日常7ー4:ゴールデンウィークは始まったばかり
「さあできたわよ。テーブル片づけてもらってもいい?」
上原親子がお皿をもってリビングへとやってくる。
空腹であることを強制的に意識させられる、悪魔的な香ばしさ。
普段食べるソースの力強い香ばしさとはまた違い、塩の誇るマイルドな香ばしさに鼻孔がやられる。
5枚のお皿が順に並べられ、俺の前にだけ2枚の皿が置かれる。
どう見ても不自然な状況に、聞いていいか悩んだが質問した。
「あの、なんで二枚あるんですか?どっちも同じものですよね。」
「そう、でも少しだけ味付けを変えているの。普段家で作る味はみんなの好みに合わせてるから、篠崎くんにはもう一つ用意したの。気に入った方を食べてもらおうと思ってね。」
「なるほど、そういうことでしたか。何から何まで、お気遣いありがとうございます。時に娘さんの視線が突き刺さって食べづらいのですが、何故でしょう?」
「さあ?ふふふ。分からないわ。」
「そうですか…」
いつの間にか視線は俺の方へと集まり、最初に食べる空気になっている。
もしかして、試されているのか?
片方は冷凍の焼きそばで、もしもその焼きそばを食べてしまったが最後、「こいつに何を食わせても同じ」と貧乏舌のレッテルを張られ、次回以降のおもてなしは冷凍食品で済ませるとか。
いや、おもてなしはしてくれるなら扱い良いのでは?
「冷めちゃうから、早く食べたら。」
「あ、ああ。じゃあ右のお皿のやつから。」
いただきます、と焼きそば目掛けて一箸入れる。
豚バラ肉で焼きそば、キャベツ、ニンジン、ニラをちょうどいい塩梅でつつみ、口いっぱいにほおばる。
口に入れた瞬間、香りと共に口の中を一瞬でうまみが満たし、あっさりとした味付けにも関わらず、物足りなさを感じない。
いつもの咀嚼回数を優に超え、その味がなくなるまでしっかりと堪能した。
「すごく美味しかったです!うち、普段はソース焼きそばしか食べないんですけど、塩にもはまりそうです。」
「よかった~、気に入ってくれて。一生懸命作った甲斐があるわ。」
続けてもう一つのお皿へと箸をのばす。
先ほどの焼きそばの後で、期待が膨らむ。
(さっきのも十分美味しかったけど、こっちはどう違うんだろう)
先ほどと同じように、豚バラで巻いた焼きそばを口へと運ぶ。
(こ、これは)
なにか、違う?
味付けは同じ塩。
具材も同じに見える。
しいて言えば、少し濃い目というぐらいだろうか。
全体的に日の通りがバラバラなせいか、触感に統一性がない。
一見同じに見えるが、こちらの方がやや味劣りする感は否めない。
ただ、不思議と箸は進む。
依存性、中毒性といえば聞こえが悪いが、「また食べたくなる味」をしていた。
「どうかしら、そっちのお皿は。最初の方とどっちが好み?」
返答に迷ったが、正直な感想を伝える。
「最初に食べたお皿の方がおいしかったと思います。」
「そっか」
「でも、最後に食べた奴の方が好きでした。」
何を言っているのか分からない、といった表情を向ける一同に言葉を続ける。
「すみません、何言ってるのか自分でもよく分からないんです。直感で「また食べたいな~」って思ったのが最後の奴だったんです。あ、勿論どっちもすっごい美味しかったです。ただ、俺的にはこっちが食べたいって思っただけです。」
「そっかそっか、じゃあこっちのお皿の方、お代わり持ってくるわね!」
「あ、じゃあ私が持ってくる」
「そう?じゃあお願いしようかしら。」
そういうと、上原はキッチンへと向かっていった。
「ふふ、良かったわね」
誰に向けた言葉か分からず、返事をすべきか迷っていると、今度はこちらをしっかりと見据える。
「篠崎くん、ありがとう。強歩大会の時もそうだけど、学校で真莉愛と友達になってくれて。あの子、勘違いされやすいから。楽しく学校生活が送れているか、少し心配だったの。」
先ほどの表情と違う「母親」としての表情に、こちらも背筋がのびる。
「でもね、最近学校のことを少しだけ話すようになってね。」
視線を向けられ、その内容に俺が関係していると分かる。
「いっつもボロボロになってお腹を空かせてくるとか、負けづ嫌いで何度も勝負を挑んでくるとか。」
おい、何を話しているんだ上原のやつ。
「あ、あとサボるのは程ほどにしなさい。お母さん、そういうのは感心しません。」
「は、はい。すみませんでした。」
本当に何を話しているんだ。
自分が授業をサボっていることを母に伝える娘なんて初めて聞いたぞ。
本気で怒っているようには見えないので、根っこの部分では信頼している様子だった。
「俺のほうこそ、楽しいですよ。あいつはどう思ってるか分からないですけど、嫌われない限り、俺から離れることはないです。」
「あら、それなら安心ね。これからも、娘と仲良くしてやってね。なんなら友達としてでなくても大歓迎!、むしろそっちの方が嬉しいぐらい。」
「お母さん!」
焼きそばをこんもり盛ったお皿を両手に持ち、戻ってくる上原。
ドン、っとはっきり音がする。いったい何キロあるんだ、これ。
「ど、どうぞ。」
「いや、ちょっとまて。いくらなんでもこの量は流石に…」
ポン、と背中に手の感触があり、振り返ると「頑張れ、男の子」とお母さまからの声援。
嘘のような状況が、逃れられない現実だと伝わり、焼きそばチョモランマへと戦いを挑む。
「がんばれお兄ちゃん!死なないで!」
縁起でもないことを言うんじゃありません。
結局、この日の思い出は女の子の家に上がり込んだ緊張よりも、そびえたつ塩焼きそばに挑み、辛勝ながらも勝利した達成感とおなかの気持ち悪さが刻まれたのであった。
上原さんと篠崎くん 黒神 @kurokami_love
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