第22話 魔人の城

 ライカと神一郎は、戦の準備の合間を縫って、自分達が会得した新しい水の技と土の技を氷馬と大刃に伝授した。

「水の無いところでも、空気さえあれば水を作り出せるし、氷へと変化させることも出来る。直接水を操る事で技の幅が広がった。ありがとう!」

「俺も同じだ。これなら、水中でも地中でも土龍で戦える。負ける気がしないぜ!」

 新しい技を会得した彼らは、土鬼家と水神家の仲間にも技を伝授していった。更に、火王家、風家、稲妻家の面々にも、四人で手分けして技を伝えて行くと、短期間ではあったが、風一族の実力は格段に上がっていった。 


 技の鍛錬が一段落すると、幻龍斎を筆頭とする水神家の選抜部隊十名が、真麟奪還の為安土城へ向かう日が来た。これには、安土城に詳しい火王家の者も数人同行する事になった。 

「幻龍斎、敵の本拠地に忍び込むは至難の技ぞ、くれぐれも慎重にな。それに、信長の出陣時期も気になる。出来ればその辺りも探って来てもらいたい」

「承知した!」 

「氷馬。真麟が心を抜かれた状態なら、いくら呼び掛けても無駄だ。その時は、そのまま背負って連れ帰ってくれ。真麟の心は私が必ず取り返す」

「分かりました、ライカ様」   

 その日は、雨がしとしとと降っていた。氷馬は、その雨が真麟の涙のように感じられるのだった。

「白龍斎様、彼らだけで大丈夫でしょうか?」

 遠くなってゆく幻龍斎達を見ながら、神龍斎が心配げに言った。

「うむ、安土城に潜入して真麟を奪還するのは、殆ど不可能に近い。それを知った上で、彼らは願い出てくれた。幻龍斎を信じようではないか」 

 白龍斎達は、祈るような気持ちで彼らを見送るのだった。



 近江の国、琵琶湖の東岸に、壮麗で巨大な城がそびえ立っていた。信長の居城、安土城である。彼は天下をほぼ手中に収め、今は、目の上のたんこぶである風の里を滅ぼさんと、着々と準備を進めていた。

 信長は、真麟から雷神抄を受け取ると、彼女に百龍雷破の修業をさせた。そして、真麟の修行が八割方終わった時点で、術者天神に命じ、彼女の心を自分の中に入れたのだ。天神の術で、自分が信長だと思い込まされた真麟は、信長と一体化していった。信長は、真麟の戦闘能力を自分のものとすると、百龍雷破の修行に入って六日目に、自身の限界を破って技を完成させた。

 猛り狂う百龍の雄叫びが天地に轟く中、信長の身体には、魔王の力が音を立てて流れ込んでいた。この世に魔王が誕生した瞬間である。

「おお! これだ、これを待っていたのだ! 魔王の力が漲るのを感じるぞ。もう誰にも儂の邪魔はさせぬ。フハハハハハハハハ!」

 魔王の力を具現化した信長は、オオカミ、クマ、大蛇、獅子、虎などの猛獣を集め、悪魔の力を与え魔獣化させた。更に、天神や蘭丸をはじめとする、近衛兵千名を全て魔人化させてしまったのだ。

 魔人達は、昼間は普通の動物や人間の姿に戻るが、夜になると悪魔化して、先を争って城下へ下りて人を襲い食べるのである。安土城は、まさに魔の巣窟と化してしまっていた。


 そこへやって来たのが、水神幻龍斎達だった。彼らは、真夜中に安土城下に入り、その光景に驚愕した。

 恐ろしい魔獣や魔人達が人を襲い、それを奪い合って食べていたからだ。断末魔の悲鳴、血飛沫、辺りには肉片の付いた無数の人骨が散乱して、安土の町は地獄の様相を呈していた。

「……何という事じゃ。あれは、何なんじゃ!」

 流石の幻龍斎も、驚きを隠せなかった。

「あれは、信長が人や獣を悪魔に変えたのだと思います」

 振り向いた幻龍斎が、居るはずもない神一郎の姿を見て驚いた。

「神一郎、どうして此処に?」

「ライカ様が胸騒ぎがするといって、私に後を追わせたのです。今なら、安土城も魔人は少ないでしょう。ただ信長は居るはずです。私が彼らを引き付けますから、その間に真麟を連れ出して下さい。氷馬頼むぞ!」

 神一郎達は、一気に風に乗って安土城へと飛んだ。

 思った通り、城には門番さえ居なかった。

 幻龍斎達は門の前に下り立ち、神一郎だけは天守閣の上空へと向かった。そして、信長が居るであろう天守閣に向けて、特大の雷撃を放ったのだ。

「神一郎は、雷の技も使えるのか……」

 氷馬が、天空に浮かぶ神一郎を悔しそうに見上げた。

「氷馬よ、ライカ様と神一郎は最早別格じゃ、勝とうなどと思うな。皆の者、行くぞ!」

「はっ!」

 幻龍斎達は真麟の居所を探すべく、手分けして城の中に消えていった。



 神一郎の雷撃が、天守閣の最上階の屋根を吹き飛ばした直後、凛々しい若侍が窓から顔を出した。彼は信長の近習、森蘭丸である。

「ナニモノダ!」

 その声は低くしゃがれ、目は青白く光っていたが、身体は魔獣化していない様子で人としての形を保っていた。彼ら上級魔人は、夜になっても魔人化を押さえるだけの力があるのだ。その彼の後方には、信長と天神と思しき二つの影が見えていた。

 雷鳴が轟き、神一郎の雷撃が問答無用と蘭丸を襲う。

 雷撃は窓を壊したが、蘭丸は難なく身をかわしていた。次の瞬間、蘭丸は天守閣から身を翻すと、空中を浮遊して神一郎と対峙していた。

「お前も風を使うのか!?」

 驚く神一郎目掛けて、無言の蘭丸が上段から斬りかかる。

「ガシッ!」

 神一郎は、下から上へ振り抜いた剣で、それを弾き返そうとしたが、蘭丸の剣の威力に負けて、受け止めるのが精いっぱいだった。

(何という力だ。動きも早い!)

 蘭丸の華奢な身体の何処からこんな力が出るのかと、神一郎は驚きを隠せなかった。時折光る稲妻が、蘭丸の白い顔を照らし出していた。

「シネ!」

 叩きつけるような蘭丸の剣が、息もつかせず神一郎に振り下ろされる。神一郎も必死に剣を揮うのだが、防戦一方となって攻撃に転じる余裕はなかった。

 その時、

「蘭丸! そろそろ終わりにしろ!」

 天守閣の奥から、信長らしき声が響いた。

「ハッ!」

 攻撃を止めて、天守に向かって一礼した蘭丸は、刀を納めて神一郎に向き直った。

「カクゴシロ!」 

 蘭丸の右腕が、手刀で空を切るように真一文字に振り抜かれると、神一郎の右肩に衝撃が走り、血飛沫が飛んだ。

(何だと、風牙か!?)

 刀を落としてしまった神一郎は、体勢を崩し痛みを堪えながらも、蘭丸の次の攻撃を阻止する為に左手で風破を連射した。風破の直撃を受けて、後方にのけ反った蘭丸だったが、次の瞬間には、彼は何も無かったかのように向かって来たのだ。

(風破も効かないのか! こいつは化け物だな……)

「ならばこれならどうだ!」

 神一郎が左手を揮い風牙を放つと、蘭丸も又、風牙で迎え撃った。

 風牙と風牙がぶつかり、閃光が走る。そして、「ズン!!」という音と共に衝撃波が跳ね返って、彼らは後方に吹き飛んだ。

「神一郎! 真麟は取り戻した。戻るぞ!」

 下から聞こえて来たのは、幻龍斎の声だった。

 神一郎が体勢を整え、そこから逃げようとすると、蘭丸が前方を遮った。

「ニガサヌ!」


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