日常7ー2:ゴールデンウィークは始まったばかり
人間の身体は何もしていない時「休む」という動作を絶え間なくし続ける。
適度に行えば身体を癒し、活力へと変わる。
反面、過度に繰り返せば「衰え」に繋がる。
運動をしなければ筋肉が衰え、食事をしなければ胃が衰え、考えることをしなければ脳が衰える。
人間の脳はチンパンジーの約3倍は大きいとされており、その脳を衰えさせないためには自ら「入力」と「出力」を繰り返さなければならない。
ただ、これも過度に行えば筋肉同様、筋肉痛になりかねない。
そして今、俺の脳は休む暇なく働き続けていた。
衝撃の電話を受けてから30分。
長野県民がご愛好にするご当地スーパー「TSURUYA」にクラスメイトの母親と2人きりで買い物に来ていた。
因みに「TSURUYA」がご当地スーパーであることを最近まで知らず、秘密のケンミンショーで取り上げられ驚愕したが今はどうでもいい。
「篠崎くんは何かリクエストある?おばさんの作れるものであれば何でもリクエストしていいからね。」
買い物カートを押す横で並ぶ女性に、さっきから心臓の脈をひっきりなしに動かされている。
なんて答えるのが正解なんだ。
いつも食べているメニューを言えばいいのか、はたまた手間とお金の掛からないお手頃料理?
いっそのこと無理難題を言って、お惣菜を買って帰るとか。
何重、何層にもわたるシナプスがショート寸前までフル稼働し、考えては消し、考えては消してを繰り返す。
ショート寸前の回路は熱を帯び、正常に機能しなくなる。
ふと、視線の先にある赤く丸文字体のようなポップに目が吸い寄せられる。
"大特価価格"と印字された商品に感化され、ふと言葉が漏れ出た
「あ、もやし焼きそば…」
もやしイコール焼きそばを連想するほど、篠崎家の焼きそばは野菜たっぷりで、一番近い記憶のメニューである今朝の名古屋ソース焼きそばを口にしていた。
「焼きそば…」
「あ、いえ、やっぱり何でもないです!俺、食べられないものとかほとんどないので、作ってもらもらえるだけでも贅沢っていうか」
「いいわね、焼きそば!。うちにある野菜もそのまま使えるし、あと必要になりそうなのはお肉と麺かな。あ、うちでは豚ばらを使うんだけど篠崎くんのおうちは何肉を使ってるの?それと味付けはソースと塩、それともイカ墨かしら?」
思い付きで発したメニューだが、思いのほか反応がいい。
その後も茉莉さん先導のもと、食材や味付けの細部を決めて、お店の中をぐるっと一周する。
メインが決まるとあとは芋づる式にことが進み、気付けば会話もほどほどにレジの後ろへと並んでいた。
(よかった…。最初こそどもってしまったけど、後半は普通に会話できていた気がする。ほぼ茉莉さんが話を振ってくれたから成立したようなものだけど。)
大人のトークスキルってすごい、と感心する。
「ごめんなさいね。今更だけど、おばさんの買い物に付き合わせちゃって。」
自分のことをおばさんと称するが、まったく似つかわしくない風貌なので違和感がある。
パーマのかかったボリューム感ある髪に、念入りに手入れされた艶のある黒。
ベージュのブルゾンを羽織り、足首の隠れる白いプリーツスカートと紺色のスニーカー。
足元のスニーカーがカジュアル感を出しつつも、ブルゾンを羽織る姿は大人を演出し、一言で表すと「エレガント」な印象を受ける。
もう5年ほど早く生まれていたら、別の感情抱いていたかと思うと恐ろしい魅力だ。
「いえ、ご馳走になるわけですからこれぐらい何てことありません。」
「そう?ならよかった。」
そうやって笑う横顔は上原そっくりで、いやどちらも上原なのだが、あらためて「親子なんだな」と実感した。
「それにしても、最初に聞いていた印象とは随分違ってて、驚いちゃった。」
「え"」
最初の印象?
それは当然、上原の口から語られた印象であり、俺とのファーストコンタクトと言えばあの公園での出来事であり、それはもう形容しがたい弟泣かせ野郎であり、その印象ということはすなわち…。
途端に冷や汗があふれ、買い物カートを握る手がどんどん湿っていく。
「あの、因みに上原さん、真莉愛さんは何と言ってましたか?」
「ふふっ、気になるかしら?」
「ええ、それはもう。かなり」
それは、という前に店員から横やりを入れられ、会話が中断されてしまう。
「今度、また二人きりで話す機会があれば、ね?」
やはり、おばさんと称するには言動も仕草も10年は若い。
こちらを見上げ、人差し指を口もとにあてる仕草が、まるで秘密を共有する関係のようにイケナイ雰囲気を醸し出す。
(上原も、将来こうなるのか?想像できない…)
車に戻る二人の距離は、最初より半歩分だけ開いていたのは、気付かれていないはず。
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