第11話 小次郎との決闘

 風夜叉が再び来るようになってから、ライカの機嫌が悪くなった。それが嫉妬だとは、彼女自身も気付いていなかった。

 そんな時、風魔千太郎と小頭の小次郎が、久しぶりに帰って来たのだ。彼らは幻馬の一件を聞いて唖然とした。

「そうか、神一郎殿が里を救ってくれたのか。有難い事じゃ、早速に礼を言わねば」

 風夜叉から事の顛末を聞いて、千太郎は頭を下げながら言ったが、隣の小次郎は怪訝な顔で聞いた。

「風夜叉殿は、何故、自分の命を捨ててまで、神一郎殿の命を救われたのか?」

「あの時、里を守れるのはあの方しかいませんでした。それに……」

「それに?」

「私は、神一郎様をお慕い申しております!」

 風夜叉は、言ってはいけない事を言ってしまったと、両手をついて顔を伏せた。

「なんと! そなたはこの小次郎の許婚ではないか。心変わりをしたと申すか!」

 小次郎の顔が怒りに震えだし、千太郎はあきれ顔で風夜叉を見ていた。

「小次郎様、申し訳ございません!」

 風夜叉は、手をついたまま泣きだしてしまった。

「お頭、このままでは、この小次郎の気持ちが収まりませぬ。神一郎殿と決闘させてくだされ!」

 小次郎は千太郎に向き直り、懇願するように言った。

「決闘じゃと? 里を救った大恩人に、そんなことが出来るものか。……だが、お前の気持ちも分からんではない。念のため、神一郎殿の存念も聞いてみようではないか。風夜叉、神一郎殿に会いに行くぞ!」


 千太郎、小次郎、風夜叉の三人は、神一郎達が暮らす小屋へと向かった。

「おお天眼殿、まだおられたのか?」

 小屋の外で巻き割りをしていた天眼に、千太郎が声を掛けた。

「いや、奥義を極めようとしている若者が居ると聞いてやってきたのじゃが、気になってしもうてな。未だに厄介になっております」

「風の奥義となれば、誰でも見たいものよ。ところで神一郎殿はおられるか?」

「中に」

 千太郎達が小屋に入ると、神一郎とライカが何やら話し合っているところだった。ライカが招き入れ、囲炉裏を挟んで座った。

「千太郎様、この度は、風夜叉様に命を救われました。お礼の申しようもございません」

 神一郎が、手をついて深々と頭を下げた。

「神一郎殿、手を上げられよ。礼を言うのはこちらの方じゃ。幻馬を打ち取って里を守ってくれた事、風魔の長として礼を申す。この通りじゃ」

 千太郎と風夜叉が、深く頭を下げた。

 だが、小次郎だけは、鋭い目を神一郎に向けたまま、身動ぎもしなかった。

「これは、小頭の小次郎じゃ。実はな、小次郎は風夜叉の許婚なんじゃ」

「そうだったんですか。それは存じませんでした」

 神一郎が風夜叉に視線を移すと、彼女は、落ち着かない風で、目を合わそうとはしなかった。

「風夜叉殿から、お主を慕っていると聞かされたのだが、お主の存念を伺いたい!」

 年は神一郎よりも十歳ほど上の小次郎が、いきなり話の核心を切り出した。

「えっ!」

 神一郎は驚いて風夜叉を見たが、彼女は、今にも泣きそうな顔で、膝の上の着物のすそを鷲掴んだまま俯いていた。

「神一郎殿、御存念を!」

 小次郎が、今にも刀に手を掛けんばかりの勢いで詰め寄ったが、神一郎は冷静だった。

「風夜叉殿は、私の命の恩人。彼女が居なければ、今の私はありません。彼女が望むなら喜んで、この生涯を捧げましょう」

 神一郎の言葉に、皆息を呑んだ。

「神一郎、馬鹿を言うな! 風の里を守る戦いはどうするのだ!」

 小次郎よりも早く反応したのはライカだった。彼女は凄い形相で、傍らの神一郎を睨んだ。

「ライカ様、無論、それは全てが終わってからの話です」

「……お前は律儀すぎる!」

 ライカは吐き捨てるように言って顔を背けた。

「風夜叉様、あなたはどうしたいのです?」

 怒りを押し殺している小次郎が、風夜叉に迫った。

「……」

「黙っていては分からぬ。怒らぬから思うように言ってみよ」

 千太郎が、風夜叉の顔を覗き込むように言った。

「どうしたいという事ではありません。幻馬の刃が迫った時、私は迷わず神一郎様の為に死のうと思いました。その時に、自分の本当の気持ちに気付いたのです。その想いはどうしようもないのです。お許しください、小次郎様!」

 風夜叉はワッと泣き崩れた。

「やれやれ、とんだ恥さらしだ。だが、このままでは男として引く訳にはいかぬ。神一郎殿、私と決闘をして頂けますな!」

「……承知しました」

 神一郎も小次郎の気持ちが分かるだけに、断ることは出来なかった。

 

 神一郎達の修行場に向かった二人は、ライカ、千太郎、天眼、風夜叉が見守るなか、黙って睨み合っていた。小次郎が殺気立っているのに対して、神一郎は顔色一つ変えていない。それは、余裕ではなく、戦う事への躊躇があったためであるが、小次郎は風魔一族最強の使い手だけに、簡単に勝てる相手ではなかった。

「参る!」

 先に攻撃したのは小次郎だった。十本ほどの矢を風で操って、神一郎を攻め立てた。風魔の風の技は、風で武器を操る風御【ふうご】が、主流なのだ。

「速い!」

 矢が、目にも止まらぬ速さで襲って来る。神一郎は身をかわしながら、その矢を刀で叩き落し、続けて、二本同時に左右から襲って来る矢を、右手の刀と左手の風破で防いだ。

「これならどうだ!」

 小次郎は続けざまに、残りの七本の矢を使って、一気に四方から襲わせた。すると神一郎は、更に強力な風を起こして全ての矢を巻き込み、地上に叩き落とした。


「流石だな。次は本気で行くぞ!」

 小次郎は、懐から五本の棒手裏剣を取り出し、さらりと空中に投げて風に乗せた。風に乗った棒手裏剣は、次第に高速になって神一郎の頭上を旋回していたが、ある瞬間からフッと消えて、風だけが轟々と吹いているように見えた。


 次の瞬間、何かが微かに光ったかと思うと、神一郎の左腕に棒手裏剣がグサリと突き立った。

「ウッ!」

 神一郎は顔をしかめながら、手裏剣を腕から抜いて投げ捨てた。

「安心しろ、毒は塗っておらぬ。どうだ、見えない手裏剣では防げまい!」

 勝ち誇ったように小次郎が笑う。

 神一郎は、足をグッと踏ん張ると、下段の構えとなって瞑目し、見えぬ手裏剣を心で追った。そして、更に感覚を研ぎ澄まし、四本の手裏剣の位置を見極めた。

 「……そこだ!」

 四本の手裏剣が光り、神一郎の剣が煌めいた瞬間、手裏剣は砕け散って、七丈ほど離れた所に居た小次郎の左腕に血飛沫が上がった。神一郎の風の剣、風牙だ。

「それ迄! 小次郎、お前の負けだ!」

 千太郎が、二人を止めた。

「高速で動いている四本の手裏剣と小次郎を、一振りで斬るとは何という集中力じゃ」

 天眼に化けた神龍斎が唸った。


 ライカが神一郎に駆け寄り、着物の袖を破り傷口を縛った。

「ライカ様、すみません」

 神一郎が、ライカに笑いかけたその時、憤怒の顔の小次郎が、後ろから剣を抜いて斬りかかった。

「危ない!」

 叫んだライカが、神一郎を突き飛ばした瞬間、小次郎の刃が、彼女の右肩を切り裂いていた。

「ライカ様!」

 神一郎が、ライカに覆いかぶさりながら、尚も襲ってくる小次郎目掛けて、風破を放った。

 小次郎は、血反吐を吐いて宙に飛んだ。

「小次郎、風魔の名を汚しおって!」

 風魔千太郎が刀を抜いて、小次郎に止めを刺そうとするのを、天眼が止めた。

「先ずは怪我人の手当てを!」

 風夜叉は、青ざめた顔で震えながら、呆然と立ち尽くすばかりだった。


 神一郎が、ライカを抱き起こして右肩を見ると、傷は深く血が溢れ出ていた。

「ライカ様、ライカ様!」

 神一郎が叫ぶと、ライカの目が一瞬開いたが、彼の顔を見ると再び気を失った。

「これはいかん。神一郎、お婆殿の所へ急げ!」

 天眼が、傷口に止血の布を押し付けながら言った。

「ライカ、死ぬんじゃないぞ。生きるんだ!」

 必死の形相の神一郎は、ライカを抱き上げると、土煙を上げて空高く舞い上がった。


 風夜叉は、神一郎の、ライカに対する凄まじい思いを見せつけられて、自分の出る幕は無いと悟るしかなかった。

 呆然としていた風夜叉は、正気に戻ると、倒れている小次郎に駆け寄って、傷の手当てに取り掛かった。

 神一郎の攻撃は、いずれも急所を外していて、命に別状はなかった。


 

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