第21話 一族の絆
数日後、焼け残った神龍斎の家に、五家の主だった者が集まった。
「皆ご苦労であった。特にライカと神一郎は、奥義を極めて戻り我々を救い出してくれた。改めて礼を言う、この通りじゃ」
白龍斎が二人に深々と頭を下げると、一同もそれに習った。
「まずは、火王家の処分を決めねばならぬ。炎龍斎は頭を冷やさせるために牢に入れたが、その他の火王家の者の存念が聞きたい」
その場には、火王家の一党も参加を許されていた。彼らは、遠慮がちに隅の方で頭を垂れていた。
「我らがした事は、宗家並びに一族への謀反。命乞いは致しませぬ、如何なる処分も受ける覚悟で御座る!」
小頭の炎鬼を筆頭に、火王家の者が一斉にひれ伏した。
「打ち首じゃ!」
「腹を切れ!」
「貴様らの悪行は忘れぬぞ!」
火王家の為に虐げられてきた者達の怒りが爆発して、怒声が乱れ飛んだ。
「まあ待て! 確かに彼らが行った事は万死に値するかも知れぬ。だが、全て長である炎龍斎の命で動いたまでの事、家来としては当然の事をしただけじゃ。炎龍斎の罪は重いが、彼とて信長に利用された被害者ともいえる。今は信長との闘いに備えて、味方は一人でも多い方が良い。儂としては今回に限り、火王家の者はお構いなしという事にしたいのじゃがどうだろう?」
白龍斎が、憤る彼らを宥めて、自分の気持ちを端的に述べた。
「宗家、罪を犯した者を許しては、風一族の規律が保てますまい。規律の乱れは人心の乱れとなるは必定。罪は裁かれねばなりません!」
そう言ったのは、大刃の父、土鬼黄龍斎だった。
「うむ、黄龍斎の言う事は正論だが、今は緊急時じゃ。それに罪と言うなら、この白龍斎とて家族を襲わせた極悪人だ。儂は信長との闘いが終われば、宗家をどなたかに譲ろうと思っておる」
突然の宗家交替の話に、一同からどよめきが起こった。その時、最前列に居た氷馬の父、水神幻龍斎が立ち上がった。白龍斎と幻龍斎は犬猿の仲である。その場に、波乱の予感が走った。
「宗家、貴方に罪など御座らぬ。風の里の事を憂い、家族までも犠牲にして、宗家としての責務を果たしただけではないか。宗家の苦悩も知らず、信長や火王の企みを見抜けなかった儂達こそ、大罪人ではあるまいか!
その上で愚見を申さば、火王家の者は当面追放としておき、信長との戦での働きを見て、最終判断するがよろしかろうと存ずる」
幻龍斎の話は波乱どころか、宗家の白龍斎を擁護し、誰もが納得する内容だった。
「幻龍斎、よくぞ言ってくれた。かたじけない……」
白龍斎が感無量の面持ちで、幻龍斎に頭を下げた。
話が落ち着いたところで、ライカが声を上げた。
「私も、幻竜斎様の意見に同意します。ところで、火王家の方々にお聞ききしたいのですが、真麟の行方を知りませぬか?」
ライカは、真麟の事が心配でならなかったのだ。
「風魔での貴方達との戦いの後、真麟様と我々は、雷神抄を信長に渡すために安土城に行ったのです。ところが、雷神抄を持った真麟様だけが通され、私達は追い返されてしまいました。それで、数日城下に留まって様子を探りましたところ、信長は、天神(てんじん)と言う得体のしれない術者を召し抱えた事が分かったのです。天神は、人の魂を抜き取る恐ろしい男だと、噂になっておりました。真麟様の居所は、安土城の何処かとしか分かりませぬ」
神一郎達と戦った、真麟の配下が無念そうに言った。
「そうだったのですか……。恐らく信長は、真麟の心を取り込み、彼女の力を利用して、百龍雷破以上の技を会得しようとしているのだと思います。このままでは、信長に取り込まれたまま一生を終える事になるかも知れません」
ライカの話に、火王家の者達の顔が青ざめてゆき、氷馬の顔が強張った。
「白龍斎殿、真麟の件は、この水神家にお任せ願えまいか。一度は氷馬の許婚と決めた娘なれば、何とか助けてやりたいのじゃ」
「分かり申した。この件は幻龍斎殿にお任せ致そう。
以上で話は終わりじゃが、ライカ、他に言いたい事はないか?」
突然話を振られたライカだったが、意を決するように立ち上がった。
「皆様に聞いてもらいたい事があります。実は、私が会得した百龍雷破は、一度に何千という人を殺す大量殺戮の技なのです。私は、この技を会得した時、自分が怖くなりました。そして、風の里を守る為とはいえ、力に任せて殺戮の限りを尽くして良いものかという疑問が湧いて来たのです。敵とはいえ、彼らにも親もあれば子もありましょう。その多くの大切な命を虫けらのように殺してしまうなら、それは悪魔であり、魔王信長と同じです。
第六天の魔王は、皆さま一人一人の心の中にも居ます。地獄の戦場において、殺戮の限りを尽くし魔王を喜ばせるのか、それとも人としての振舞いで、己心の魔王に打ち勝つのかが試されるのです。
皆さまは、通常の兵士の数十倍もの力を持っています。だから、殺さずに倒せるものならそうして欲しいのです。『出来る限り殺さない』それが、力を手にした者の人としての戦い方であると、私は信じます」
ライカの話を聞いていた風の里の面々は、それは理想論だと受け取っていた。そして、信長との闘いの切り札ともいえる百龍雷破を、悪魔の技だという彼女の話に違和感を感じていたのだ。
すると、一人の青年が手を上げた。
「では、ライカ様は百龍雷破は使わないのですか?」
「威嚇の為にだけ使うつもりです」
「それで信長の大軍に勝てるでしょうか?」
「私達が心を一つにして臨めば、必ず勝てます!」
「……」
ライカの口から百龍雷破は使わないと聞いた彼らの動揺は大きかった。それは、白龍斎にとっても寝耳に水の話だった。
「では、百龍雷破がどれほどの技か、お目にかけましょう!」
ライカが立ち上がり、表に向かって歩き出すと、皆もぞろぞろと後に続いた。青空が見えていた空は既に雷雲が覆っており、強い風がライカの髪を揺らしていた。
「風の里を傷つけない様に、向こうの山に落とします」
ライカは、雑木林しかない西の山を指さすと、風に乗って上空へと昇っていった。
やがて、厚い雲の中で雷鳴と稲光が激しさを増して、黒い雲が閃光で真っ白に輝いた。
「ズダダダダ―――ン!!!」
爆音と共に、無数の稲妻が一気に降り注いで西の山を白く染めた。間断なき、百龍の閃光と雄叫びが風の里を揺らし、稲妻が炸裂した西の山では、あちこちで火の手が上がった。
「こ、これは!!……」
見た事も無い凄まじい光景に、皆息を呑んだ。
暫くして雷は止んで雨が降り出した。雨が山火事を消すと雷雲は去って、何も無かったかのように青空が戻って来た。
「何という凄まじさじゃ! とても人間業ではない……」
「たった十七、八の娘子に、どうしてあれだけの技が使えるのか。信じられん……」
「ライカ様が言われるように、当に悪魔の技じゃ!」
百龍雷破は、それ迄の風一族の技とは一線を画す技だった。それを見た風の里の者は、一様に驚き、恐れさえ抱いた。
「あれでも、まだ三割くらいしか力は出していません。本気を出したら山が壊れてしまいますからね。百龍雷破が悪魔の技だという意味が分かって頂けたと思います。あれを人に使う者が居たら、それは人間の姿をした悪魔です。だからライカ様は、人として戦う道を選んだのです」
神一郎がライカの思いを皆に伝えていると、天空から彼女がゆっくりと下りて来た。
「見事だ! お前は初代様を超えたのかも知れぬな。……だが、この技を封印すれば、今迄の苦労が水の泡になるのだぞ。お前は信長軍とどう戦うつもりなのじゃ?」
白龍斎が厳しい顔でライカに迫った。
「第六天の魔王が最も恐れるものは、人の絆であり、愛です。此処に居るものが心を一つにして戦えば、どのような大軍であっても撃退できると信じています。それに、私にとって百龍雷破は、一つの通過点でしかありません。敵を殺さずに撃退する技への変換も可能だと考えています」
「百龍雷破が通過点じゃと! お前は、まだその先を目指しているというのか!?」
「阿摩羅の世界を垣間見た私達は、民を護るために何をすべきかを常に考えるようになりました。今は、魔王信長を倒す為、又、この戦で出来るだけ死人を出さない為の技を模索しています。ともあれ、悪魔である信長は私達が必ず倒します。お任せください!」
「……」
ライカの確信ある言葉に、白龍斎は何も言えなくなった。彼は暫く考え込んでいたが、皆を見渡して言った。
「良いか! 第六天の魔王の化身である信長を侮ってはならん。魔王の力を駆使して、どんな手で襲ってくるのか計り知れんのだ。
ライカと神一郎を頼りにするようでは、この戦は負けぞ! 皆の知恵と力を結集して、命懸けで戦ってこそ道は開けるのじゃ。心して掛かれ!」
「オオーッ!!」
つわもの達の決意の声が、風の里に響いた。
「各々方、これから、信長を撃退するための陣立てや、里の入り口の守りについて協議したい故、部屋に戻られよ!」
神龍斎が皆を引き連れて屋敷の中へ入っていった。その日は遅くまで話し合いが続き、終わったのは真夜中となった。
次の日から、里の入り口に大きな柵を作る工事が始まり、武器弾薬の調達に出掛ける者、技の訓練に入る者など、一族総出で戦いの準備は進められていった。
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