第10話 天眼の正体

 神一郎達は、無残に焼け落ちた、自分達が住んでいた小屋を見て肩を落としていた。

「竃などは使えよう。ともかく、雨露をしのげるものを今日中に作らねばな」 

 天眼が腰を上げ、神一郎とライカと三人で、真っ黒になって焼け跡を片付けていると、億太郎と若者十名ほどが、荷車に材木を一杯乗せてやって来た。

「億太郎、風夜叉様に付いていなくていいのか?」

「お婆が居るから心配ない。小屋造りは俺たちに任せろ!」

 億太郎達は、神一郎と同い年の十七才前後の者ばかりである。彼らは、風で器用に材木を操って、見る間に小屋の躯体を組み上げていった。そして、昼過ぎには、見事に完成させてしまったのだ。

「俄か造りだが、暮らすに問題は無かろうよ」

 億太郎が新しい小屋を見上げながら、自慢げに言った。

「億太郎、皆もありがとう」

 神一郎達は、彼らの真心に感謝した。


 億太郎達が、ライカの用意した握り飯などをたらふく食べて、賑やかに帰って行くと、神一郎、ライカ、天眼の三人は、真新しい杉の板間にゴロリと寝転がった。

「昨夜からは怒涛の一日でしたね。ともかく、ライカ様も風夜叉様も無事でよかった。……それで、ライカ様に言わなければならない事があります」

「何だ」

 ライカが横になったまま神一郎の方に身体を向けた。

「本来、人に心の中を見せたくないものですが、先日、ライカ様の心に入った時、図らずも本当の貴女を覗き見てしまいました」

 神一郎は、黙っていれば分からぬ事だと思ってもみたが、それでは、自分の意思に反して、全てを曝け出さなければならなかったライカに、申し訳ないと思ったのだ。

 ライカは、厳しい目で神一郎を見ていたが、やがて、諦めたように相好を崩した。

「相変わらず神一郎は律儀だな。お前なら全てを見られても良い。お前が心の中へ入らねば、私は死んでいたのだからな」

「えっ」

「いや、仕方のない事だと言ったのだ」

 ライカは、神一郎に向けていた顔を天井に向けた。

「ライカ様、もう一つ聞いてほしいのですが、私はこの度、風夜叉様に命を救われました。せめて、起き上がれるまで傍に居てやりたいのですが……」

 神一郎が言いにくそうに言った。

「何を言っているのだ。我らには第六天の魔王を打ち破り、奥義を会得する闘いが待っているのだぞ。それに、お前に若い女の世話が出来るのか!?」

 ライカが声を荒げた。

「それはそうですが……、せめて、毎日見舞う事をお許しください」

「……惚れたのか?」

「そんな事ではありません。恩に報いたいだけです」

「ならば、好きにするがよい」

 ライカは、そう言って背を向けた。


「そうだ。天眼様にも話があるのです」

 神一郎は、天眼の方に寝返りを打った。

「何かな?」

 今迄、天井を見て、二人の話に耳を傾けていた天眼が、包帯だらけの顔を神一郎に向けた。

「貴方の正体が分かったような気がします」

「正体とな?」

「ライカ様の心の中に入った時、あなたの声を聴いて感じた事です。それから、賊を蹴散らしたと聞いた時も違和感を感じました。あなたは天眼じゃない。違いますか父上!」

「神一郎殿、何を言っておるのだ。其方の父は死んだはず、儂のはずもあるまい。それに、武道を学んだ僧なら何処にでもおるではないか」

「では、その包帯を取って下され」

 天眼が父だと言い出した神一郎に、ライカも驚きの顔で振り向いた。

「やれやれ、醜い焼け跡など見ても仕方あるまいに……」

 天眼は起き上がると、顔の包帯を解き始めた。

 そして、全ての包帯が解かれると、焼けただれた顔が現れた。

 だが、天眼は、その焼けただれた皮膚をベリベリッと剥ぎ取ったのだ。

「叔父様!」

 それは、神一郎の父、風神龍斎だった。ライカも驚きを隠せなかった。

「父上、何故死んだなどと?」

「うむ、心配をかけて申し訳なかった。儂が居れば、お前は儂を頼ってしまう。人に頼っている内は本当の力は出せないからな。お前の成長を考えた上での、苦肉の策だったのだ」

 天眼のしゃがれ声は、凛々しい父の声に変わっていた。もう会えないと思っていた神一郎にとって、その父の声は限りなく懐かしく感じられた。

「そうだったのですか。父上の死を聞かされても実感が湧かなかったわけだ。母上はご存じなのですか?」

「いや、知らぬ。火王達に気取られてはならんからな」

「裏切り者というのは火王家だったのですね」

「そうだ。風の里も、このままではどうなるか分からぬ。早く奥義の完成を急ぐことじゃ」

 いつの間にかライカも横に来て、真剣な目で神龍斎の話を聞いていた。

「叔父様、では、真麟も敵になるのですか?」

「そうなるだろう。お前達は仲が良かったのだったな。だが、これも運命、戦うしか無かろう」

 真麟というのは火王家の一人娘のことで、水神氷馬、土鬼大刃、神一郎、ライカの、五家の跡継ぎである五人は仲が良かった。

「儂は、風魔に居る間は天眼のままでいるので、よろしく頼む」

 神龍斎は、包帯を取って再び顔に巻き始めた。 


 次の日から、神一郎は修行に行く前に、風夜叉を見舞った。風夜叉は大層喜んで、日に日に元気になってゆき、十日目には、神一郎に支えられながら、家の周りを歩けるようになった。

「もうよかろう。今日からは、家に帰って養生するが良い」

 お婆が、二人に微笑みかけると、

「お婆様、ありがとうございます!」

 風夜叉の嬉しそうな顔が、神一郎にも向けられた。


 ひと月が過ぎて、怪我が治った風夜叉が、神一郎達の小屋に姿を見せた。

「風夜叉様、怪我の方はよろしいのですか?」

「ええ、もうすっかり良くなりました。神一郎様に元気付けて頂いたお陰です」

「いや、礼を言うなら、命を助けてもらった私の方です」

 その日から、彼女は、半ば強引に三人の世話を焼き始めた。特に、神一郎の世話をする時の彼女は、まるで世話女房のようだった。

「神一郎様行ってらっしゃい。今夜は、美味しいものを作りますからね」

 手を振る風夜叉に送られて、神一郎とライカは修行に出掛けた。

「どうするつもりだ。あれでは、紀州にまでついてくるかもしれないぞ」

「そう言われましても……」

「まったく、先が思いやられる」

 ライカは、呆れ顔になっていた。


 神一郎とライカは、修行場の岩の上に座って、魔王に勝つ為に、どのような修行をすればいいかを思索していた。

「神一郎、この間、私の中に入った時は、一人で入れたんだろう?」

「あれは、自己暗示のようなものですね。ただただライカ様と一体化したいと願い、その心に入れると思った時には入っていました」

「ならば、一人で心の中に入る方法を習得しよう。第六天の魔王に勝つ為には、心の中で自在に動けるようになることが先決だ」

「分かりました。やりましょう!」

 ライカと神一郎の静かな戦いが始まった。

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