第27話 決戦、風の里
「大刃、戻ったぞ、外の様子はどうだ?!」
神一郎が、下から叫んだ。
「おお、神一郎帰って来たか! 敵が多すぎて限界だ、直ぐに上に来てくれ!」
「承知!」
神一郎は、土龍の頭の上に居る大刃の横に飛び上がった。
周りを見ると、そこは自分の家の庭だったが、建物は無残に崩れ去っていた。下には、ライオン、虎、オオカミ、イノシシなどの巨大化した魔獣達がひしめき合っていて、土龍の土の身体は今にも食い破られそうだった。
「彼らは、夜にならないと魔獣化しないはずでは?」
神一郎が訝しげに魔獣たちを見つめる。
「俺も昼間は来ないと聞いていたから、あいつらが現れた時は流石に泡を食った」
「眠っている私達を一刻も早く殺すために、信長が、魔獣を常態化させたに違いない」
「信長って奴は、何でも出来るんだな」
「うむ、魔力というのは底が知れん」
神一郎と大刃が、眼下の魔獣を見ながら話していた、その時だった。
「ガルルルーッ!!」
一頭の虎の魔獣が彼らの後ろに迫り、飛び掛かかろうとしていたのだ。
「い、いつの間に?!」
神一郎と大刃は、咄嗟に土龍の頭を蹴って飛び上がったが、それを追うように飛び掛かった虎の魔獣の跳躍力が勝って、鋭い牙が神一郎の足に迫った。
次の瞬間、神一郎は、身体をクルリと後ろ回転させたかと思うと、その勢いのままに、右足で虎の魔獣の鼻っ柱をしたたか蹴った。悲鳴を上げた魔獣は、足をバタつかせながら地上でひしめく仲間たちの上に落ちていった。
「ふー、危なかったな……」
神一郎が、額の汗を拳で拭う。
「神一郎、ここは現実世界だ。食われたら終わりだぞ!」
上がって来たライカが神一郎を睨んだ。
「すみません、油断しました」
苦笑いした神一郎が、頭を掻いた。
「先ずは、魔獣達を片付けよう。二人で彼らを遠ざけてくれ」
「承知!」
神一郎は、土龍の頭の上から風破を連射して、彼の真下に居る魔獣達を土龍から下がらせた。その空いた地面に下り立った神一郎は、風牙を使って魔獣達を斬り払っていった。
「大刃、そっちは任せたぞ!」
「おお!」
大刃は、土龍の首だけを動かし、土の槍を吐き出して後方の魔獣を倒していった。
「神一郎さがれ!」
二人が粗方魔獣達を遠ざけたのを見計らって、空からライカの声が響いた。
神一郎が土龍に戻った瞬間、ライカが放った巨大な雷は、途中で幾つもに枝分かれすると、その一つ一つが狙ったように魔獣達を捉え、倒していった。
ほどなく、近辺の魔獣達をせん滅して、ライカが空から下りて来た。
大刃が土龍の蜷局(とぐろ)を解いて土に戻すと、真麟を抱いた氷馬が姿を現し、その足元には炎龍斎の亡骸があった。
空を見上げると、日は西に傾き始めていた。
「夜になれば、千人の魔人化した兵士達がやって来て、本格的な戦いが始まる。その前に真麟と炎龍斎様を安全な場所に移そう。大刃、皆は何処に居る?」
ライカが、周りを警戒しながら言った。
「年寄りと子供達は龍牙洞に隠れているんだ。そこへ行こう」
ライカを先頭に、大刃と神一郎は炎龍斎の亡骸を担ぎ、氷馬は疲れ切って眠っている真麟を抱いて、龍牙洞へと向かった。
龍牙洞の前まで来ると、入り口は土砂で塞がれていた。大刃の土の技で、人の通れるほどの穴を開けて中に入ると、そこには七十人ほどの老人や子供達が身を寄せ合っていた。「ライカ様!」
龍牙洞に隠れていた人達が、ライカ達の姿を見て集まって来た。
「無事、真麟を連れ帰って来ました。もう大丈夫ですよ」
ライカが、不安そうな顔の老人達の手を取って、優しく声を掛けた。
そうしている内、入り口付近が騒がしくなって、白龍斎、神龍斎、黄龍斎、幻龍斎達が戦いから帰って来た。
「お父様、只今戻りました」
ライカが前に進み出ると、白龍斎は、彼女の両手をぎゅっと握った。
「ライカ、無事帰って来てくれたのじゃな、良かった。
里の魔獣達は、粗方追い払うことが出来た。今夜の決戦に備えて、一旦戻って来たところだ」
「お父様、炎龍斎様が亡くなられました。真麟を助ける為に、我が身を犠牲にしたのです」
ライカが、岩の上に横たわる炎龍斎の亡骸に視線を移した。
「そうか、最後は親として、火王家の頭領として、死んだのだな。天晴じゃ。戦いが終わったら、皆で懇ろに弔ってやろう」
白龍斎達が、炎龍斎の亡骸に手を合わせた。
「父上――ッ!」
「あなた!」
何時の間に目を覚ましたのか、真麟が母の紅と共に、炎龍斎の骸にすがって泣きじゃくった。
「氷馬、埋葬してやれるのは何時になるか分からぬ。とりあえず炎龍斎を凍らせてくれ」
白龍斎に言われた氷馬は、真麟と紅を宥めて下がらせ、寝台のような岩の上に寝かせた炎龍斎の身体を、綺麗に凍らせた。透き通った氷の中の炎龍斎の顔は満足げだった。
泣き崩れる真麟に、氷馬が寄り添った。
日が落ちて夜の帳が下りると、百名の風一族は、信長の軍を迎え撃つべく、里の全域が見渡せる小高い丘の上に陣取った。
折りしも、山の端から顔を出した満月が、彼らの姿を照らし出した。
不気味な地響きが遠くに聞こえ、それが段々近付いて来る。やがて、里の入り口付近から、土煙をあげながら信長の魔人軍団が姿を現した。
「ドドドドドドドドド!!」
暗闇に、彼らの赤い目が不気味に光っていた。体長一丈【約三メートル】ほどもある黒い魔人達が、虎や獅子の巨大な魔獣に跨って、津波の如く風の里に雪崩れ込んで来たのだ。 その大きさと数の多さに、風一族の猛者たちは恐怖を覚えた。緊張した身体を、高鳴る地響きが揺らした。
「敵の数は我らの十倍。あの化け物達を、一人で十人も殺さねばならんのか……」
「うむ。だが、風一族の技を本気で使える戦いなど滅多にあるものでは無い。冥途の土産が出来たではないか」
「やるしかないのか」
「死にたく無くばな!」
皆が心の中の臆病と戦い、気力を奮い起こしていると、
「神一郎、いくぞ!」
「はっ!」
ライカと神一郎が、大地を蹴って飛び出した。ライカは天空へ、神一郎は真っすぐ魔人軍団に向かって飛んで行く。
魔人軍団が、田畑を踏み荒らしながら里の中央付近に差し掛かった刹那、正面から突っ込んだ神一郎の風牙が、先頭を爆走する魔獣達の足を薙ぎ払った。
一瞬の内に、数十頭の魔獣が土煙を上げて倒れ込み、そこに、怒涛の勢いの後続の魔獣達が激突して、次々と折り重なっていった。
前方の異変に気付いた後方の魔獣達は、それを避けて左右に分かれて進軍するも、待ち構えていた神一郎の風牙の前に、彼らの驀進は止まった。
更に、魔獣から投げ出された魔人達が、立ち上がろうとした次の瞬間、
「ズダダダダ―――――ン!!」
ライカの百龍雷破が魔人達の頭上に降り注ぎ、辺りを真っ白に照らし出すと、彼らは断末魔の声を上げ、身体を燃やしながら倒れていった。
「今だ、攻め込め――ッ!!」
白龍斎の号令で、風一族が一気に丘を駆け下りる。稲妻家の一団の雷撃が敵を牽制する中、火炎龍が、水龍が、土龍が、小型の龍の風が次々と立ち上がり、魔人軍団と激突した。
雷鳴が鳴り響き、青い稲妻が走る。幾つもの巨大な火炎龍の炎が、敵味方入り乱れての戦いの様子を照らし出していた。
十倍の勢力だった魔軍は、ライカと神一郎の活躍で一気に半減していたが、多勢に無勢の状況は依然変わらなかった。
火王家の火炎龍は破壊力はあるが、後方で操る術者は無防備となる為、今回のような接近戦では術者を護る者を四名つけている。
それに目を付けた魔人達は、火炎龍の後方の術者達を取り囲み、肉弾戦を仕掛けて来た。彼らは、人の二倍もある巨体だが、野獣のような驚異の身体能力を持っている。火王家の術者を護る者達は火炎放射で懸命に戦ったが、次から次へと襲い掛かって来る魔人達の鋭い爪と牙に身を裂かれていった。
次々と消えてゆく火炎龍を見ながら、神龍斎は顔をしかめた。
(しまった。奴らは単なる野獣ではない。我らの欠点を見つけて攻撃する知能を持っているんだ!)
「火炎龍は使うな! 二人一組となって火炎放射で戦え!」
神龍斎が、魔人に追い詰められていた仲間を風破で助けながら、火王家の者達に叫んだ。
その火炎龍に比べ、水神家の水龍と土鬼家の土龍は、破壊力こそ劣るが小型で動きも速い。そして、術者は龍の身体を自在に操り、攻撃しながら我が身を護る事が出来るので、接近戦にも適しているのである。
神龍斎の叫びに、氷馬と大刃、黄龍斎が、火王家の者の窮地を救うべく動いた。
氷馬は、水龍を宙に浮かせて瞬時に駆け付けると、得意の冷凍波を浴びせて、敵を凍らせた。
そして土鬼家の親子は、土龍の口から鋭い土の槍を吐き出して魔人達に撃ち込んだが、彼らは傷を負ったものの死にはしなかった。
「親父、どうすればいいんだ!?」
大刃が助けを求めた。
「落ち着け大刃、彼らに突き刺さった土の槍を一気に膨張させるんだ!」
言われるままに大刃が気を集中して、魔人達の体内の土の槍を急激に膨張させると、彼らは巨大化した土の槍に裂かれて、あえなく砕け散った。
だが、魔人達は数にものを言わせて襲って来る。
「大刃、これでは埒が明かぬ。例の技を試してみるか!」
「承知!」
大刃は、印を結んで気を整えると、土龍を天空高く舞い上がらせて、そこから一気に大地に突っ込ませた。すると、土龍が激突した地面に巨大な亀裂が出現した。地の底も見えぬ地獄の穴だ。大刃たちに襲い掛かろうとしていた魔人達は、その亀裂の中に次々と落ちていった。
大刃が念じると、その巨大な亀裂は閉じて、魔人達を押し潰してしまった。
「やったな、大刃。これぞ、我が土鬼家の奥義、“奈落無限”だ!」
戦いの中で、大刃も自身の限界を超え、奥義を完成させたのだ。
巨大な火炎龍が消えた事で、風の里は真っ暗になり、闇の中でも目が見える魔人達には有利な状況となった。
風一族のある者は、魔人と戦っている内、後ろに気配を感じて振り向いた時には、彼の首は魔獣の口の中にあった。その屍に、血の匂いを嗅ぎつけた魔人や魔獣達が群がった。
空から援護をしているライカの雷撃が、群がる魔軍を追い散らす。更にライカは、火を操って里の崩れた家々に火をかけ、敵の姿を浮かび上がらせた。その途端、神一郎、氷馬、大刃の奥義が炸裂して、魔軍を蹴散らした。
戦いが進む中、それまで数人一組で戦っていた風一族は、次第に、白龍斎、神龍斎、黄龍斎、幻龍斎、神一郎、大刃、氷馬、炎鬼【火王家小頭】の八人の周りに集まり、八つの集団を形成して魔軍と戦いだしていた。
当初彼らは、稲妻家、風家、火王家、水神家、土鬼家の、家単位で動いていたのだが、激しい戦いをする内、隊形が乱れてしまっていたのだ。上空から見ていたライカがそれに気付き、指示を出したのである。
彼らは一組十名にも満たなかったが、強い術者の周りに集まる事で、安心して戦う事が出来た。又、中心者も指示が出しやすく、全員の動きを確認しながら戦えた。それらが団結力を強め、小集団ながらも大きな力を発揮したのである。風一族は、息を吹き返したように、魔軍を追い詰めていった。
魔軍殲滅まで、あと少しとなった時、風の里の入り口付近が騒がしくなった。
そして、終に信長が現れたのだ。傍らには、細身の魔人がピタリと寄り添っていた。黒い身体に白く長い髪、頭の中央に一本の太い角が生えて、青い目を光らせていた。彼の闘気は辺りを圧して、他の魔人達は恐れて近付こうとしない。信長の登場で、両軍の戦いは休戦状態となった。
「お前は蘭丸なのか?!」
その姿に見覚えがある神一郎が聞いた。
「神一郎だな。この間の腕の礼をさせてもらうぞ」
彼も信長のように普通に喋った。神一郎が斬り落としたはずの右腕は元通りに生えていた。
(そんなばかな、現実世界で身体を復元出来るなんて……)
神一郎が思った次の瞬間、蘭丸のその右腕が、左から右へ弧を描くようにブンと振り抜かれた。
蘭丸の放った魔風牙【まふうが=風牙と同じ風の剣】は、上空から近づいて来たライカを掠めて、彼方の西の山の頂上付近に炸裂した。
衝撃波に煽られて落下してきたライカを、瞬時に動いた神一郎が受けとめた。
「ライカ様、お怪我は?」
「大丈夫だ。あれは風牙なのか」
「そうです。私の全力の風牙よりも、数倍破壊力があるようです」
二人が、煙が上がった西の山を見上げると、月に照らされた頂が広範囲に吹き飛ばされていた。
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