第24話 真麟の中へ

 その夜、初めて人の心の中へ入る炎龍斎と氷馬に、神龍斎が注意事項を説明した後、白龍斎が炎龍斎を、神龍斎が氷馬を催眠術で真麟の心の中に沈めた。それを見計らって、ライカと神一郎も自己催眠をかけて、真麟の心の中へ入っていった。

 部屋には、真麟、神一郎、ライカ、氷馬、炎龍斎の五人の身体が残った。他人の心の中に入る時は、その人の身体に触れる必要がある。彼ら四人は真麟を囲むように寝て、彼女の手や足首をしっかと握ったまま眠っていた。

「ライカは残した方が良かったのではないか? もし帰らねば我らは滅ぶ……」

 五体の抜け殻を呆然と見ながら、白龍斎は神龍斎に呟いた。

「相手が信長では、神一郎だけでは荷が重すぎましょう。それに、風の里が滅んでしまっては元も子もない事はライカ様が一番分かっているはず、必ず帰って来てくれます」

「うむ、ここは彼らを信じて待つしかないか」

 白龍斎は、我が子の凛とした寝顔を見つめながら祈るように言った。


 真麟の心の中に入った四人は、過去世の業が渦巻く阿頼耶識の最下部に着いていた。

 次の瞬間、真っ暗闇だった世界が、光り輝く大草原の世界へと変わった。ライカが変えたのである。そこは太陽が輝き、爽やかな風が見渡す限りの草原を吹き渡っていた。

「炎龍斎様、身体が透けています。もう少し身体の具現化に集中してみて下さい」

「うむ」

 ライカに言われて、炎龍斎が自分の身体を作り治した。

「この草原の世界は、私が作り出したものです。神龍斎様から説明があったように、心の世界では、心に強く思えばそれが具現化されます。炎の技も水の技も自在に使えます。これから敵との闘いになりますが、斬られようと燃やされようと、心さえ強く持っていれば復活できます。但し、ここでの死を心が受け入れてしまえば、現実世界の自分も死んでしまいますから、くれぐれも油断なさらぬよう!」

「承知した!」

 炎龍斎と氷馬が、険しい顔で頷いた。

「ところで、この広い世界でどうやって真麟を探し出そうというのだ?」

 炎龍斎が、辺りを見回しながら言った。

「真麟は信長と一緒に居るはずです。我らが来たことは既に信長に知られているはず、その内あちらから誘いがあるでしょう」

 ライカが話し終わると、草原の世界は茫漠たる砂漠の世界へとパッと変わった。強い風が砂塵を舞い上げ、砂漠の遥か彼方には巨大な山が霞んで見えた。

 その時である。突然、信長の声が何処からともなく聞こえて来た。

「ライカよ、真麟を連れ戻しに来たのなら無駄な事だ。真麟は儂と一体になっておる。儂を倒せば真麟も死ぬ。無理矢理引き離したところで結果は同じだ。諦めるんだな」

「信長! これが忠誠を誓った者への仕打ちか! 真麟を返せ!」

 炎龍斎が憤怒の顔で叫んだ。

「炎龍斎よ、お前の娘は儂と共にこの世を支配し、栄華を極める事が出来るのだぞ。これ以上の栄誉が何処にある。喜ばぬか」

「ふざけるな信長! 何としても真麟は取り返す。姿を見せろ!」

 ライカが一喝し、声のする方を睨みつけた。 

「小娘一人の為に命をかけるとは愚かな事よ。儂と真麟はあの山の頂上に居る。だが辿り着けるかな? 可愛い魔獣達や腹心の天神が手ぐすね引いて待っているぞ。それに、時間も無い。我が軍は既に安土城を出陣した。急がねば、お前達の抜け殻は八つ裂きにされて、風の里諸共焼かれしまうぞ。せいぜいあがくが良いわ。はっはっはっはっ!」

「信長、この通りじゃ。真麟を返してくれーッ!」

 あざけ藁う声のする方に、炎龍斎が土下座して懇願するも、信長からの返答はもう無かった。

「炎龍斎様、時間がありません。真麟の所へ参りましょう。神一郎、氷馬、一気に砂漠を越えるぞ!」

 ライカが、意気消沈する炎龍斎の手を取って立ち上がらせると、彼らは、広大な砂漠の向こうに霞む、不気味な山に向かって大地を蹴った。


 高高度の強風に乗って一時あまり飛び続けると、遠くに霞んでいた巨大な山が、眼下に広がっていた。山の上部には厚い雲が巻いて、頂は見えない。

「ライカ様、一気に頂上に下りますか!」

 先頭を飛んでいる神一郎が、振り返って叫んだ。

「雲の中には何が潜んでいるか分からぬ。雲の下の中腹に一旦下りよう!」

「承知!」

 四人は、雲の下の、山の中腹の岩場の窪みに下り立った。見上げれば、切り立った岩壁が頂上へと続いていて、雲の中では青い稲妻が点滅し、雷鳴は間断なく山を震わせていた。

「あれでは、雲の中に入った途端に雷の餌食になってしまう。登るのは不可能だ……」

 氷馬が、厚い雲に覆われた頂を睨みながら、ギリギリと歯噛みした。

「氷馬、焦るな。必ず方法はある!」

 ライカに励まされた氷馬は、大きな息を吐いて心を落ち着かせようとしたが、真麟の顔が脳裏にチラついて離れなかった。氷馬と真麟は、火王家が謀反を起こすまでは夫婦になるはずだった。破談になった後も、彼は真麟への思いを断ち切れずにいたのだ。

「心で想う事が具現化するなら、あの雲が無くなれと思えばいいのではないか?」

 炎龍斎が事も無げに言う。

「ここは信長が作った世界ですから、それは出来ないのです。私達はこの世界を現実として受け入れるしかありません」

「そうか……」

「信長にとってもあの嵐は脅威のはず、ならば、頂上の何処かに隠れる場所があるに違いない!」

 氷馬が、確信ありげに言った。

「山の頂上にある隠れ場所と言ったら、噴火口の中か? ライカ様、出来るかどうか分かりませんが、“龍の風”で、頂上付近の雲を吹き飛ばしてみましょうか?」

「そうだな、やってもらえるか!」

 風に乗って飛び立った神一郎は、山の麓に下りると、頂上付近を取り囲む雲をも利用しながら、竜巻を起こしていった。竜巻は、砂塵を舞い上げながら成長し、やがて、天を突く大竜巻となった。

 神一郎は、その大竜巻を山の頂上へと向かわせた。

「ゴゴゴゴゴゴ―!!」

 大竜巻が、頂上を覆う雲を吸い込み、天へと吹きあげていく。徐々に雲が払われ、直径百丈はあろうかという巨大な噴火口が姿を現すと、上空から様子を伺っていたライカ達が、思わず「おおっ!」と、声を上げた。

「これが限界です。今の内に中に入りましょう!」

 竜巻の力の限界を感じた神一郎が叫んで、火口へ向かった。

 神一郎に追いついた彼らは、下方に気を配りながらゆっくりと噴火口の中へ下りて行った。火口は深く下の方は真っ暗で何も見えない。

「何かが来る。気をつけろ!」

 ライカが皆に声を掛けたその時だった。暗い火口の深みから凄まじい羽音が聞こえて来たかと思うと、両翼が三丈【約九メートル】はある、翼竜に似た魔獣達が姿を現したのだ。

 四人は背を合わせる防御体制をとって、下降しながら襲い来る魔獣達と交戦した。だが、ひしめくように襲い掛かる、魔獣の大きな嘴と鋭い足の爪が彼らを分断させる。

 やむなく、ライカ達は互いの距離をとって、同士討ちに気を付けながら個別に戦う作戦に切り替えた。

 神一郎の風牙が魔獣の翼を斬り裂き、ライカの雷撃に捉えられた魔獣達は、燃えながら落下していった。更に、炎龍斎が出現させた火炎龍の火炎放射が次々と魔獣達を飲み込み、氷馬の冷凍波は、黒い魔獣の身体を真っ白に凍らせた。


 魔獣達を撃破しながら降下していった四人は、やがて、魔獣達が折り重なって死んでいる火口の底に着いた。火口は下に下りるほどに細くなっていたが、最下部は、巨大な空間が広がっていた。日の光が届く彼らの居る場所は仄かに明るかったが、奥の方は暗闇に覆われている。

「信長、居るなら出て来い!」

 ライカが叫ぶも、木霊だけが返って来た。

「誰か来ます!」

 氷馬の指さす闇の中から、総髪の長い髪をなびかせた、一人の武士が姿を現した。

「天神!」

 炎龍斎が声を上げた。

「あやつが天神か?!」

 天神の顔を知らなかったライカ達が声を上げると、彼は不敵な笑いを浮かべた。

「天神、信長は何処だ!?」

 突然、炎龍斎が駆け寄り天神の胸ぐらを掴んだ瞬間、彼の身体は宙に舞い、二丈程も投げ飛ばされていた。

「炎龍斎よ、信長様に会いたくば先ず此の儂を倒す事じゃ。だが、お前如きでは相手になるまいて」

 投げ飛ばされ侮蔑された炎龍斎が、憤怒の顔で起き上がり様に火炎弾を放つも、天神に難なく躱されてしまった。尚も、火炎弾を撃ち続ける炎龍斎だったが、天神は右へ左へと軽やかに身を躱し、捉えることは出来なかった。 

 だが、天神が攻撃へと転じようとしたその時、躱したはずの火炎弾が生き物のようにググッと曲がって天神の身体を直撃した。炎龍斎は火炎弾を自在に操れたのだが、天神を油断させるために、敢えて真っすぐな火炎弾を撃っていたのだ。

 よろけながらも踏みとどまった天神目掛けて、炎龍斎が畳み掛けるように火炎放射を放ち続ける。

 だが、天神は炎に包まれながらも、微動だにせず立っていた。

「此奴、化け物か!?」

 炎龍斎が訝った次の瞬間、火達磨の天神が大きく燃え上がったかと思うと、その中から野獣のような怪人が「ウオ――ッ!!」と叫びながら姿を現した。

 一丈【約三メートル】はあろうかという、筋肉質な身体は黒く、長い髪を振り乱した頭には三本の角が生えて、裂けた口からは猛獣のような白い牙が不気味に光っていた。

「な、何だ此奴は!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る