で、手を組み、祈りを捧げている。


「感謝祭っていうのは、かつてこの町の発展のために命を捧げた人たちへの感謝を表す日だったんだな。大事な人に日頃の感謝を伝えて贈り物をするのは──」


「死はいつだって突然やってくる。その前に、生きているうちに、忘れずに感謝を伝えるため。ええ、そうです」


 シズヨは俺に向かって笑いかけると、少年たちが持っていた装備を受け取って、人々の合間を縫って、進んでいく。

 バレンタインかと思ったら、お盆だったってわけか、なんて、シズヨに言ってもわからないだろうが。

 と、俺が要らぬことを考えていると、シズヨに近づく人たちがいるのに気づいた。

 彼ら、彼女たちは皆一様にシズヨに向かって頭を下げている。


「息子たちから聞きました。あなたが、息子たちをロストダンジョンで助けてくれたと。いくら感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございます」


 シズヨは町の人たちに囲まれるという状況が不慣れなのか、顔を赤くしてワタワタしている。

 そんな彼女を微笑ましく眺めていると、そんな俺に気づいたのか、彼女が必死に手招きをしてくる。

 俺もあの輪に混ざれということだろうか。

 いや、その必要はない。

 墓場でひとり寂しく手を合わせる彼女はもういない。

 墓守の一族の在り方もきっと変わっていくだろう。

 俺はシズヨに手を振ると、その場を後にした。


「ハジメさん!」


 アプリナの門の前で、俺を呼び止める声がした。振り向くと、シズヨが追いかけて来ていた。


「ど、どこに行かれるんですか?」


「また次の町に行こうかと思う。短い間だったけど、世話になった。ありがとう」


 そのまま立ち去ろうとするが、シズヨに服を掴まれ、引き留められる。


「わ、私も連れて行ってください。役立たずですけど、荷物持ちでもなんでもします。そ、そ、それに、私たち、こ、婚約者、ですよね……?」


 敢えて笑顔を作って俺は言う。


「確かに、目を見たら、どちらかが死ぬまで一生添い遂げる。シズヨさんたち、墓守の一族の誓いはそういうものだった。だけど、俺はロストダンジョンで一度死んだ。シズヨさんも、もう俺と夫婦になる必要はない。あなたは自分が思っているより、ずっとすごい人で、ずっと魅力的だ。いつかきっとそれに気づく人が現れる。あんな事故みたいな誓いに縛られて、俺なんかと一緒になる必要はないよ」


「そ、そんな、ハジメさんだって……私は……」


「ごめん、やるべきことと、探している人がいるから」


「探している人……最初に会った時に言っていた……?」


「うん」


「そう、ですか……」


 そこまで言うと、シズヨは手を離した。


「わかりました……ハジメさんが探している人なら、きっと素敵な人なのでしょうね……」


 どうだろうか、と俺は思う。俺を助けてくれた翡翠色の目の少女に俺は恩義を感じている。一度会ってお礼を言いたい。だが顔も知らない彼女のことに、なぜ俺はそこまで執着するのだろうか。

 きっと、単に命を救われたということ以上に、彼女が俺に意味を与えてくれたのだ。この残酷な世界の中で、見ず知らずの俺に、なんの利益も産まない人助けをしてくれたことに。


「わかりました。でしたら、どうか、これを持って行ってください」


 シズヨが差し出した手の中には、見覚えのある、お守りのようなものがあった。


 それは、遺物)“朝露の護り” だった。


「先ほどの戦いで、ダークネクロホールが落としていったものです。あなたに差し上げます」


「いや、でも……奴を倒したのは──」


 俺じゃない。シズヨだ。


「では、感謝祭の贈り物として、受け取ってください。私よりも、ハジメさんの方が必要です」


 かつてヤマトが俺に持たせた、死を退ける能力を持つアイテム。持っていれば、体力が全開なら瀕死の状態で耐えられるようになる。

 それは、用済みになった途端に持ち去られた、仲間の証。

 だがそれは今、全く別の意味を持っていた。

 感謝祭の贈り物。

 感謝を込めて、大事な人に。


「どうか、ハジメさんを守ってくださいますように」

 

 胸がチクリと痛む。

 そうだ、このまま成り行きに任せてシズヨと二人で暮らしていく選択肢だってあるはずなんだ。

 翡翠の目をした少女はこの街に残ったままでもできる。

 だけど、そうしたらこの世界から、ダンジョンがなくなるのはいつになるんだ。

 

 俺は思い出した。

 ダンジョンの最奥で一人、腹に穴を開けたままヤマトたちに置いて行かれた時のことを。

 ロストダンジョンで流されたシズヨの涙を。

 今もこの世界のどこかで同じような涙を流している人がいるかもしれない。

 だから俺は──


 俺は朝露の護りを受け取った。


「ありがとう、大切にする」


 シズヨは口元を綻ばせ、それに答えた。

 不意に、風が舞った。彼女の前髪が巻き上げられる。

 陽光に照らされて、輝く彼女の満面の笑みは、この世界で見たどんなものよりも美しかった。

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