第26話 真麟奪還
大噴火のような爆発の噴煙が収まると、山の頂上付近は完全に吹き飛ばされて、噴火口の底部だった辺りが露わになっていた。
その瓦礫の中で、燃え尽きたような天神が、真っ白に凍り付いた状態で埋もれていた。
天神は、何も見えず、何も感じなくなっていた。氷馬の紫の玉が炸裂した瞬間、彼は、燃え滾るような高揚感から、一気に暗闇の世界へと突き落とされていたのだ。それは、身体の全ての細胞が一瞬の内に凍りつき、心臓や脳までもが活動を止めてしまったからだった。
「ナンダ? ワシノカラダニ、ナニガオコッタトイウノダ……」
最早、天神の身体から燃え上がる炎は無かった。
大爆発から危機一髪で逃げることが出来たライカ達が、上空から天神を見ていた。
「炎龍斎様、止めの火炎弾を!」
氷馬の叫びに、炎龍斎が渾身の火炎弾を天神に撃ち込むと、彼の身体は木っ端微塵に砕け散った。天神の心を絶望が支配して、彼は、我が身の死を受け入れるしかなかった。
「凄いな氷馬、こんな奥義があったとは知らなかったよ」
神一郎が氷馬を労い肩に手を掛けると、彼も笑顔で答えた。
「水神家に伝わる“大紅蓮”と言う伝説の技なんだが、何故、これだけの技が使えたのか、自分でも驚いている」
「きっと、真麟を救おうとする氷馬の必死の心に、阿摩羅が応えてくれたんだよ」
神一郎は、また一人、頼もしい仲間が出来た事が嬉しかった。
大紅蓮と言うのは、八寒地獄の第八で、究極の寒さ故に身体の肉が裂けて、それが紅い蓮のように見える事からこの名がある。“大紅蓮”は、稲妻家の百龍雷破に匹敵する、奥義中の奥義なのだ。
「信長、信長は何処だ!」
炎龍斎が辺りを見回すも、信長の姿は何処にも無かった。
「信長は、負けることを嫌います。このまま逃げるようなことはしないでしょう。必ず戦いを挑んで来ます」
ライカが言った途端、世界がガラリと変わった。
青い海、白い砂浜、潮の香を運んで来た風が、ヤシの木を揺らしている。ここは、南海に浮かぶ小島のようである。
砂浜の切れ目のヤシの木の下で、悠然と床机に座って扇子を動かしているのは、紛れもなく信長だった。
「ライカよ、よくぞここまで辿り着いた、誉めてやろう。だが、現実世界では、我が軍が紀州に進軍している頃だ。こんな所で遊んでいて良いのか?」
信長は悠然とはしていたが、ライカ達を見る目は怒りを含んでいた。
「信長! 真麟は何処に居るのだ!」
炎龍斎が信長の方へ走り出そうとするのを、ライカが止めた。
「ふん、そんなに真麟に会いたくば会わせてやろう。真麟は此処だ!」
信長がクルリと背を向けた刹那、ライカ達は声を失い、炎龍斎の我が娘を呼ぶ声は悲鳴に変わった。
それは、信長の頭の後ろに真麟の顔があったからだ。真麟は信長の背面にめり込むように同化していて、腕は真麟の分と四本出ていた。
「これでわかったか。真麟と儂は当に一心同体なのだ。どうじゃ、取り返せまい! フハハハハハハハハ、ハアッハッハッハッハァ!」
向き直った信長が、狂ったように笑った。
「……」
ライカ達は、二人の悍ましい姿に、暫く声も出なかった。
「ううううっ。許さぬ。許さぬぞ信長――ッ!」
目が充血するほどの怒りに自分を見失った炎龍斎が、信長に飛び掛かろうとした時、背中の真麟がくるりと正面になった。真麟の顔を見て、炎龍斎の相好が崩れたその刹那、彼女は表情も変えずに、黒い炎の剣を炎龍斎の胸にグサリと突き立てた。
炎龍斎は、まさかと言った表情のまま、胸から血飛沫を上げて後ろへ倒れ込んだ。
「……ま、り、ん、何故じゃ、……儂が、儂が分からんのか?」
「炎龍斎様、真麟は正気ではありません。信長に操られているのです。心を強く持って身体を復元してください!」
倒れた炎龍斎に駆け寄った氷馬が、懸命に元気づける。
動揺を隠せない炎龍斎だったが、氷馬の懸命な励ましに気力を取り戻し、精神を集中させた。
その時、ライカと神一郎は、氷馬達を護るために真麟の前に飛び出していた。
「ノブナガサマニアダナスモノハ、ダレデアロウト、コノワタシガユルサヌ!」
彼女は狂気の目をライカと神一郎に向けながら、黒い炎の剣を振り下ろして来る。真麟が戦う時、信長の足が向きを変えて彼女の足に変わるので、動きは速かった。
ライカと神一郎は攻撃する事も出来ず、身を躱し続けるしかなかった。
「ライカ様、真麟と信長を切り離す方法は無いのですか!」
神一郎は真麟の攻撃を躱しながら、ライカの方をチラリと見て言った。
「今の状態では引き離す事は不可能だ。信長を倒せば真麟も死んでしまう。だが、真麟を正気に戻せば可能性はある。記憶を取り戻すために、声を掛け続けてみよう!」
「それなら儂の役目だ」
身体を復元し終わった炎龍斎が、そう言って立ち上がり、ライカ達を追い回している真麟に向かって大声で話し出した。
「真麟よ、儂はお前の父だ! 母も、たいそう心配してお前の事を待っているのだぞ。儂の事は忘れても、母親の事は覚えておろう。一人娘のお前をたいそう可愛がっておったではないか。思い出さぬか、母上の声を、子守唄を、微笑んだ顔を……」
敵意をむき出しにして、ライカ達を攻撃していた真麟だったが、母親の話になると一瞬動きが止まった。
炎龍斎が尚も大声で話し続けていると、真麟が、突然、炎龍斎の方に向き直った。彼は、真麟が何かを感じてくれたのかと目を見開いたが、次の瞬間、黒い炎の剣が炎龍斎を襲った。
炎龍斎は後方に飛び退き、火炎龍を立ち上げた。真麟が驚きの顔で火炎龍を見上げる。「分かるか? これは、お前に教えた火炎龍だ。思い出せ!」
炎龍斎の必死の叫びに、真麟の動きが鈍った。
「……ダマレ、ソンナモノハシラヌ!」
真麟が、目覚めだした本来の自分の意識を振り払うように、再び炎龍斎に襲い掛かかる。だが、炎龍斎は逃げることをせず、真麟の黒い炎の剣の前に身をさらした。
「炎龍斎様!」
真麟の黒い炎の剣が、炎龍斎の胸に突き立ったのを見て、氷馬が声を上げた。
「ウウッ!」
炎龍斎は痛みを堪えながらも、剣が突き刺さったまま、真麟の両腕を強引に掴んだ。
「ハ、ハナセ!」
真麟が嫌がって身をよじるが、炎龍斎はその手を放そうとしない。真麟は黒い炎の剣を、炎龍斎の胸の奥へと押し込んだ。
「グフッ!」
炎龍斎は口から血を吐きながらも、優しい目を真麟に向けていた。
「お前を救う為なら、この命何時でも捨てる!」
炎龍斎の顔が厳しくなって、真麟の目を見据える。
「真麟! 目を覚ませ! 真麟!!」
我が命を捨てても娘を救おうとする炎龍斎の魂の叫びが、真麟の魂を揺さぶった。
すると、真麟の狂気の目が優しい目へと変化していった。
「ち、父上?」
正気に戻った真麟が見たのは、我が子の剣で胸を貫かれながらも、笑みを浮かべている父親の姿だった。
「父上!!」
真麟の叫び声が響いた瞬間、身体が反転して信長の顔が現れたかと思うと、右手を天に突き上げ雷撃の態勢に入った。天空には、いつの間にか黒い雷雲が渦巻いていた。
「死にぞこないめ。さっさとあの世へ行け!」
真麟の黒い炎の剣が引き抜かれ、血飛沫を上げて後方に倒れた炎龍斎に、信長は飛び下がりながら巨大な黒い稲妻を放った。
信長の雷撃は、炎龍斎の身体を一瞬の内に蒸発させ、白い砂浜を真っ黒に焼き焦がして、巨大な穴を開けていた。そこには、炎龍斎の着衣の切れ端一つ残っていなかった。
「炎龍斎様ーッ!!」
氷馬の叫び声が、暗い空へと吸い込まれていった。
「神一郎、龍笛を吹け!」
ライカのよく通る声に我に返った神一郎が、腰に差していた龍笛を唇に当てた。
「ピィ――――――ッピロロロピィ―――ッ!」
力強い笛の音が、この世界に染み込むように響き渡ると、信長に異変が起きた。
「ウウッ、何だこの笛の音は?! やめろ、やめぬか!」
神一郎の笛を聞いて苦しみだした信長は、苦し紛れの雷撃で神一郎を襲った。だが、神一郎は、風に乗りながら軽やかに雷撃を躱し、笛を吹き続けた。
次の瞬間、苦しみ続ける信長の身体から、真麟の身体がフッと分かれた。ライカが、その瞬間を逃さず、彼女を抱きかかえて空に飛びあがった。
「今だ! 氷馬、大紅蓮を撃て!」
「承知!」
それまで、ライカの指示で、紫の光の玉を生成していた氷馬が、その玉を信長に放った。
紫の玉は信長の頭上で破裂し、彼を瞬時に凍らせてしまった。
「神一郎、止めだ!」
「はっ!」
ライカが叫んだ次の瞬間、神一郎の渾身の風牙が、凍りついた信長を脳天から斬り裂くと、粉砕された氷の欠片がキラキラと光りながら舞い散った。
「神一郎、信長は死んだのだろうか?」
氷馬が、砕け散った氷を見ながら言った。
「……どうかな? 心の世界は魔王の住処でもある。恐らく死んではいまい」
「信長は、そう簡単には倒せぬ。氷馬、神一郎、風の里に帰るぞ!」
「はっ!」
ライカ達四人は、一気に現実世界へと浮上していった。
彼らが目覚めた瞬間、目に飛び込んで来たのは、大刃の操る土龍の腹の鱗だった。土龍は、ライカ達の身体を囲むように、蜷局を巻いて魔獣達を防いでいたのだ。だが、魔獣達は土龍の腹に牙を立てて、今にも食い破ろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます