第23話 帰還

 神一郎と蘭丸の風牙と風牙が再び激突した。そして、二つの風牙が衝撃波と共に消えたかと思った次の瞬間、神一郎の放った風牙は、その力を保ったまま再び蘭丸に襲い掛かっていた。これは、神一郎が開発した新しい風牙で、一度放った風牙を自在に操り、何度でも攻撃出来る技なのである。

「ウグッ!」

 蘭丸の右肩に血飛沫が噴きあがり、右腕がバッサリと切り落とされた。

 すると、蘭丸の身体に変化が起き始めた。呻き声をあげながら身体が変形して、歯や爪は牙のように伸びだしたかと思うと、次の瞬間には人の姿に戻ろうとする。蘭丸の身体は、それを繰り返しながら、魔人へと変貌しつつあった。

 通常彼らは、陽が沈むと魔人化するのだが、蘭丸達上級魔人は、夜になっても魔人化を抑える強い力を持っている。だが、腕を切られた事で抑える力が弱まり、魔人化が進みだしたのだ。完全に魔人化すれば、戦闘能力は格段に上がってしまう。

 蘭丸が、野獣のような声を上げながらもがいている隙に、神一郎は安土城を離れ、幻龍斎達の後を追った。

 彼らに追いついてみると、先頭に真麟を背負った氷馬の姿があった。何人か負傷している者も居て、助け合いながら飛んでいた。神一郎は、ふらふらと飛んで遅れている最後尾の仲間を背負い、風の里へと急いだ。幸い、心配した追手は来なかった。


次の日の朝、彼らは、倒れるように風家の館に駆け込んでいた。

「幻龍斎、しっかりせい。誰か水を持て!」

 白龍斎が、幻龍斎を抱き起す。

「怪我人を中へ! 大刃、薬師を呼んでくれ。氷馬、真麟は奥の私の部屋に。母上の紅(くれない)様をお呼びしろ!」

 ライカが、冷静に指示を与えながら、神一郎をふと見ると、上衣の右肩が血で染まっていた。

「神一郎、お前も怪我をしているではないか。肩を見せろ!」

 ライカが、顔色も悪い神一郎の上衣を脱がすと、傷口から血が滴り落ちていた。

「此れはひどい……」

「ライカ様、私は心配いりません。他の者の手当てを……」

 神一郎はそう言いながら崩れるように気を失った。

 

「真麟! 目を覚ますのじゃ。ほれ、母も来ておるぞ!」

 火王炎龍斎と妻の紅が、真麟に取り縋っていた。

「信長の本性を見抜けなかった儂が悪かった。この通りじゃ、目を覚ませ真麟。儂を許してくれ、真麟!!」 

 炎龍斎が涙で顔をくしゃくしゃにしながら真麟を揺するが、彼女が目を覚ます事は無かった。

 その部屋の隅に寝かされていた神一郎が目を覚ますと、心配そうに見つめるライカの姿が目に入った。

「気が付いたか。誰にやられたのだ?」

「蘭丸とかいう若侍です。彼は、風の技を極め、風牙を操っていました。それに、信長は家臣や猛獣を魔人や魔獣に変えています。今回の戦は、彼らとの闘いになりそうです」 

「そうか。現実世界でも、魔獣達との闘いになるとはな……」

「ライカ様、魔人化した人間は元に戻れるのでしょうか?」

「昼間は人間に戻ったようでも、魔人としての資質は変わらない。可哀想だが、殺すしかないだろう」

「相手は、魔獣と約千名の魔人です。皆が蘭丸のような力は無いと思いますが、油断はできません。彼らは、明日にもやってくるかも……ウウッ」

 神一郎の顔が歪んだ。

「傷が痛むんだな。それだけ分かれば十分だ。心配せずに休め」

 ライカは、神一郎の布団を直してやってから、衝立の向こうの真麟の方へ歩いていった。そこでは、女達が真麟の身体を綺麗に拭いて、小袖を着せてやっていた。

 部屋の外では、氷馬がうなだれて佇んでいた。



 風の里では、厳戒態勢をとりながら信長の来襲に備えていたが、何の動きも無く数日が過ぎた。

 白龍斎は、神一郎の回復を待って、全体会議を開いた。

「皆も聞いたと思うが、信長軍の状況が変わって来た。幻龍斎、説明を頼む」

 白龍斎に促されて、幻龍斎が険しい顔で立ち上がった。

「今でもあれは夢だったのではないかと思う。儂達が安土の町に入ると、恐ろしい魔人や魔獣達が人を襲い食っていたのだ。街中が、阿鼻叫喚の地獄じゃった。今頃は、安土の町は廃墟になっておろう……。

 魔人の身体は、人より一回り大きく、目は青く光っておった。動きは素早く、人を超える身体能力を持っていて、人というよりは獣に近い生き物じゃ。あいつらは、刀で滅多斬りにされても向かって来た。まさに化け物じゃ!」

 幻龍斎はそこまで言って、神一郎に話を振った。

「私は、蘭丸という側近と戦いましたが、彼は、風の技に精通していました。風牙を操る事が出来るのです。不覚にも不意打ちを食らい、肩をやられてしまいました。蘭丸は恐らく上級の魔人だと思います。信長は更に強いはず、通常の風一族の技は通用しないでしょう。それに、狂暴化した魔獣達も侮れません」

 神一郎が座ると、白龍斎がライカを指名した。

「上級魔人は、信長、蘭丸、天神の三人だけだと思います。この三人は、私と神一郎が引き受けます。残りの魔人と魔獣を皆さまで倒して下さい。彼らが人に戻る事はありません。放っておけば、この国は彼らに食い滅ぼされてしまいます。

 前に殺さずに倒す話をしましたが、それは、人を相手にする場合です。彼らを止めるには殺すしかありません。悪魔を倒すのに躊躇はいらないのです。一人でだめなら二人で、それでも駄目なら大勢で倒してください。彼らを止められるのは、この世で私達しかいません。今回の戦いは、この世界を護る戦いとも言えるのです。

 残る問題は、真麟の心の救出ですが、今夜、彼女の心の中に入るつもりです。行くのは、私と神一郎、氷馬、炎龍斎様の四人です」

「おおっ、儂も連れて行ってくれるのか!?」

「真麟の心を開けるのは、彼女を想う強き心です。そうなると、あなた方しかいません。但し、帰れる保証はありませんのでご了承下さい」

「分かった。真麟を救えるならこの命惜しくはない。連れて行ってくれ!」

「私も同じ思いです。何としても彼女を取り返したい!」

 氷馬も、覚悟を決めていた。

「俺も行かせてください!」

 そう叫んだのは大刃だった。

「お前には、ライカ達の身体を護ってもらわねばならん。責任は重大だぞ」

 白龍斎に言われて、大刃は渋々納得するしかなかった。 

「信長の軍はいつやって来るかもしれぬ。彼らが帰って来るまで、我らが里を護るのだ。良いな!」

「オーッ!!」

 白龍斎の呼びかけに、皆が拳を突き上げた。

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