第4話 営業デビュ―

 出社2日目


 今日から営業をスタートして下さいと社長から言われた。契約件数などはおっしゃらずに慣れて下さいとだけ言われた。


 訪問するエリアの地図をコピーして、キャリーバッグにサンプル15個と保冷剤を詰め込み準備万端だ。


 今日は営業初日ということで今泉さんが同行してくれることになった。今泉さんは社長の前職の部下で営業のプロであった。営業のプロ集団の会社があって社長はエリアマネージャーかなんかでトップハンディングされた雇われ社長だということがわかった。


「大社長がいるのか……もう話が違ってきているのだか……」それはとりあえず置いといて今日の営業に集中しよう。


「山口さん、挨拶文覚えました?」 


「はい。なんとなくは……」


「なんとなくではいけませんよ。一言一句覚えないと!」


「はい。すいません。覚えたのですがお客様の前でスムース言えるのかなと思いまして?」


「言えないと思いますよ!あの挨拶文は私が作ったのです。きちんと言えてご注文いただけなければ私の責任ですアハハ。気楽に行きましょう!」


「はい、宜しくお願い致します」


「こちらこそ」


 僕はキャリーバッグを引きながら、今泉さんの後に付いて行った。


「昼間だから在宅の家は少ないと思いますよ。この家、車止まってますね。行きましょうか?」


「こんにちは~、こんにちは~。酪農ファザ―ズと申します。牛乳屋です~」


「なんね?牛乳屋さんね?」


「はい。すいません、忙しいところ」


「うちはもうとりよるもんね!」


「そうですよね!受け箱があるからですね!L1でしょ?あれは素晴らしい商品です。でもゴミがでませんか?うちの商品はビンですので回収しますからゴミにはなりません。それにL1は容量的にどうですか?飲み足りなくないですか?うちの商品は200ミリリットルですのでL1の2倍ありますよ!それにL1の成分はカルエ―スという加工乳でカバーできます。サンプルだけでも置かしてください。飲んだから取らないといけないとか全くないです」


「う~、息子がなんでん管理しとるとよ。息子に渡してよかね?」


「よろしいですよ!でもお母さん、息子さんにもろうてからって叱られんですか?」


「よか。そんときは自分のお金で買うけんが!試飲の分だけお金払おうか?」


「お母さん、いらないです。サンプルは無料です。ご契約していただいたら代金は現金か引き落としになりますけどね……」


「面倒くさいのはいやよ?」


「代金いくらですよという紙が入っているから受け箱に入れてもらうだけでいいですよ。お釣りも払えますから……」


「そうね。あんたがそんなに言うなら飲んでみよう」


「そうですよ。飲んでからゆっくり決めてください。お母さん、今度いついらっしゃいますか?」


「いつでもいる。畑仕事だけやんけん」


「お母さん、3本飲むのに、いつくらいにビンを回収しに来ていいですかね?」


「いつでもよか」


「わかりました。明後日の今時分にまた来ます」


「わかりました。お疲れ様」


「では失礼します。宜しくお願い致します」



 ふたりはそのお宅から遠ざかるまで一言も言葉を交わさなかった。


 今泉さんは挨拶文をほぼ使わなかった。今、今泉さんが行った営業を真似しなさいと言われても無理に決まっていた。


「ごめんなさい、山口さん」


「え?!」


「他社が入っていたから変なスイッチが入ってしまいました。すいません」


「いえ、あれが理想形だと圧倒されました。あぁやって契約取るんだなと思いました」


「いや、契約とれてませんよ。うちはL1には勝てませんから。いつか山口さんが取れるようになってほしいのを願いながら営業しましたから……」


「あぁりがとう…ございます…」


「次はマニュアル通りの営業をしましょう」


「はい、お願いします」


 まだ、今泉さんの後に付いていくだけの営業マンであった。

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