第30話 雷神と魔王

「お父様、神一郎の介護を頼みます。信長は私が必ず倒しますから、皆を下がらせて下さい!」 

 ライカの気迫に押されるように、白龍斎達が神一郎を担いで下がろうとした時、信長の命を受けた魔人達が彼らの行く手を阻んだ。

「させぬ!」

 ライカの人差指が天を指した瞬間、無数の白い稲妻が、襲い来る全ての魔人達の脳天に炸裂すると、彼らは悲鳴をあげながら次々と燃え上がっていった。

「信長、これで一対一だ。存分に戦おうではないか!」

「ふん、魔人や魔獣など幾らでも作れる、痛くもかゆくもないわ。ライカよ、望み通り相手になってやろう。魔王の力にひれ伏すが良い!」

 二人が、天空に上がり向き合った刹那、信長の、赤みを帯びた黒い稲妻がライカを襲った。だが、ライカも瞬時に雷撃を駆使して、その稲妻を悉く防いで見せた。

「これは、もはや人の戦いにあらず。雷神と雷神の戦いじゃ……」

 遠くから見ていた神龍斎達は、夢でも見ているような顔で、二人の戦いに身を固くしていた。

 彼らの足元には、血止めを施された神一郎が横たわっていた。彼の右腕は、無残に切り落とされていたが、命に別状はなかった。信長の雷撃が傷口を焼いたことで、出血が少なかったのが幸いしたようだ。

 信長とライカの戦いは、天空で所狭しと繰り広げられ、黒い稲妻と白い稲妻が競い合うように夜空を切り裂いていた。

「ライカよ、遊びはこのくらいで良かろう。本気で来い!」

「望むところだ!」

 ライカの白い雷雲と、信長の黒い雷雲が急激に発達して、稲光が夜空を明るく照らし、雷鳴は間断なく鼓膜を震わした。

 ライカは、雲の力を限りなく貯えて、百龍雷破を一つに束ねたような巨大な雷“雷王破”を信長に放った。信長も負けじと、黒い特大の稲妻“魔雷破”で迎え撃つ。

 二つの雷が激突して凄まじい閃光が走り、その衝撃波が海岸に巨大な穴を開けた。その破壊力は蘭丸の魔風牙の比ではなかった。

「これ以上自然を壊したくはない……」

 ライカが、砂浜が吹き飛んで出来た巨大な穴に、海水が雪崩れ込むのを見ながら呟いた。

 彼女は、戦いの場を海上に変えた。その後も、雷王破と魔雷破の応酬は続き、その度に、巨大な水柱が上がって、津波のような大波が海岸に打ち寄せた。

「流石に力は互角のようだな。ならば、奥の手を出すとするか」

 高速で動いていた信長が、何を思ったのか天空でピタリと止まった。その瞬間、ライカが放った雷王破が信長を捉えた。

 雷王破の途轍もない光の塊が、信長の身体を飲み込んで海中に炸裂した。

「やったか!?」

 防波堤の上で見ている白龍斎達が、背伸びをして沖を見つめる。

 逆巻いていた波が収まり、海上に静けさが戻った。次の瞬間、突然海面が盛り上がったかと思うと、巨大な黒い怪物が波を破って姿を現した。

 口から食み出した鋭い牙、鋼鉄の鎧のような鱗、角はぐんと伸び張って王冠の如く頭を飾っている。偃月刀を思わせる手足の五本の指の爪、たてがみは悠然と背に靡き、身も竦む赤く光る目は真っすぐライカを睨んでいた。それは、身の毛もよだつ、魔界の王の如き黒い大竜だった。


 黒い大龍が、巨体をくねらせながら空中へ舞い上がると、濡れた鱗が稲光に照らされて不気味に光った。

『ライカよ、これが儂の本当の姿、魔王龍だ。驚いたか!』

 魔王龍から、雷鳴のような信長の声が天に響いた。

「信長、なんと悍ましい姿よ。その姿に相応しい地獄へ送ってやる!」

 信長の魔龍化した姿を前にしても、ライカは負けていない。

『身の程を知らぬ奴。最早、お前如きの力では儂は倒せぬわ!』

 魔王龍とライカは、天空で対峙して睨み合う。


 この様子を海岸で見ていた白龍斎達は、歯ぎしりを噛んでいた。

「あの化け物が、信長の本当の姿なのか!?」

「何という事だ。あれは、この世のものでは無い。如何にライカ様が強かろうが、もうどうにもならぬ……」

「いや、ライカ様ならやってくれる。もしもの時は、皆で討死するまでよ!」

「勝ってもらわねば困る。ライカ様が負ければ、この世は終わりじゃ!」

 風一族が、魔王龍の出現で度肝を抜かれて騒いでいる内、魔王龍は、雷鳴が激しさを増した雲の中へ姿を消した。

 雲の中では、激しく稲光が点滅する中で、魔王龍が雷を口から取り込んでいた。

 暫くして、雷で腹が膨れた魔王龍は、雲から顔を出すと巨大な口を大きく開いた。次の瞬間、魔王龍が吐き出したのは、途轍もない青白い破壊光線だった。それは、見上げていたライカを掠めて、海を直撃した。

 青白い光線は、海水を蒸発させながら海底に達すると、岩盤をも破壊して巨大な裂け目を作った。爆発と衝撃波で、一瞬、海に超巨大な穴が出現したが、衝撃波が消えると、海水が雪崩れ込み、その反動で巨大な津波が起きた。

「いかん! 皆、空に逃げろ!!」

 白龍斎の一声で、風一族は空へと飛び上がった。地上では大津波が海岸を飲み込み、内陸まで押し寄せていて、沖の方では、魚たちが白い腹を見せて海面を埋めているのが見えた。

 ライカは、凄まじい衝撃波に襲われ、弾かれるように海面に叩きつけられていたが、痺れるような体の痛みを堪えながらも海中から飛び上がり、魔王龍との間合いを大きく取って身構えていた。

『どうじゃ? 我が主砲“魔王大破”の味は!』

 勝ち誇ったような信長の声が響く。

(何という破壊力だ。私の最強奥義“雷王破”の比ではない……。だが、諦めたら負けだ!)

 ライカは、両の指を組んで、雷王破の態勢に入った。爆音のような雷鳴が轟いたかと思うと、巨大な稲妻が、空から一直線に魔王龍を襲った。

 だが、魔王龍は、瞬時に蜷局を巻いて、その中に頭を隠し身を護った。ライカの最強奥義をもってしても、魔王龍の蛇身の鱗の装甲を破壊する事は出来なかった。

(雷王破を撥ね返すとは……。だが、頭を護るという事は、そこが奴の弱点か?!)

 ライカは、魔王龍の圧倒的な力の差を見せつけられながらも、相手の弱点を見逃さなかった。


 ライカが、何気なく遠くに視線を向けると、東の空が微かに白み始めていた。戦いに次ぐ戦いの、長い夜が明けようとしているのだ。

 ライカは、自分の体力の事を思えば、戦いが長引けば不利だと感じていた。

 彼女は魔王龍の頭を狙って雷王破を撃ち続けたが、その度に、蛇身の硬い鱗の装甲が盾となって、頭を護るのだ。巨体に似合わず魔王龍の動きは機敏で早かった。

(これでは急所である頭を捉えることは出来ない!)

 思案していたライカが、腰に差してあった神一郎の龍笛に目が留まった。

(私が吹いても効果があるだろうか?)

 ライカは半信半疑で、龍笛に唇を当てて吹き始めた。

「ピィ――――ッピロロロロピィ――ッピィ――――ッ!!」

 龍笛の音が夜空に木霊すと、魔王龍の動きが止まり、もがき始めた。

『ウウッ、またこの笛か!』

(よし、これならいける!)

 ライカが破魔の笛を吹きながら、雷雲を操って雷王破の態勢に入った。しかし次の瞬間、苦しんでいた魔王龍が、自分の全ての鱗を高速振動させたのだ。

「ギィ―――ン!!!」

 凄まじい金属音は笛の音を打ち消し、ライカの集中力を乱した。

『同じ手は食わぬ。死ね!!』

 破魔の笛から解放された魔王龍が、ライカ目掛けて破壊光線“魔王大破”を吐き出すと、ライカも咄嗟に雷王破を放って応戦した。

 魔王大破と雷王破が激突して凄まじい閃光が走る。だが、威力に劣る雷王破は吹き飛ばされ、青白い光線がライカを飲み込んだ。

「ウオ――ッ!!」

 ライカは、渾身の力を振り絞って雷の壁を作って身を護ろうとしたが、力尽きて、煙をあげながら海の上に落ちていった。

「ライカ!!」

「ライカ様!!」

 海岸の上空で見ていた白龍斎達が、口々に悲鳴を上げた。

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