第5話 「いらない」「はい、すいません」

「モグ、いってきます」


「はい、いってらっしゃい」


今のところは元気に仕事いってるな。これが続けばいいのだけれど……仕事運がほぼゼロだからね……


 3分で到着。


「おはようございます」


「おはようございます」

一番年下の矢野さんが保冷剤の準備をしていた。

「すいません。新入りの僕がしないといけないのに……」

「大丈夫ですよ、山口です。入ったばかり疲れていませんか?」

「はい、大丈夫です」

「そうですか。少しづついろんなことがわかってきますよ(笑)」


 矢野さんは父親が事業をされていて修行として働いていると聞いた。また、奥様と折り合いがつかず離婚調停中とも聞いた。


 年長者の中田さんは免停中で自転車で行動していた。優しい方だった。でもまだひと癖ふた癖ありそうな気がした。


中田さんが「あいつ臭かろう。いまから暑くなるともっと臭くなりますから!」と池田さんの脇がを嫌っていた。池田さんは結婚したばかりであった。幸せいっぱいであった。彼女の写真をみせてもらったことがあるが……ふたりが幸せいっぱいならブスあぁ×でもいいと思う。そう思う。


 社長は遠くから通勤されていて朝、見ることはほとんどない。また、営業に出ることもなかった。


 今泉さんは週2くらいしかこない。自分でコ―ヒ―の販売をされていると聞いた。



 営業マンだから契約獲得は命題だ。しかしサンプルを15セット配布することだけを要求された。それでも社員間の獲得競争は自然発生的に生まれた。今にして思えば大社長の監視があったからだと思う。


 僕は1日、1件のペースで契約が取れていた。比較的きれいな家を訪問した。他社の受け箱がある家は避けた。


「こんにちは~、こんにちは~牛乳屋で~す」

「いらない」

「あぁ、そうですか。すみません」


 このパターンを何度繰り返したかわからない。それからなんとかサンプルだけでも受け取ってもらえるようになり、システムがわかってきたので今なら今週分はただにしますという手口も使えるようになっていた。配達は2本からであったが1本+ヨ―グルトで注文をとったりした。



 その日の営業が終わり、事務所に帰るとトラックがギリギリまで冷蔵庫に寄せてあった。

「何事ですか?」中田さんに尋ねた。

「とうふですよ」

「とうふを売るのですか?」

「そうです。毎年のことです。日持ちがするんですよ」


 持ち込むのを手伝わないと冷蔵庫に向かったら薄毛の50歳前半おっさんが出てきた。


「山口さんですね!」


「はい」


「森です。頑張ってますね。あなたは今のままでいいです。今のペースを守ってください。期待しています」


(このうさんくさいおっさんは誰だ?とうふを売れと持ってきたのだから……大社長か)


 冷蔵庫の半分以上のスペースをとうふが占めた。このとうふは常温保管でき、日持ちがよくおいしかった。また、常連客が付いており、あれよあれよでなくなった。


 この日、初めて大社長とあった。まさか数ヶ月後には監督署に相談することになるとはゆめにも思わなかった。







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