日常7ー3:ゴールデンウィークは始まったばかり
マダムとのイケナイ会合、もとい買い物の荷物持ちにお付き合いした後、住宅街に向かって車を走らせた。
同じ県に住んでいても普段通らない外観や見慣れない景色というのは多い。
まあ俺の場合、通学路と大型ショッピングモールがある駅周辺、あと自宅から半径5km圏内が見慣れた景色に相当するため、ここら辺は他県といっても差し支えない。
初めて通る住宅街の通路は新鮮で、普段ならゲームでもして時間を潰すところ、まじまじ景観を眺めてしまった。
白い軽自動車に送迎され、シャッターガレージへと車を停車させる。
住宅街の中に立ち並ぶ、どこにでもある普通の一軒家。
ベージュを基調とした塗装に、二階建のありふれた家の一つ。
周囲からはそう見えているだろう上原家だが、今の俺にはどこか特別なものに映る。
突然の来訪、初めての女子クラスメイトの家、隣にいるその母親と3因が揃って何重にもフィルターがかかる。
家の主はそんな心境つゆ知らず、先にカギを開けて扉を引いて迎え入れる準備をしてくれた。
「さ、入って入って。」
「お、お邪魔します。」
声音が固く、ぎこちない。
買い物袋片手に、促されるまま一歩前へ足を踏み出す。
その家独特の「家庭」の匂いとでもいうのだろうか。
塵一つ感じさせないフローリングの光沢、オンラインショップの段ボールが一つも置かれていない廊下。
大きさは実家とそれほど変わらない印象なのに、倍は広く感じる。
改めて掃除の大切さを思い知らされ、父親の通販を断固やめさせようと、一瞬でいくつもの発見と決意をさせられる。
それでも、階段に置かれた一冊の少年誌が生活感を醸し出していた。
多分、健太君の物だろう。
あれぐらいの男子小学生はみな通る道だ。
バケモンの付録がとても充実しており、毎巻700p近くの大ボリューム月刊誌。
銀はがしといった抽選応募企画では、子供心に胸躍らせながら10円玉を握ったものである。
「まっすぐ歩くとリビングだから。多分、真莉愛もいると思うんだけど。」
返事もそぞろに、上から扉を閉める音ば聞こえた。
ゆったりとした足取りで段々とこちらに近づいてくる。
音の方角へと顔を向けると、ゲームの世界にしか存在しないはずの「バケモン」の姿があった。
全身黄色のフリースに包まれ、頭にかぶさっているフードにはなんとも愛らしい目と、先っぽが黒く塗られた耳、背後からピョコっと見えるハートマークの尻尾。
オーバーサイズのせいか、服を着ているというより「バケモン」そのものが、まさに現れていた。
勿論、その正体は「上原」。
内心、俺の中の時間は停止していた。
上原母は「あらあら」と楽しそうにほほ笑み、上原本人は眠気眼をこすり、未だ事態を把握すらできていない様子。
このカオスを打開術など持ち合わせていないし、どうやっても上原はへそを曲げるだろう。
多分、もう手遅れであり、このまま声を掛けないのも不自然なので、なるべくいつも通りの口調で軽く挨拶をする。
「よっ、元気?」
「…」
目がゆっくりと、大きく開かれ、指さす手が俺を捉えられず震えてる。
口をわななかせ、「なんで、いるの」と唇の動きを察した。
「真莉愛、はやく着替えて下にいらっしゃい。今日は篠崎くんにお礼をするからって言っておいたでしょ。」
「ぜんっぜん聞いてない!」
全身隅々まで真っ赤に染めた顔を隠すようにフードをすっぽりと被る。
もと来た道へと振り返ると、先っぽしか見えていなかった尻尾が顔を見せた。
ハート形のバケモンはメスの個体にしか見られないらしい。よーく覚えておくんじゃぞ、と脳内音声が流れる。
壊れんばかりの扉の開閉音が、怒りの数値をそのまま表しているようだった。。
2階から愚痴のように負の念仏が聞こえるが、無視しても大丈夫だろうか?
「ごめんなさいね、あのこったらお寝坊さんだから。きっと健太にかまって夜更かしでもしてたんでしょ。」
「あはは…」
この後、なんて声をかけるのが正解か。
今はそれだけしか、頭になかった。
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「お母さん!篠崎くんを呼ぶなら先に言ってよ!」
着替えを済ませて降りてきた上原。
先ほどまでのかわいらしい衣装は身にまとっておらず、私服だった。
グレーのパーカーに黒のスキニーとシンプルな服装。
いかにも部屋着といった印象だ。
すらっとした足のラインが強調され、スタイルの良さが見て取れる。
何より、制服以外の姿が新鮮で、思わず見とれてしまう。
「もう真莉愛ったら、もう少しかわいい服を着たら?。篠崎くんもいるのに。」
「関係ないでしょ、そんなこと!」
先ほどから腹の虫がおさまらないご様子。
キッチンで食材を洗っている横で、上原もそのお手伝いをしていた。
お客様である俺は完全に蚊帳の外に追いやれら、会話に割って入るタイミングが掴めず、一人リビングでじっと座っていた。。
当分出番がないことを察し、家族だんらんを見守る。
こうしてみると、上原は随分と感情豊かな女の子に見える。
普段もゲームに勝った時なんかはいい表情を見せるが、今日はそのふり幅が上限突破していた。
二人並んでみると目元や口元がそっくりで、「親子」なんだと改めて実感する。
(中身は180度違ってるけど)
上原の人格のみを入れ替えた、クローン人間といっても過言ではないかもしれない。
そうなると、どっちがオリジナルだろう?
それとも別にオリジナルがいたりして?
「さっきから何見てるの。」
「え、あ、いや。仲がいいな~と思って。」
黙っているのが気になったのか、こちらへとバトンを投げる。
こちらもようやく会話の糸口を見つけられ、安堵した。
「篠崎くん、学校での真莉愛はどう?クラスメイトと仲良くやっているかしら」
「お母さん!そんな事聞かないでよ、家庭訪問でもないのに。」
「だって、学校での話ってあんまりしてくれないじゃない。お母さん、少し心配。」
「う、それは…」
言い返せず、言葉に詰まる上原は、こちらへと視線をよこす。
(おいおい、この状況でどうしろと)
二人の視線が俺に向き、理不尽な発言権を手に入れる。
「そう、ですね。ちゃんとやってると思いますよ。強歩大会の時も頑張ってましたし、最初の頃にあった実力テストでも掲示板に名前が張り出されてましたから。」
「あらそうなの?そういうこと、全然言わないから。すごいじゃない真莉愛!」
「いや普通の事だし、わざわざいう事でもなくない?」
「娘が頑張ってることを、褒めてあげたくなるのが親ってものよ?勉強、頑張ってたものね。偉い偉い。」
手を拭いてから、娘の頭を優しく撫でる。
情愛に満ちた表情で、ゆっくりと、その気持ちが伝わるように。
「子ども扱いしすぎ…」
抵抗する声は、母親の前では意味をなさなかった。
この空間で不純物でしかない俺は、見てはいけないものを見てしまっているようで、少し照れる。
こちらの気づくと、大きく咳ばらいを一つ。
二人とも料理に戻って、再び一人の時間が訪れる。
と、思いきや「あ、あの時のお兄ちゃん!」と声が鳴り響く。
「何でいるのどうしているのバケモン持ってきてるバトルしようよはやくはやく」
「落ち着け、一個一個ゆっくり答えるから。」
台風のような男の子、健太君登場。
普段なら少し扱いに困るタイプだが、今日に限っては彼が救世主に見える。
「何でいるかっていうと…、何でだろう?説明が難しいな。ザックリ結論だけ言うとご飯食べに来た。」
「お母さんの?それともお姉ちゃんの?」
「うん?一応お母さんのほうかな。」
お手伝いをしてはいるが、もともと上原母が振る舞う予定だったし、間違いではないはず。
「やっぱり!」
やっぱり、とはどういう意味だろう。
「お姉ちゃんの料理も美味しいんだけど、お母さんの料理はすっごい美味しいんだよ!」
ほほう、それは期待が持てそうだ。
普段の上原のお弁当もなかなかのものだが、やはり母親はそれを超えてくるのか。
焼きそばのレシピも細部までこだわってたし、結構な料理ママなのかもしれない。
あと、キッチンからこっちの声丸聞こえだからな健太、お姉ちゃんに後で何されても知らないから。
「お兄ちゃんはお姉ちゃんの彼氏なの?」
カランカラン!と大きな音が響く。
どうやらボウルか何かを落とした音だったらしい。
気にしないでおこう。
「違うぞ、クラスメイト。」
「え、クラスメイトの女子の家に上がり込んだの?」
「悪いのはこの口かな~、どれどれ」
ぐにぐに~っと柔らかいほっぺを目いっぱい引き延ばす。
「ほへんなはい。」
「よし、許そう。そうだ健太くん、一緒にゲームでもして遊ばない?」
「遊ぶ!なにして遊ぶ!オセロ、UNO、トランプ!?」
よし、食いついた。
これで話題の言及は避けられた。
無邪気な質問は、時として悪を勝る凶器になりえる。
君のお母さん、この手の話題に目がなさそうだし。早いうちに芽を摘んでおこう。
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