第29話 鬼人と魔人Ⅱ

 微動だにせず、沖の方を睨んでいた蘭丸の目が異様に光った刹那、彼は、海に向かって魔風牙を放った。巨大な三日月形の刀のような青い光が、海の上を高速で飛んで行く。すると、沖の方からも橙色の光が現れ、二つの光は海の上でぶつかった。

「ドドドドドーン!!!」

 途轍もない閃光が走り、その衝撃波で巨大な水柱が上がった。神一郎が放った風牙が、魔風牙を撃破したのだ。

「何!」

 蘭丸が驚きの声を上げた。

 程なく、沖の方から飛んで来た神一郎が、ゆっくりと波打ち際に下り立った。

「なんだ、その顔は?!」

 月の光に照らされた神一郎の顔には、恐ろしい鬼のような化粧が施されていた。

「これは鬼になる為の戒めの儀式だ。魔人には、鬼人がお相手しよう!」

 神一郎が身構える。 

「どうやら、魔風牙は今のお前には効かぬようだな。ならば、こちらも奥義を出すしか無かろう!」

 蘭丸が胸の前で手を組み念じると、あっという間に黒い雲が空を埋めた。その途端、幅十丈【約三十メートル】、高さが百丈【約三百メートル】ほどの竜巻が忽然と姿を現した。 その竜巻の中では雷が発生し、白い稲光がそこかしこで点滅していた。竜巻は更に勢いを増し、海岸の砂利を巻き上げながら、神一郎目指して進んでいった。

 風一族が、神一郎が戦いやすいようにと、積み上げた流木に火を付け、篝火としていた火も強風に煽られ消えてしまった。海岸には、稲光に照らされた凄まじい竜巻の姿だけが浮かび上がっていた。

「もっと下がれ! ここも危ないぞ!」

 危険を察知した白龍斎が、風一族を後方に退かせた。

 それを確認した神一郎が、奥義“龍の風”【巨大な竜巻を操る技】を立ち上げて、蘭丸の竜巻に向かわせた。

 二つの巨大な竜巻が激突して、接触した部分から赤や青の閃光が激しく迸る。神一郎が、竜巻を更に前進させると、蘭丸の竜巻は弾かれるようにズズッと後退した。

 だが、次の瞬間、蘭丸の竜巻の、地面についている部分がググっと頭をもたげたかと思うと、黒い龍のように空中を泳ぎ出したのだ。それは、一気に急上昇すると、神一郎の竜巻の中心に真上から突っ込んだ。

 神一郎の竜巻は、中から強力な力で押される形となり、たまらず破裂して消滅してしまった。

「ううっ、龍の風をこれほど簡単に破るとは……」

 神一郎が唸るように言った。

「驚いたか。これが我が奥義、大魔龍だ!」

 蘭丸は、両手を翳して、巧みに大魔龍を操っていた。

 大魔龍の腹の中では、砂利等が高速でぶつかり合った摩擦熱で燃え上がり、溶けて溶岩のようになっていた。更に、竜巻の強風に煽られた溶岩は超高温になって、大魔龍は赤い龍へと変身していった。燃える大魔龍は、神一郎の隙を伺いながら上空をゆっくりと旋回し、間合いを詰めて来た。

 次の瞬間、大魔龍は、神一郎目指して猛烈な勢いで突進した。神一郎が、風に乗って瞬時に飛び退くと、大魔龍は勢い余って砂浜に突っ込んだが、衰える様子もなく大地を削り飛ばして上昇していった。

 上空で反転した大魔龍は、再び神一郎に襲い掛かって来る。頭から突っ込んで来るかと思いきや、今度は尻尾で神一郎を薙ぎ払いに来た。それを辛うじて躱した神一郎に向かって、大魔龍は腹いっぱい飲み込んでいた溶岩を、巨大な口からゴーッと吐き出した。神一郎は、瞬時に土の技で防御壁を作り身を護ったが、吐き出された強力な溶岩によって、土壁は呆気なく溶かされていく。彼は二重三重の土の防護壁を作り出して、辛くも逃げ切った。

(あんな物に触れたら一巻の終わりだ!)

 神一郎は、大魔龍から逃げながら、ふと眼下を見た。そこには無限に広がる海があった。

(海……。火には水か!)

 神一郎は、海水から幾つもの巨大な水龍を作り出し、大魔龍に次々と激突させた。

「ブシュ――ッ!!!」

 大魔龍の高温の身体から爆発的な蒸気が噴出して、辺りを包んだ。最初は焼け石に水状態だったが、次々と襲い掛かる水龍の連続攻撃に晒されると、赤く輝いていた大魔龍の身体は徐々に冷やされ、黒くなっていった。

 しかし、大魔龍の動きは弱まるどころか、巨大な口から高温の蒸気を吐き出して来たのだ。浴びれば火傷どころでは済まない。高温高圧の蒸気は、身体をばらばらにするほどの威力があるからだ。神一郎は巨大な水の壁を作って、蒸気攻撃を懸命に防ぐしかなかった。


 息をもつかせぬ蘭丸の攻撃に、流石の神一郎も傷を負い、追い詰められていった。

 神一郎の前に大魔龍の頭が迫り、ピタリと止まった。再び燃え出した大魔龍の凄まじい放射熱が、神一郎を炙る。

「ウウッ!」

 勝利を確信した蘭丸が、最後の攻撃に出ようとしたその時、神一郎は目を閉じ、両の指で印を結んだ。

 すると、神一郎の周りに新たな風の渦が回り始め、木の葉が一枚、二枚、十枚、百枚と集まって舞いだしたのだ。更に、木の葉は林の方から次々と風に乗って現れ、辺りを埋め尽くしていった。

 神一郎の姿は木の葉の渦の中に消え、木の葉の擦れ合う音が不気味に響いていた。


「木の葉隠れの術か、あんな初歩的な技で何をしようというのだ?」

 遠くから見守る白龍斎達は、首を傾げた。

「そんなまやかしで、この大魔龍を止められると思っているのか!?」

 蘭丸も、それが神一郎の最後のあがきだと思った。

「見苦しいぞ神一郎!」

 蘭丸が、両の手を高々と上げて一気に振り下ろすと、大魔龍は、巨大な口をガッと開け、溶岩を吐きながら、木の葉の渦に隠れた神一郎に向かって突進して来た。

 その刹那、蘭丸の足元の地面から飛び出した黒い影が、彼の身体を掠めて宙に舞った。

「何っ!!」

 蘭丸がその影を目で追うと、そこには、血の付いた刀を握った神一郎の姿があった。

「??」

 次の瞬間、蘭丸の喉元から血が噴き出し、その首がゆっくりとズレ落ちていった。

 神一郎は、木の葉隠れで身を隠した後、地中に潜り、蘭丸が大魔龍を動かす瞬間を、息を潜めて待っていたのだ。相手が大技を仕掛ける一瞬にこそ、隙が出来る事を知っていたからである。

 力を失った大魔龍は、地面に激突して溶岩と共に砕け散り、砂浜を赤く染めた。

 勝負あったかと思われたが、首を失った蘭丸の身体が、落ちた首を拾おうと動き出したのだ。

 それを見た神一郎は、刀を大上段に構えると、渾身の一撃で蘭丸の身体を切り裂いた。

 しかし、真っ二つに切り裂かれた蘭丸の身体は、次の瞬間には元へと復元していく。

「首を斬られても再生するのか!?」

 神一郎は一呼吸して気を整えると、渾身の風牙を蘭丸に放った。破壊力の増した風牙は、首の無い蘭丸の身体を、一瞬で跡形もなく粉砕した。だが、身体を失っても、首だけはまだ動いていた。

「コノワタシガマケタだと? ソンナバカな……」

「蘭丸、これまでだ!」

 神一郎が、転がった首の脳天に止めの刀を突き刺した。

「ウグッ! の、ノブナガさま……」

「お前が味方だったら、良き友になれたかも知れんな……」

「……」

 神一郎が蘭丸の頭から刀を引き抜くと、彼は息絶え、その恐ろしい顔は人の顔へと戻っていった。


「小僧、よくも蘭丸を殺してくれたな!!」

 神一郎が振り向いた瞬間、蘭丸を殺されて怒り狂った信長が放った黒い稲妻が、彼の右腕を吹き飛ばした。

「ウワッ!」

 神一郎が、切られた腕の付け根を押さえながら倒れ込んだ。 

「神一郎!! 信長、卑怯だぞ!」

 悲鳴のような声を出したライカが、雷撃で信長を牽制しながら、倒れた神一郎の傍に駆け寄った。後に続いた氷馬と大刃が、ライカと神一郎の周りに氷と土の防護壁を作ると、風一族と信長の魔軍は、再び対峙して睨み合った。

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