第20話 暴走

「んー、雪花お兄さん」

「はいはい」


 甘えるように抱きしめてくる絵里ちゃん。癒される。


「雪花お兄さんの匂い好き。..................あれ?」

「ん?どうしたの」

「..........ねぇ、雪花お兄さん。変だよ?」

「ど、どうしたの?」


 急に絵里ちゃんの声が一段低くなる。


「なんで、雪花お兄さんのいい匂いにメス豚の匂いが混ざってるの?」

「え?」


 絵里ちゃんの顔は今までにないくらいに真顔だった。瞳は真っ暗で正気を保てていない。


「私の、私のお兄さんにちょっかいをかけるなんて馬鹿だよね。ね?雪花お兄さん」

「え、あ」

「ほんとにバカ。社会的に潰してやろうかな。どうしよう。ねぇ、雪花お兄さん。その女の名前言って?」

「え、絵里ちゃん?」

「やましいことがあるの?雪花お兄さん。ないよね?いつも雪花お兄さんは正しいし。もし間違ったことしてても私は怒らないよ?そんな事させるそいつが悪いんだから」

 

 僕の頬に優しく手を添えて、じっと僕の眼を見つめる。絵里ちゃんの瞳はやっぱりどす黒かった。


「ねぇ、言って?言ってよ」

「..............」


 ..........言ったほうがいいか。


「元カノだよ。今日、そいつと決別してきた。その時に抱き着かれたから匂いが付いたのかも」

「..................ふぅーん。ちゃんと決別したの?もう絶対に会わないの?」

「..............学校同じだから、会わないは無理かもしれないけれどもう喋ることはないと思う」

「..................やっぱり閉じ込めちゃおうかな」


 

ぼそっと、そう絵里ちゃんがつぶやいた気がした。


「..............あ、そういえば。雪花お兄さん。今日の朝の約束覚えてる?」

「え、あぁ覚えてるよ」

「そっか、じゃあ今日は、私と一緒に寝てね。それから、私と一緒にお風呂も入ろうね?」

「え!?ほ、ほんとに?」

「うん、本当だよ」


 絵里ちゃんの眼は本気だった。


「ただいまー。お邪魔するよー。雪花君」


 丁度その時、美穂さんが仕事から帰ってくる。


「お帰りなさい、美穂さん。今日はこっちに泊まるんですね」

「うん」


 美穂さんは、元から住んでいる家と絵里ちゃんの家を行き来している。


 今日はこっちで泊まるみたいだ。


「おかえりなさい。お母さん」

「ただいま、絵里」

「それで、雪花お兄さん。一緒にお風呂入って寝てくれるよね?約束、だもんね?」

「え、あー。美穂さん、いいんですか?」

「..............状況が分からないけれど、雪花と絵里が一緒にお風呂に入って寝てもいいって話?」

「そうです」

「..............だめ」

「な、なんで、お母さん!」

「だ、だってずるいもの。絵里だけ。私も一緒に入りたいし寝たいもの」


 そう、頬を赤く染めて訴えてくる。


「..............はぁ、分かった。お母さんも一緒でいいから。それならいい?」

「それなら、私も大賛成だわ」

「え?え!?」


 どうにも、夜が長くなりそうな気がする。

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