第10話 母の気持ち。

 私の人生は今まで順風満帆だったとは言い難い。


 学生時代はたくさん告白された。

 

 告白された、こう聞けばいいように聞こえるが、女子からの妬みや嫉みが多くかなり苦労したし、正直男子からの告白は面倒でしかなかった。


 転機が訪れたのは大学生の時だった。一緒の学科だった夫と出会い、会話をして話していくうちに今までの男性とは違う彼をだんだんと意識していき、彼からの告白を受け付き合い、結婚して絵里が生まれた。


 絵里が生まれ、幸せな時間が続いたが、中学生の時それが起こった。


 絵里がいじめられていた。


 絵里は、私と夫を心配させるのが嫌でいつも健気に笑っていた。


 今、思うと絵里の笑顔が痛々しくて、今でも私は自分の事を攻め続けている。何故、もっと早くに気づいてあげられなかったんだろう。なんでもっとあの子の事を見ていなかったのだろう。なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで......................。


 絵里が部屋に引きこもるようになってからも、昔から夫の事が好きだったからか夫、それに私とも会話をしてくれるようになった。


 会話を重ね、絵里が段々と回復しているのが分かり、これからというところで夫が死んだ。交通事故だった。


 どうしようもなかった。即死だったらしい。


 足元が崩れる感覚があった。

  

 積み上げたものが崩れていくのが分かった。目の前が真っ暗になった。何も聞きたくなかった。何も話したくなかった。何もしたくなかった。どうして、どうして、どうして、なんで、なんで、なんで。


 何もかもが憎かった。イヤだった。嫌いになりそうだった。


 夫の遺影をみても、そうじゃない。違う。火葬後の骨上げをしてもこれは、

夫のじゃない。違う。違う。

 

 でも、涙が溢れてしょうがなかった。


 その時、


「お父さん」


 そう、隣にいた絵里がつぶやいた。


 瞳には何も映していなかった。涙さえ出ていなかった。真っ黒で、先の見えない暗闇。


 私は、絵里を抱きしめて泣いた。


 私が、しっかりしなきゃ。


 私が、頑張らなくちゃ。


 そうして、私の戦いが始まった。


 私は、日記をつけた。


 絵里との会話、そもそも話すことも難しかった。だが、根気よく続けおはようくらいは返してくれるようになった。


 仕事も、一時期、私が休んでいたが、友人たちの努力と協力により学生時代友人たちと起業した化粧品のブランドも段々と軌道に乗り始めた。


 段々と、書く内容が増え始めた。


 ある日、絵里が部屋から出て私に頼みごとをしてきた。


 どうやら、配信をしたいらしい。


 私は、絵里のやることを応援したくてすべて機材を取り揃えた。


 会話は、あまり出来なかったが絵里がやりたいことを見つけられて私は嬉しかった。


 毎日毎日、日記を書いた。


 二冊目のノートが終わりそうなとき、また事件が起こった。


 ある日、突然電話がかかってきた。


 嫌な予感がしたが電話に応答すると、空き巣にあったと警察からの連絡だった。


 わたしは急いで家に帰り、絵里の部屋に駆け付けた。


「絵里!!」


 絵里は部屋の真ん中で胸を押さえていた。


「胸が痛いの?大丈夫?けがはなかった?」

「大丈夫。それより、私...............」

「どうしたの?やっぱりどこかいたいの?」


 絵里は首を振って否定する。

  

「私、またあの人に会いたい」

「あの人?」


 どうやら、絵里を、この家を守ってくれた人がいたみたいだ。


 顔は分からないが、この子を守ってくれて本当に感謝したい気持ちでいっぱいだった。


 そして、彼にあえたのはすぐだった。


 警察の方と話をして戻ると、「もしかしたらあの人がいるかもしれない」そういってついてきた絵里が、誰か知らない人と喋っているのを見つけた。


 そう、雪花君だった。


 喋ってみると、優しくて、礼儀正しくて、明るくてまるで夫みたいな人だった。


 絵里があんなに喋っているのを見たのはいつぶりだろうか。あんな笑顔をみたのは何年前だろう。


 私は、こころの底から嬉しかった。


 もしかしたら、この子なら。


 私は、一世一代の覚悟で彼にお願い事をした。


 すると、彼は意志の強い瞳で、それでいて、笑顔で「.......分かりました」こういった。

 

 それだけでも嬉しかったのに...............。

 

「失礼かもしれないし、余計かもしれませんけれど」

「え?」


 だめ。


「辛かったのは絵里さんだけじゃないと思うんです。夫さんが亡くなって、絵里ちゃんは大変なことになってしまって。.......だから、僕、美穂さんのこともできる限り助けたいです!」


 やめて。


「......................」

「といっても、子供の僕にできることなんてたかが知れているかもしれませんけれど、精一杯手助けしますから。つらい時は、僕に愚痴ってもいいし、頼ってください」


 涙が、こぼれちゃうから。強い母じゃなくちゃ...............。頑張らなくちゃいけないのに。私が、わた、しが...............


 「.......うぅ、ひっ、ぅあぁぁぁ」

 

 彼の胸の中は暖かかった。


 辛い気持ちが今までずっと張りつめていた気がすっと抜けていく感覚があった。


 今だけは、休んでもいいよね?雪花君。

 



 

 


 


 


 

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