第14話 真麟登場

 風魔谷からそう遠くない、竜門山という山の中腹にある洞窟の中で、ライカは捕らえられていた。彼女は眠り薬で眠らされ、連れ出されたのである。

 ライカが目を覚ますと、手足は縄で縛られていて、傍には、幼馴染でもある火王家の真麟が、笑みを含んでこちらを見ていた。

「真麟(まりん)、私を攫ってどうしようというのだ!」

「あら、いつものお嬢様言葉はどうしたの?」

「前の私とは違う!」

「あんな事があったものね。それに、厳しい奥義の修行が重なれば無理も無いわ。

 ところで、貴女に知らせておきたい事があるの。風の里の実権は、我が父、炎龍斎が握ったわ」

「何っ、父上を殺したのか!」

 ライカの顔色がサッと変わった。

「誰も死んでいないわ、今はね。でも、貴女と神一郎には死んでもらわなければならないの。悪く思わないで」

 そう話す彼女は、微かに笑みを浮かべていた。

「私達は、風の里を守ると誓い合った仲じゃないか。何故、戦わなければいけないのだ。 信長の命なんだな。真麟、信長が何故私達を殺そうとしているか分かるか。奥義を極められたら困るからだ。風の里を壊滅できなくなるからだ!」

 ライカは、真麟を見据えて言った。

「……出まかせを言わないで。このまま稲妻家に従っていては、風の里の繁栄は永遠にない。私は父上を信じるわ!」

「真麟。お前の父炎龍斎は、必ず信長に裏切られる。その時に悔いても遅いのだ。よく考えろ!」

「ふん、負け犬の遠吠えね。好きなだけ吠えればいいわ!」

 真麟は、険しい顔になってライカを一瞥すると、洞窟の外へ出て行った。

  


 その頃、風に乗り、道なき道を駆け通した神一郎達は、一時余りで、竜門山の中腹の洞窟が見える、隣の山の林の中まで来ていた。

「見張りが何人もいるぞ、あそこに違いない」

 神一郎が、山の中腹にある洞窟を木の陰から覗いて呟いた。だが、どうやってライカを救出すればいいのか分からなかった。

「父上、どう攻めたものでしょう?」

「うむ。ここは、正面から行って、敵の出方を見るしかあるまい。神一郎、お前ひとりで行くんだ。何かあれば加勢する」

「承知しました!」

 神一郎は、味方の居場所が敵に知られない様にと、離れた場所から風に乗って飛び上がり、一気に洞窟の前の岩場に下り立った。すぐ後ろは数十丈の断崖絶壁である。

「そこで止まれ!」

 見張りについていた黒装束の男達が、神一郎を取り囲んだ。覆面をしてはいるが、皆、火王家の見知った顔である。

「真麟と話したい。取り次げ!」

 ライカを攫われて、イラついている神一郎が声を荒げた。

「何だと!」

 火王家の手下と問答している処へ、黄色い小袖姿で縛られたライカを連れて、黒装束に赤い陣羽織を纏った真麟が姿を現した。


「ライカ様、大事有りませんか!」

 神一郎が、ライカの元気そうな顔を見て表情を緩めた。

「心配ない。だが、身体に爆薬を巻かれていて身動きが取れんのだ」

 お手上げの表情で話すライカの身体には、爆薬の入った竹の筒がぐるりと巻かれていた。

「真麟、卑怯な真似は止めろ。それが、風の五家の後継者のする事か!」

 神一郎が真麟を一喝すると、言われたことがよほど頭に来たのか、彼女も顔色を変えて声を荒げた。

「お黙り! 神一郎、ライカがどうなってもいいの!」 

 真麟は、手のひらの上に炎をボッと燃え上がらせて、ライカの顔の前にグッと寄せた。

「やめろ! 分かった。言う通りにするからライカ様に手出しするな」

 真麟が本気と知って、神一郎は、彼らを刺激しない様に数歩下がったが、断崖の先端まで幾らも無かった。

「刀を捨てろ!」

 火王家の手下達が、じりじりと囲みを狭めて来ると、神一郎は諦めたように刀を崖下へ投げ捨て、大人しく捕まった。

「ホッホッホッ、お行儀がいい事。他ならぬ貴方達だから、苦しまない様に殺してあげるわ。まずはライカからよ!」

 真麟は、ライカを神一郎とは離れた断崖の先端に立たせた。火炎放射で炙り、火薬を爆発させるつもりだ。

「待ってくれ! どうせ死ぬならライカ様と一緒に死なせてくれ!」

「ふん、神一郎はライカがお気に入りだったものね。……いいでしょう。最後だから好きにさせてあげるわ」

 火王家の手下達は、断崖を背に立っている神一郎の傍に、ライカを連れて行った。

 神一郎はライカと目が合うと、崖の方に目を動かした。いざとなったら飛び降りろという合図だ。

「ライカ様、私が何をしても怒っちゃ駄目ですよ」

「?」

 火王家の手下七人は、ライカと神一郎に向かって手を翳し、火炎放射の体制になって、真麟の合図を待った。

 真麟が口を開こうとしたその時、神一郎が、縛られた身体をライカに寄せたかと思うと、彼女の唇に自分の唇を重ねた。ライカは、抵抗するでもなく目を閉じた。

「えっ!」

 極限状態の中での神一郎の行動は、真麟達を驚かせ、時間を止めるのに十分であった。

 次の瞬間、崖下から風が吹き上がり、捨てたはずの神一郎の刀が飛んで来て、ライカに巻き付けられていた爆薬の縄を斬り、神一郎の縄をも斬った。ライカが風御で刀を操ったのだ。

「ええい、放て!」

 呆気に取られていた真麟達が我に返り、怒気を含んだ彼女の声が響くと、七人の手下の手から、火炎が一斉に放射され、神一郎達は炎の中に飲み込まれた。

 火炎放射が収まってみると、神一郎とライカの姿は何処にも無かった。彼らは、火炎放射より一瞬早く、谷底へ身を投げていたのだ。火王家の手下達が、慌てて断崖の突端に駆け寄り谷底を覗き込むと、神一郎達は、風に乗って隣の山の方へ飛んで行くところだった。

「追うわよ!」

 真麟達も崖から飛び降り、風に乗って神一郎達の後を追った。


 神一郎とライカは、隣の山の麓近くにある、広い草原地帯を見つけると、そこへ下り立った。

「ライカ様、先ほどは……、すみません」

 神一郎が、ライカの顔色を伺いながら頭を下げた。緊急時の咄嗟の判断とはいえ、ライカの唇を勝手に奪ったという後ろめたさがあったからだ。

「怒ってはいない。あの状況では最良の作戦だったと思う。それにしても、真麟が本気で私達を殺そうとするとはな……」

 ライカが、一瞬悲しそうな顔をした。

「火王家の跡取りですから、従わぬわけにはいかなかったのでしょう。昨日の友は今日の敵、と言うのが戦国の世の常ですからね」

「それはそうだが……」

 友を思うライカの優しさは、風一族宗家の後継者として、皆を守ろうという使命感から来ているのだと、神一郎は感じていた。だが、真麟との闘いは、すぐそこに迫っていたのだ。


 神龍斎、氷馬、大刃が合流し、五人が顔を合わせた頃、真麟達が風に乗って姿を現した。

「父上、ライカ様をお願いします。奴らとは、私達三人で戦います」

「承知した」

「神一郎、真麟を殺すな!」

「分かっています」

 ライカは、神一郎に念を押すように言うと、神龍斎と共に後方の林の中へと下がっていった。

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