第15話 望まぬ戦


 神一郎達と距離を置いて草原に下り立った真麟達は、大刃と氷馬の姿を見つけ、不審げに聞いた。

「大刃、氷馬。貴方達何故ここに居るの?」

「真麟、俺達は仲間じゃないか、何故争わねばならないんだ」

 氷馬が、更に説得しようとした時、

「逃げ出して来たのさ、火王家の馬鹿共からな。お前こそ、俺たちの前に顔を出せたものだな。この裏切り者め!」

 大刃が怒りをあらわにして、真麟を怒鳴りつけた。

「大刃、相変わらず口の減らないこと。まとめて殺してあげるわ!」

 真麟が激昂して合図をすると、火王家の七人は一斉に両手を突き出し、凄まじい勢いの火炎放射で神一郎達を攻撃した。

 その刹那、神一郎達の目の前の大地が、音を立てて三丈【約九メートル】程の高さまで盛り上がり、火炎を防いだ。土を自在に操る土鬼大刃の技、土の盾である。


 このままでは埒が明かぬと見た真麟は、土の壁に向かって、風に乗せた数発の手投げ弾を投げつけた。火炎を防いでいた土の壁は、たまらず砕け散って、再び火炎放射が三人に迫る。だが、そこに分厚い水の壁が現れて火炎を遮った。これは、水神氷馬の水の技だ。破壊力抜群の真麟の手投げ弾も、分厚い水の層の中では威力が半減して、神一郎達には届かなかった。

 人数で上回っているとはいえ、五家の内の、風、土、水の技を敵に回しては分が悪いと判断した真麟は、勝負を急いだ。

「火炎八龍で一気に方を付けるわよ!」

 彼女が叫ぶと、火王家の八人は、太さが一丈、長さは十丈ほどもある八体の火炎の龍を出現させた。火王家最強の奥義“火炎八龍”である。

 八龍が放つ凄まじい炎熱は、二十丈ほども離れている神一郎達の身体が痛いほどで、一斉に吐き出される火炎は、氷馬の水の壁をシューシューと蒸発させた。

「長くは持たんぞ!」

 氷馬が叫ぶ。圧倒的な火炎龍の火力の前に、神一郎達は防戦一方となった。


 遥か後方の林に潜むライカが、思わず立ち上がろうとしたのを神龍斎が止めた。

「もう少し様子を見よう。彼らなら切り抜けられるはずだ」

「はい……」

 心配そうに見つめるライカの黒い瞳の中に、八体の赤い火炎龍が不気味に蠢いていた。


「放て!」

 真麟の合図で、八体の火炎龍の口から火炎弾が吐き出された。火炎弾は、着弾すると爆発的な燃焼反応を起こして、全てを焼き尽くす炎の波となった。蒸発して層が薄くなっていた氷馬の水の壁を破るのに、さほど時間は掛からなかった。

 水の壁が砕け散るのと同時に、今度は、大刃が巨大な土の壁を立ち上げて防ぐが、八体の龍から吐き出される火炎弾の集中砲火の前には、完全な防火堤にはならなかった。火炎の波は、高い土の壁を乗り越えて、津波のように押し寄せて来たのだ。

「一旦逃げよう!」

 神一郎が叫ぶと、彼らは更に二十丈後方に下がり、氷馬が新たな水の壁を作って火炎を防いでいる間に、大刃は風を起こし、硬い岩を掘削機のように回転させて、幅六尺の縦穴を三丈ほど掘り、そこから横穴を二丈掘り進み、更に角度を変えて五丈掘り進んで、神一郎達を避難させた。


 地上で火炎弾が爆発するたびに地響きが起こり、土塊がパラパラと落ちる暗い穴の中で、神一郎、氷馬、大刃の三人は顔を突き合わせていた。

「まさか、真麟が俺たちを本気で殺そうとするとはな……」

 氷馬が、元気なく項垂れる。

「親が決めた事とは言え、お前は真麟の許婚だったものな……。だが、殺さずに追い返すつもりだから心配するな。信長の本性を知れば、彼女もきっと分かってくれる時が来るさ」

 神一郎が氷馬の顔を覗き込み、背中をポンと叩くと、彼は微かな作り笑いを浮かべた。

「神一郎、あの火炎龍を倒す方法はあるのか?」

 火炎弾が着弾するたびに、赤い光が穴の中に差し込んで、急かす大刃の顔を浮かび上がらせていた。

「火炎龍を止めるには、後方で操っている者を倒すしかない。私と氷馬で火炎龍を引き付けている間に、地下に潜って彼らの背後を叩いてほしいんだが、四十丈の距離を掘り進むのにどの位の時間が必要なんだ?」

「そうだな、この辺りの岩盤は柔らかいから、人が駆けるほどの速さで進めると思う」

「分かった。早速だが行ってくれるか!」

「承知!」

 大刃は、二人を後方に下がらせ、両手を合わして印を結ぶと、火炎龍の居る方向に巨大な穴を掘った。そして、ある程度の空洞ができると、その中で土の龍を出現させた。土の龍は、頭部の巨大な牙を高速回転させて、猛烈な勢いで地中を掘り進んでいった。


 火炎弾の攻撃が止んだ隙に、二人は穴から這い出た。外では、相変わらず八体の火炎龍が蠢いて、こちらを窺っていた。

「氷馬、水龍を作れるか?」

「谷川の水では、そう大きなものは出来ないが、やってみよう」

 氷馬が手を組み思念を凝らすと、何処からともなく水が集まって来て、火炎龍と同等の巨大な水龍となった。

「氷馬、私を乗せて、敵のど真ん中に水龍を突進させてくれ!」

「承知! だが、あの火炎龍を突破するまでに破壊されるかもしれないぞ、それでもいいんだな!」

「構わない。今だ、放て!!」

 大刃が出発した時から時間を測っていた神一郎が、水龍の頭の上に乗って合図した。

 水龍は身体をくねらせて低空を一気に飛んだ。火炎龍に接近するにつれ、凄まじい熱気が神一郎を襲う。彼は水龍の中に潜って、その熱を凌いだ。


「来たわ! 叩き落すのよ!」

 水龍を一早く見つけた真麟が叫ぶ。八体の火炎龍は、一斉に水龍目掛けて火炎弾を撃った。

「ドドドド! ドドーン!」

 水龍が、透明の身体を赤く染めながら、懸命に火炎弾をすり抜けて前進すると、火炎龍が目と鼻の先に迫って来た。巨大な炎の龍が神一郎を睨む。水龍は、濛々と白い煙を上げて蒸発を始めていた。神一郎は、熱湯になって来る水龍の中で必死に堪えていたが、息も限界に達し、水龍の下に「プハーッ!」と飛び出した。

 火炎龍の半端ない炎熱を浴びた神一郎の濡れた体が一瞬にして乾き、彼の口から呻き声が漏れた。

「ウウッ!」

 神一郎は、水龍が砕け散るのと同時に、焼け野原となった地上に下り立った。丁度そこは、中央の二体の火炎龍に挟まれた、最悪の場所だった。

 神一郎は炎熱から身を護るために、渾身の力で風を起こした。

 彼を中心として風が回りだしたかと思うと、それは次第に激しさを増し、直近の二体の火炎龍の形が大きく揺らぐほどの強風になった。発火するのではないかと思うほどに熱かった神一郎の身体は、風によって、徐々に冷まされていった。

 一息ついた神一郎だったが、火炎龍達は、風に煽られながらも、徐々に神一郎の居る方へと包囲網を狭めて来た。そして、八体の火炎龍が大きな口を開け、神一郎目掛けて火炎弾の一斉攻撃をかけようとしたその時、

 火炎龍は勢いを失い、次々と姿を消していった。

 地中から顔を出した大刃の土の龍が、礫(つぶて)を吐き出して、火王家の者たちを倒していったのだ。神一郎も空に舞い上がり、風破で残りの敵を倒すと、火炎龍は、真麟が操る一体だけとなった。


「真麟、私が相手だ。かかって来い!」

 神一郎が、空中で印を結び雷雲を呼ぶと、空が掻き曇り、大粒の雨が降り、雷が鳴った。

やがて、張り詰めた空気が動き出したかと思うと、瞬時に、巨大な竜巻が現れた。それは、あらゆるものを巻き上げて、黒い龍のように天に伸びていた。

 凄まじい風に煽られて、真麟が操る火炎龍の炎が逆立ち、龍の形が崩れかけた。真麟が、必死に火炎放射や火炎弾を試みるも、風に押し返されて届かなかった。

「何という凄まじい風なの……。こうなったら、最終奥義、火炎爆龍で決着を着けるしかないわね。神一郎、覚悟しなさい!」

 真麟の火炎龍が、ひと際燃え上がり勢いを盛り返すと、一気に空高く舞い上がった。そして、暫く旋回して神一郎の位置を見定めると、猛烈な勢いで突進して来た。

 神一郎の竜巻がそれを迎え撃つ。

 火炎龍は、竜巻の風に押されながらも、神一郎の居た辺りから少し離れた所に激突し、大爆発を起こして炎上した。

 火炎爆龍は、全ての火薬を抱いたまま相手に突っ込む、捨て身の技なのだ。その破壊力は凄まじく、地面に巨大な穴をあけて、竜巻を吹き飛ばしていた。

「やったか!」

 地上から火炎龍を操っていた真麟が、神一郎が居た上空に目を向けた。

 だが、次の瞬間、消えたはずの竜巻が、再び轟音と共に真麟の頭上に襲い掛かったのだ。竜巻は消えたのではなく、上空で渦巻いていたのだ。

「何!」

 彼女は、諦めたように目を瞑り、竜巻に身を任せるしかなかった。

 

 気を失って、遥か彼方に飛ばされた真麟が空から落ちてくるのを、神一郎が抱き止めて地上に下り立った。

「神一郎、真麟様を渡せ!」

 大刃の土の礫を受けて気を失っていた火王家の者達は、火炎龍の大爆発で目を覚まし、よろけながらも刀を抜いて神一郎に迫って来た。

「火王家の方々、これ以上の戦いは無用です。真麟の手当てを」

 神一郎が真麟を渡すと、彼らは、礼を言って何処へともなく去っていった。


 赤い火炎龍と入れ替わるように、夕焼けが、空を真っ赤に染め出した。

「味方同士で戦わなければならんとは辛いものだな。夕日を五人で見たあの頃が懐かしい」

 氷馬が、夕焼けを見ながら感慨深げに言うと、大刃も神一郎も黙って頷いた。

「真麟も分かってくれる時がきっと来る。神一郎、ともかく、風魔谷へ帰ろう」

 ライカが、そう言って神一郎の背中に飛びついた。

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