第6話 奥義への道
ライカの凄まじい雷の技に驚きを隠せない神一郎は、負けじと、更に一山越えた所で、風の奥義“龍の風”の修行に入った。
龍の風は、巨大竜巻を起こし操る大技で、“百龍雷破”同様、問答無用の破壊の技である。
風一族の技は、自身の気の力を使って、大自然の風や雲を操るのだ。神一郎とライカの課題は、強力な雷雲を発生させる為に、この自身の気の力を、いかに強くするかという事だった。
次の日から本格的な修行が始まると、神一郎は、気の力を高める為に、複数の風の技を同時に使って見ようと考えた。
最初に、比較的簡単と思える、風御と風破の組み合わせを試してみた。風で操った数個の小石を次々と自分にぶつけながら、その小石を風破で撃ち落とすのだ。風御に集中しすぎると、風破の威力が弱まり、風破に力が入ると、操っていた小石は集中力が切れて、パラパラと地面に落ちてしまった。
二つの技を同時に使う事は至難の業と思えたが、神一郎は、来る日も来る日も果敢に挑戦しそのコツを掴むと、十日ほどで、全力の風御、全力の風破を同時に使うことが出来るようになった。
気を良くした彼は、次に“風御”と“風牙”の組み合わせに挑戦した。
風牙は、鉄や巨大な岩をも斬リ裂く風の牙だ。形の上では刀を振るが、実際に相手を斬るのは風である。風の技の中でも最高難度の技で、風破とは比べ物にならない集中力が必要なのだ。
早速修行に入ったが、次々と襲い来る小石を、一気に風牙で捉えることが出来ず、石の直撃を受けて、身体中にあざを作った。
「まあ、どうしたんです、その顔……」
顔や頭に、こぶを作って帰ってくる神一郎を見て、風夜叉が目を丸くした。
「大丈夫です。石が当たっただけですから。へへ」
笑うと顔が引きつった。
彼は悪戦苦闘しながらも、持ち前の負けん気で踏ん張り、次第に風牙の命中率と破壊力を上げていった。そして、一月も経つと、拳大の十個の石を高速で操りながら、渾身の風牙で、全ての石を真っ二つに斬れるようになったのである。
修行に入って三カ月が過ぎた頃、神一郎は、自分の気の力を試すために、龍の風に挑戦してみようと思った。
彼が目を閉じ、両手で印を結び一心に念じると、風がまわりだした。風は円を描きながら速度を増してゆき、やがて唸りを上げる暴風となると、周りにある木々を薙ぎ倒し、すべての物を巻き込んで、中型の竜巻となった。
神一郎が、その竜巻を前方に動かそうとすると、竜巻はライカの修業している右方向へと動き出したのだ。
「何っ!」
慌てた神一郎が懸命に戻そうとしたが、動き出した竜巻を止めることは出来なかった。止む無く神一郎が術を解き、息を吐くと、竜巻は力を失い、巻き上げた物を撒き散らしながら消えていった。
本来の龍の風は、もっと巨大な竜巻を、自在に動かせれば完成なのだが、まだまだ未熟と、彼は肩を落とすしかなかった。
一方ライカは、雷の技を反復する事によって、気の力を高めようとしていた。
彼女は、鬼の形相の凄まじい気迫で技に取り組み、一度に落とす雷の数を、日毎に増やしていった。そして数か月後には、五十ほどの雷を一度に落とす事が出来るようになったのだが、思うように雷雲を操ることが出来なかった。
ある日、自らも雷に打たれ倒れている彼女を、神一郎が修行の帰りに見つけた。
「ライカ様! 大丈夫ですか!」
神一郎は彼女を抱き上げると、風に乗って大急ぎで小屋へ帰った。
「胸の鼓動も、呼吸もしっかりしていらっしゃいますから大丈夫です」
心配顔の神一郎に、風夜叉が微笑んだ。目を覚ましたライカは、
「腹が減った」
と、ご飯を二杯もお代わりして、神一郎を安心させた。
壁に突き当たる度に、修行は増々激しさを増していった。毎日、二人は生傷が絶えず、ボロボロになって修行から帰って来た。そして、板間に倒れ込んだまま、夕餉も摂らずに朝まで起きない日もあった。
そんな二人を、風夜叉が、恋女房のように懸命に支えていた。
「神一郎様! ライカ様! 起きて夕餉を召し上がって下さい!」
失神したかのように、倒れ込んだ二人を叩き起こし、食事を取らせたり、身体の疲れを癒す為に、近くに湧いている温泉に浸からせたり、会話の無い神一郎とライカの話し相手になったりと、風夜叉自身も、悪戦苦闘の日々となったのである。
地獄のような厳しい修行の中で、殺伐とした心を癒したのが、風夜叉の笑顔と、神一郎の龍笛だった。彼は、幼い頃に母に教えてもらってからというもの、取り付かれたように修練に励み、龍笛の名手となっていたのだ。ライカも、神一郎の笛が好きだった。
その笛の音は、ライカのみならず、吹いている神一郎の心にも沁み入り、何とも言えぬ気分にさせて、人の心を取り戻す事が出来た。
そうした修行が一年を過ぎた頃、二人の奥義は八割方完成に近づいていた。だが、そこから先へがどうしても進めなかった。進もうとすれば、何故か心が乱れるのだ。最後の壁を越えられずに、二人は悶々とした日々を過ごしていた。
「ライカ様、雷神抄に何か書かれていませんか?」
日頃話さない二人が、雷神抄を広げて、書かれている文字を追っていた。
そして、二人の目に留まったのが、――心の奥底に秘められし宝あり―― という一文だった。
「心の中の宝って何でしょうね?」
「分からぬ、心の中を見る方法は書かれていないのだ」
二人は溜息をつくばかりだった。
そんな折、神一郎が滝の水に打たれながら、瞑想して懸命に心を練っていると、何処からともなく、小石が彼に向かって飛んで来た。当たる寸前、神一郎はその小石を、風で瞬時に弾き飛ばしたが、身体は微動だにせず、目も閉じたままだった。
「ほう、中々やるではないか」
しゃがれた声のする方を見ると、岩の上に、顔中に包帯を巻いた、怪しい僧形の者が神一郎を見降ろしていた。
「御坊、何か用か!?」
神一郎は、水から上がって、風で身体の水を吹き飛ばすと、僧の居る岩の上に飛び上がった。
「儂は、天眼(てんげん)という乞食坊主じゃ。まだお若いようだが、何の修行をしておるのじゃ」
「自身の心の中を見たいと、修行しております」
「心の中とな、それで見えたのか?」
「いえ、未だ……」
「無理もない。心の中なんぞ、そう簡単にみられるはずもない。ただ、方法なら知っておるがな」
「えっ、本当ですか! 是非ご教授願いたい!」
神一郎の目が輝いたかと思うと、次の瞬間、彼は土下座していた。
「うむ……。教えてもいいが、条件がある」
「何なりと」
「暫く宿を借りたいのだが良いか、飯付きで頼む」
「分かりました。同居人の意見も聞かなければなりませんが、何とかします」
「有難い。実を言うと、昨日から何も食べておらんのじゃ」
神一郎は、天眼を伴って自分達の山小屋に戻った。小屋の中では、風夜叉が夕餉の支度をしていた。
「女房殿。儂は天眼と言う旅の僧で御座る。しばし世話になり申す」
「……」
風夜叉は、顔全体を包帯で隠した見慣れぬ僧を、訝しげに見ながら軽く会釈した。
「天眼様。その人は、私共の世話をしてくれている風魔千太郎様のご息女で、風夜叉殿です。連れと言うのは、私共の宗家の息女で、ライカといいますが、まだ修行から帰っていないようです」
神一郎が話している所へ、ライカが疲れ切った顔で帰って来た。
「其方がライカ殿か、拙僧は旅の坊主で天眼と申す。火事場で火傷をしてこのような風体をしておるが、決して怪しいものではござらん。暫くご厄介になりたいのじゃが、どうであろう」
ライカは胡散臭そうに天眼を見ていたが、
「好きにするがよろしかろう」
と不愛想に言って、衝立の後ろに隠れてしまった。
「かたじけのうござる、お世話をかけます」
天眼は、ライカの居る方へ、深々と頭を下げた。
数日が過ぎた夜の事。唐突に、天眼がしわがれ声で話し出した。
「神一郎殿、このままでは、お二人の修行の目的は達せられますまい」
「えっ!」
神一郎が驚いて、訳を尋ねようとしたその時、
「御坊に何が分かるというのだ!」
身体を休めていたライカが、衝立の後ろから厳しい顔を出した。
「では、数日拝見して思ったことを申そう。それは、お二人の心が噛み合っていないということじゃ。何事も微妙な心の有りようで、結果は大きく変わってしまう。技は違えど、目的とするところが同じなら、心を一つにしてこそ大事は成就するというもんじゃ。どうかな?」
確かに、ライカと神一郎の関係は、未だにぎくしゃくしていた。その事は、互いに気にはなっていたのだが、厳しい修行に明け暮れて、何も出来ずにいたのだ。
「天眼様の言われる通りです。事に当たる上で最も大事な事は、皆が心を合わせる事だと、幼き頃より父に言われて参りました」
「……」
無言のライカにも、腑に落ちる所があった。
「風夜叉殿にはお暇を与えなされ。ここでの生活を二人だけで助け合っていくのです。そして、修行の事も切磋琢磨して、意見を交換していくべきです。如何かな、ライカ殿」
「……私に異存はありません」
思いの外、すんなり天眼の意見を飲んだライカに、神一郎は肩透かしを食った思いがした。
次の日から、朝餉の支度、洗濯、掃除などを分担して、それを手際よく終わらせると、二人で今の思いを吐き出し合った。
「私はどうかしていたのだ。心を合わせねばならぬのに、我儘を通してしまった。許せ」
ライカが肩を落とした。
「私とて同じです。私がライカ様を支えなければいけないのに、修行の忙しさにかまけて、心を合わそうとはしませんでした」
「これからは心機一転して、共に力を合わせて行こう!」
「はい!」
ライカと神一郎ががっちりと手を握り合った。
「それで良い。後は心の中での修行をするだけじゃな」
天眼が頷きながら言った。
「天眼様、心の中に入る術を知っているのですか!」
ライカが天眼に詰めよった。
「うむ、知っておる」
「何卒お聞かせください。私達の技は、気を持って操ります。その力を高めようと思えば、心の中を見極めるしかないのです!」
「分かり申した。では、仏法で説く、心の世界を説いて進ぜよう」
二人は、ググっと身を乗り出した。
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