第25話 氷馬覚醒
炎龍斎は、突然現れた、目の前の野獣のような化け物に驚き、思わず数歩下がった。
「炎龍斎様、それは、天神が魔人化した姿です。力は桁違いですから気をつけて下さい!」
神一郎が叫んだ。
「オオッ! チカラガミナギルゾ……。フフッ、コウナッテハ、オマエタチニカチメハナイ。カクゴシロ!」
黒い闘気が、天神の身体から噴出して、蛇のような目が赤く光った。
「クウッ、お前なんぞの相手をしている暇はない。消え失せろ!!」
焦りの色を隠せない炎龍斎が、一気に火炎龍を立ち上げると、空に飛翔させた。彼は、巨大な火の鳥となった火炎龍を、そのまま天神目掛けて激突させた。火王家奥義、“火炎爆竜”である。
噴火口の壁を揺さぶる凄まじい爆発が起きて、天神の姿は爆炎の中に消えた。
だが、火炎が収まってみると、地面に開いた大穴の横に、無傷の天神が悠然と立っていた。
天神がゆっくりと右手を翳して、炎龍斎に照準を合わせた。
「クラエ!」
天神の手から迸るように放たれた超高温の熱線は、猛烈な勢いで螺旋を描きながら、炎龍斎の身体を掠め、後方の岩壁に炸裂した。天神の“魔炎破”である。
爆発の衝撃波はライカ達をも薙ぎ払い、岩壁は大きく抉り取られていて、その破壊力は、火炎爆竜の比ではなかった。
「炎龍斎様!」
衝撃波で飛ばされたライカが立ち上がり、倒れたまま動かない炎龍斎に駆け寄ると、彼の右腕は無残に吹き飛ばされ、腕の付け根から血が噴き出ていた。
(掠めただけで、これだけの傷を負わせるとは……)
ライカは、改めて魔人となった天神の力の凄さを思った。
ライカが次の攻撃を警戒して天神の方をチラリと見ると、神一郎と氷馬が天神の前に躍り出て、彼女達を護る態勢をとっていた。
「ウウッ!」
苦痛に顔を歪める炎龍斎に、ライカが懸命に話しかける。
「炎龍斎様、心を強く持ってください! 念じるのです! 身体は復元できます!」
その言葉で我に返った炎龍斎が、心を集中させて必死に念じると、瀕死の身体は魔法のように復元されていった。
「おおっ!」
炎龍斎が狂喜する。
「今の我が身の蘇生の感覚を忘れないで下さい。心へのダメージがありますから、暫くは痛みは残りますが、十分戦えます!」
「すまぬ、ライカ殿」
炎龍斎は、何もかも見通したようなライカの奥深い瞳に畏怖さえ抱き、思わず頭を下げていた。
魔人化した天神は、神一郎と氷馬を相手に、尚も魔炎破を撃とうとしていた。
「神一郎、此処は私にやらせてくれ!」
氷馬は、両の指で印を結び水龍を出現させると、その頭の上に乗って戦闘態勢をとった。
「大丈夫なのか? 通常の技が効く相手ではないぞ!」
神一郎が、下から声を掛ける。
「分かっている。もしも私が死んだら真麟を頼む!」
「……」
氷馬の澄んだ目からは、決死の覚悟が見て取れた。
「ナニヲグダグダイッテイル。ハナシノツヅキハアノヨデヤレ!!」
天神の右手が、赤く光った。
氷馬が、天神の攻撃を避けようと水龍を急上昇させた刹那、魔炎破に捉えられた水龍の首が、いとも簡単に吹き飛ばされてしまった。
だが、水龍の頭に乗っていた氷馬は、体勢を崩しながらも水龍を見事に復元して、空中に浮かび上がらせた。
水龍の動きは速く、攻撃を加える天神が「捉えた!」と思った次の瞬間には、スッと体を躱しているのだ。
「氷馬、いいぞ!」
神一郎が、水龍の動きを目で追いながら、思わず声を掛けた。
天神は、狂ったように魔炎破を撃ちまくったが、氷馬を乗せた水龍を捉える事は出来なかった。
ただ、天神の放った魔炎破は、広大な噴火口の、壁という壁を砕き、飛び散った岩石が雨あられと降り注いだ為、ライカ達は土の技で防波堤を築き、身を護るしかなかった。
「此れでも食らえ!」
軽やかに身を躱していた氷馬が、突然攻撃に転じた。水龍から吐き出された水が、幾つもの鋭い槍のように変形したかと思うと、それが凍って氷の槍となり天神を襲ったのだ。
単なる水だと思って避けなかった天神が気付いた時には、氷の槍は彼の身体に突き刺さっていた。
「ウッ!」
呻き声をあげた天神だったが、両足を踏ん張り、身体に力を込めると、突き刺さっていた何本もの氷の槍は一気に砕け散って、傷口は瞬時に塞がった。
「フン、コンナモノデ、ワシ二カツツモリカ? コンドコソ、オワリニシテヤル。ワガオウギ、ウケテミロ!!」
天神が両足をズンと踏ん張り力を込めると、彼の腹部が段々赤みを帯びて来た。そして、身体全体がマグマのように赤く輝き出すと、ニッと笑った裂けた口から、炎が漏れ出た。
「氷馬、危ない!!」
ライカが叫んだその時、天神の裂けた口が大きく開かれたかと思うと、見た事も無いような凄まじい爆炎が、ゴーッと吐き出された。天神の奥義、“大魔炎”である。
辺りは火の海となり、噴火口からは、まるで噴火のような巨大な火柱が、噴き上がった。
暫くして火炎が収まると、体中から白い煙を出しながら荒い息を吐いている天神の姿があった。
「少しは手加減せぬか。こっち迄危うかったわ」
焦げた匂いが充満する噴火口の岩の間から、姿を現したのは信長だった。天神が跪き大きな身体を曲げて信長に頭を垂れた。ライカ達の姿は何処にも見えない。
「天神よ、あ奴らはまだ生きておるぞ。小童ども、隠れていないで出て来い!」
信長が叫ぶと、ライカ達が瓦礫の中から姿を現した。彼らは、氷や土の壁を作って、辛うじて火炎から身を護っていたのだ。その身体からは、湯気のような白い煙が上がっていた。
天神が怒りの目で立ち上がり、再び大地に足を踏ん張って、大魔炎の態勢に入ると、信長の姿はフッと消えた。
「させるか!」
氷馬が目を閉じ、両手を胸の前で合わせて、一心に念じながらその手を開いていくと、そこに、青い光の玉が徐々に膨らんでいった。そして、五寸ほどの玉になると、今まさに大魔炎を撃とうとしていた、天神目掛けて撃ち込んだ。
「行けーッ!!」
青い光の玉が、天神の赤く染まった高温の身体に炸裂した。青い玉は、冷気を凝縮した冷凍弾だったのだ。冷気と高温がぶつかり、爆発的な蒸気が天神の身体から噴出した。
更に、その冷気の勢いは止まらず、天神の溶鉱炉のように燃え滾った身体を覆いつくし、終には、真っ白に凍らせてしまったのだ。
「氷馬、凄いな!」
後方で見ていた神一郎が目を見張った。
口を開けたまま、完全に凍りついて動かなくなった天神を(勝ったのか?)と、氷馬は半信半疑で見つめた。
だが、勝負はまだついていなかった。氷の奥の天神の身体が再び赤みを帯びて来て、氷が解け始めたのだ。更に温度が上がると、天神を覆っていた氷の塊は「ドン!」と木っ端微塵に吹き飛んだ。
天神が、大きな息を吐いて呼吸を整えた次の瞬間、彼の身体全体から、炎が勢いよく噴き出して火達磨となった。その炎は急激に燃え上がり、膨張していく。
「これでは、こちらの身も危ういぞ!」
火に精通した炎龍斎が叫んだ。
ライカと神一郎は、水や氷の技で壁を作ったが、直ぐに蒸発してしまった。その間も、天神の身体は、赤から白色へと変わり、まるで太陽のように輝きだしたのだ。彼らは目がくらんで直視できない。数千度という超高温が、彼らの衣服を焦がし、肌を焼いた。
「一旦外へ出よう!」
神一郎が促し、四人が飛び上がろうとすると、噴火口の上部から、百龍雷破のような凄まじい雷が降り注いで、外への道も閉ざされてしまった。信長の仕業である。地中に潜ろうにも、天神の放つ超高温は岩盤をも溶かし、溶岩となって逆巻き始めていた。
「くう、これまでか……」
炎龍斎が、唸る。
「心を集中して、我が身を再生するんだ!」
ライカの指示に従い、彼らは一心に身体の再生を念じた。焼けては再生し、再生しては焼け焦げる。それは、激しい痛みも伴った。
そんな繰り返しの最中、
「一か八か試したい技がある!」
氷馬が、必死の形相で神一郎に言った。
「だが、この技は少し時間がかかる。その間、私を護れるか?」
「任せろ! だがそう時間は無い。早めに頼む」
神一郎はライカと共に、天神の超高温の被害が比較的少ない天井部分の岩盤を土の技で掘り進み、氷馬と炎龍斎を避難させることにした。
我が身の再生を念じながら、他の技を使うのは至難の業であるが、ライカと神一郎にはそれが出来た。
二人を洞窟の中に避難させたライカ達は、交互に、冷気弾を洞窟の入り口付近に撃ち込んで、冷却作業を間断なく続けた。
氷馬は、精神を集中して両手に気を込める。重ねた両手の間から漏れ出て来たのは、紫色の光だった。その光が膨らみ、重厚な紫の玉となって輝きだした。
「ライカ様、何時でも撃てます!」
氷馬の声を聴いて、ライカと神一郎は頷くと、冷気弾を放ちながら、氷馬と共に洞窟の入り口を目指した。
「氷馬、あの光源を叩け!!」
ライカが叫び、洞窟の中から飛び出した氷馬は、一気に紫の光の玉を天神目掛けて撃ち込んだ。
超高温の炎の世界が、紫に染まった、その途端、
「ズドドドドド――――――ン!!!」
超冷気と超高温が激突して、凄まじい水蒸気爆発が起きた。溶岩は吹き上がり、巨大な噴火口は、山頂もろとも吹き飛んだ。
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