第21話
「──ジメさん! ハジメさん! ハジメさん!」
「──はっ!」
耳に響くシズヨの声に吸い寄せられるように、俺は目を覚ました。
そこには、目元を赤く腫(は)らしたシズヨが、心配そうに俺を覗(のぞ)き込んでいた。
「ハジメさん!」
直後、生きていることを確かめるようにシズヨが俺を抱き寄せる。
ひんやりと冷たい迷宮の石畳みはゴツゴツしていて不快だったが、シズヨの身体は対照的にじんわりと温かく、柔らかかった。
この感触が味わえただけでもまた死んだ甲斐があったというもの。強いて言えば、どことは言わないがもっと膨らみがあっても良かったが。
いや、今はそんな話をしている場合ではない。
「子どもたちは?」
シズヨは答える代わりにゆっくりと俺から離れると、視界が広くなり、ロストダンジョン最奥部の様子がハッキリと見てとれるようになった。
そこには、申し訳なさそうにこちらをジッと見つめる子どもたちの姿があった。
もう青白く巨大なゴーストの姿はない。
俺たちは勝ったのだ。
「やったね、シズヨさん!」
俺はシズヨの手を取り、シズヨも一緒になって嬉しそうな表情を浮かべたが、直後、その顔に曇りが刺す。
「それが、自分でも不思議なのですが、ハジメさんがモンスターさんの腕に向かって行ってから、急に私の魔力が溢れ出して、“リベレート”することが出来たんです。ハジメさん、もしかして、何かなさったんですか?」
「えっ」
どうだろう。俺のユニークスキル、アンダードッグパラドクスについて、説明してもいいものだろうか。別に内緒というわけではないが、少し込み入った話になるし、何より、他にスキルが使えないというのは単純に恥ずかしい。
俺がどうしようかと迷っていると、子どもたちが集まって来て俺に向かって一斉に頭を下げた。
「あの、僕たちのせいで、お兄さんまで死んでしまって……本当にごめんなさい!」
まず、おそらくリーダーと思われる子が代表して謝り。それに続いて他の子たちが次々に「ごめんなさい!」と声を上げた。
俺はなんだか小っ恥ずかしくなり、手をワタワタと振る。
「いやいや、俺は単純にあいつの攻撃を避けきれなかっただけだから。助けに来といて情けないよな。ほら、ミイラ取りがミイラ、みたいな?」
あはははは、と笑って誤魔化そうとするが、子どもたちもシズヨもみんな「ミイラって何?」と不思議そうな顔をする。
クッソー! 骸骨もゴーストもいるのにミイラはいねーのかよ! と、とりあえず心の中で世界を創造したとされる女神を呪っておくことにする。
それにしても──
「そういえば、よく俺やこの子たちを蘇らせることが出来たな」
ヒュージゴースト・ダークネクロホール。あいつに子どもたちの魂が吸い込まれた時、シズヨさんは言った。ネクロホールさえなんとかできれば、おそらく子どもたちを救うことはできると。
結果としてその言葉は真実だったわけだが、いったいどうやったのだろうか。
「私のもう一つのスキル“リヴァイヴ”は肉体から魂が離れた状態を元に戻すことができるんです。肉体が完全に死んでしまったり、魂が囚われた状態では使用することはできませんが……もしネクロホールが魂を捕らえた状態でも使うことができれば、は、ハジメさんまで死なずに済んだのに……」
役立たずですいません、と謝るシズヨを必死になって止める。
そう言えば、初めて墓場でシズヨに会った時、俺を助けてくれた少女かどうか確かめるために、俺は彼女に聞いた。死んだ人間を蘇らせるスキルを持っているかと。そして彼女は、多分持っていると答えた。おそらくそれは、その“リヴァイヴ"というスキルのことだったのだろう。
確かに、広い意味では、死んだひとを蘇らせるスキルと言っていい。
俺が思っていたようなスキルではなかったが、このスキルがなければ俺も子どもたちもきっと死んだままだっただろう。
「結果としてシズヨさんのおかげでみんな助かったんだから、謝る必要なんてないんだよ」
それに、と子どもたちの方を向く。
「みんなも、こういう時はごめんなさいじゃなくて──?」
子どもたちがお互いに顔を見合わせ、シズヨの方を向く。
「ありがとう、お姉さん」
俺もシズヨさんにお礼を言う。
「ありがとう、シズヨさん」
シズヨは、照れ臭そうに、口角をあげて笑った。
さて、子どもたちも無事助けられたことだし、町に帰ろうかというところで、「そうだ!」と、リーダーの少年が懐から革袋を取り出した。そのままそれを、シズヨへと持っていく。
「もう夜も明けているだろうし、これ、僕たちから、お姉さんに」
皮袋の中には、たっぷりの1ギル銀貨が入っていた。
「感謝祭の贈り物。ホントはこれで何か買いたかったけど、いまあげる。僕たちのおじいちゃんのために、いつも祈ってくれて、ありがとう」
俺は、言葉を失った。
つまり、こういうことらしかった。
少年たちは、かつてこの町の発展のためにダンジョン攻略に命を捧げた人々の子孫だった。そして、どこかで自分たちの祖父のために祈る墓守の少女のことを聞いた彼らは、感謝祭に贈り物を送ることで、彼女に感謝の気持ちを現そうとしたのだ。
自分たちの祖父のために、祈ってくれて、ありがとうと。
だが、まだ十三歳くらいの彼らに金を稼ぐ手段は多くない。だから彼らは、各々の祖父の形見を持って乗り込んだのだ。かつて祖父たちが命を落とした、このロストダンジョンに。
それが、形見に残った祖父たちの霊魂を呼び覚ますことになるとも知らずに。
ヒュージゴースト・ダークネクロホールの核となった霊魂の正体は、きっと──
シズヨの目元を涙がつたった。
彼女は、ゆっくりと皮袋を少年に握らせると、笑顔を作った。
「ありがとう。でもその気持ちだけで充分。そのお金は、あなたたちが幸せになるために使って。きっとあなたたちのおじい様もそれを望んでいるだろうから」
俺は、静かに彼女たちから離れると、力なくロストダンジョンの壁を殴った。
クリアされて尚、少年たちのシズヨへの感謝も、シズヨのかつての探索者たちへの祈りも、全部、またこのダンジョンがぶち壊すのか。
いつの日か、少年たちは気づくだろう。なぜお墓に建てられた木の棒に、形見の装備がかけられているのか。
自分たちを襲ったモンスターの正体は、いったいなんなのか。
俺は歯を食いしばって壁を睨み付ける。
泣いてはいけない。俺にその資格はない。
ダンジョンは残酷過ぎる。この世界にあってはいけない。
絶対に俺がダンジョンを作り出す女神を見つけ出してみせる。
俺はまた、ロストダンジョンの壁を殴った。
だが、その音は、広大な迷宮に吸い込まれ、響くことなく消えた。
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