第36話

「美味しかったね、雪花君」

「は、はい。美味しかったです」


 確かに料理は美味しかったけれど、美穂さんの誘惑が強すぎてあんまり料理に集中できなかったのが本音だ。


「あの.........美穂さん」

「なぁに?」

「一回、元住んでいた家に行きませんか?」

「.........うふふ、分かったわ」


 ここからが正念場だ。

 

 思いをしっかり告げる。


 車を走らせること三十分程度で着く。


「お邪魔します」

「お邪魔しますじゃないでしょ?」

「え?」

「ただいま、でしょ?」

「あ、ただいま」

「うふふ、お帰り。飲み物、お茶でいいかな?」

「あ、はい。お願いします」


 何回もこの家に来たことがあるはずなのに、そわそわしてしまう。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「いえいえ」


 いつもならここで会話が続くはずなのだが、何も思い浮かばずに沈黙が生まれてしまう。


「雪花君」

「何ですか?」

「私ね、雪花君の事が好きなの」

「っ!?」


 何でもないようにそう話した。


「大、大、大、大好きでおかしくなりそうなくらい好き」

「ちょ、待ってください」

「待てないよ、雪花君の言葉を待とうとしたけれどダメだった」

「え、あ」

「雪花君の優しいところが好き。笑う顔が好き、困り顔も好き、ちゃんと相手を見てくれるところが好き」

「っ!?ま、待ってください」

「私ね、雪花君と会ったその日に雪花君の事が好きになったの。言ってくれたでしょ?僕を頼ってくれてもいいですって。辛かったのは、美穂さんもだって言ってくれて。私、その言葉に救われたの」

「は、はい」

「死んでしまった夫も、ちゃんと相手の事を見てくれる人で、雪花君はまるで夫の生まれ変わりのようで。でもね、私は雪花君が夫のようだったから好きになったわけじゃないの。雪花君だから好きになったの」

「.........」

「だから、私をお嫁さんにしてくれないかな?こんな若くもない女だけれど。雪花君の隣にいさせてくれないかな?」

「.........」

 

 美穂さんの真剣な言葉を、一度ゆっくり飲み込む。美穂さんにばかり言わせてはいけない。僕も言わなければいけないことが沢山あるから。


「.........正直に言うと、まだ二人の事を娶る、ということに戸惑いをというか自信みたいなものを持ち切れていないけれど、絶対、幸せにして見せますから。僕は、美穂さんの事が大好きです。付き合ってくれませんか?」

「.........遅いよ、もう。今日、何度その言葉を待ちわびたか。こっち、来て?」

「え、あ、ちょっと」

「早く」


 頬が上気して、何かを待ちきれない様子で僕の手を引っ張り部屋へ連れていかれた。



 

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