第二膳(後編)地球最古のハンターvs古生代最大のハンター

「デザートに早速食べませんか?」


 デザート、ということは甘いものかと思いきや。


「……煎餅?」

「はい! 我が博物館名物『食えるものなら食ってみやがれ、三葉虫煎餅』です!」


 ネーミングが尖ってる。上から目線だし。

 三葉虫……って聞いたことあるな。パッケージに外見が描かれているが、ダンゴムシみたいなのがサングラスをかけ、頬らしき所に傷をつけたイケイケのお兄さん風のイラストになってしまっている。本当はどんな姿なのか分からない。ま、これから食べるんだから本当の姿なんて知らない方がいいのかもしれない。


 早速箱を開ければ、三葉虫がデフォルメされたお煎餅が十個綺麗に並んでいた。

 近くにいた三葉虫……いや、煎餅に手を伸ばそうとすると、弥生ちゃんの眼鏡が怪しく光った気がして動きを止めた。


「何?」

「本当にそれでいいんですね?」

「……どういう、ことかな?」


 すると、弥生ちゃんはリュックから茶色いふわふわした物体をふたつ取り出した。被り物らしい。

 なるほど、これが詰まってたからリュックがぱんぱんだったのね。ひとつは特徴的な触覚からアノマロカリスだって分かるけど、もうひとつは……なんだかサソリみたいなやつだ。それを俺の方に寄越してくるんだが、被れということか?


「これは、何かな?」

「知らないんですか?」

「知らない」

「えっ! シルル紀の海を支配していた節足動物界の中でも最大級の捕食者ハンターを知らないんですかー!? この子はウミサソリ、といって、特にこの被り物のモデルにもなっているプテリゴトゥスという種類の体長はなんと、最大二.五メートルもあったと言われています。大きな鋏角きょうかくで獲物を切断して食べていたと推測されています。サソリという名前がついているんですが、実はサソリではなくてクモの親戚なんですよ(※諸説あり)」


 でかっ!

 人間よりもでかいのかこいつ!

 見た目はまるっきりサソリみたいに、雫型の胴体で尻尾は細長くなっている。頭の所に二本の鋏がついていて、今にも摘まれそうだ。


「私はこれから初代ハンターキング、アノマロカリスに。そして理一さんはシルル紀最強ハンター、プテリゴトゥスになって三葉虫を捕食します……被ってくれますよね?」


 首を傾げて上目遣いをしたって、俺は惑わされるわけ——。


「分かった」


 だめなんだ、昔から。お願いされると断れない。仕事に関しては特にそうだ。いくら自分が忙しくても、人から仕事を手伝って欲しいって言われたら断れないんだ。すごく困ってるから助けを求めたんだろうなって。

 それにもし断ったら、悲しい顔をさせてしまいそうで。

 人の笑顔が好きだった。だから、料理人になってお腹も心も満たして笑顔で帰っていくお客様を見たいと思ったんだ。だけど。


「理一さん、どうかしました?」


 弥生ちゃんの言葉で我に返り「なんでもないよ」と言って手にしているウミサソリの被り物に目を落とした。


「さ、三葉虫を捕食しに行きますよ!」

「……そうだね」


 よく考えてみろ。俺は今三十三歳。フェルトでできたぬいぐるみみたいな被り物をするなんてどうかしてる。

 でも、世界的にも有名なネズミが治める王国では変な眼鏡とか変な帽子とか変な髪飾りとか付けてても恥ずかしくない。ネズミの魔法にかけられているか、もしくは皆もやっているからという安心感があるからだろう。

 目を閉じて、想像してみる。ここは古生代の生物が棲む海の中だ。人間の世界じゃない。ほら、あっちこっちに古生物がうじゃうじゃいる。恥ずかしくもなんともないさ。俺はウミサソリ、ウミサソリ、ウミサソリ……。


「よくお似合いですよ」


 アノマロカリス……もとい、アノマロカリスの被り物を被った弥生ちゃんは、満足そうに頷いている。


「さあ、理一プテリゴトゥスはどの三葉虫を狙いますか? あ、一度手に触れたら絶対にそれを食べてくださいね?」

「……違いでもあるのか? 味とか」


 にやり、と笑った弥生ちゃん、何か隠しているが教えてくれそうもない。もしや、ひとつだけ激辛三葉虫が混じっているのか?

 見た目は皆同じ三葉虫。茶色くて少してかっているから恐らく、醤油味。慎重に吟味して、左端の三葉虫を手にした。


「ほうほう、それにしましたか。じゃあ私はこの子を」


 弥生ちゃんは右端の三葉虫を手に取り、外袋を開けた。


「では、一緒に食べましょう」

「……わかった」

「「せーの……」」


 ガッ——。


「硬ーーーーっ!!!!」


 歯が折れるかと思った。石みたいに硬い。まさに歯が立たないとはこのことだ。

 一方の弥生アノマロカリスちゃんは、何とも優雅にお食事をしている。何故だ。


「硬いのに当たっちゃいましたね」

「どういうことだ?」

「実は、めちゃくちゃ硬い三葉虫が八匹いるんですよ」


 割合よ。普通十個のうち一匹が硬いやつでしょ。


「私が今食べているのは普通の硬さです」

「どうやって見破った?」

「ふふふ、なんたってカンブリア紀の覇者ですからね。プテリゴトゥスよりもはるか昔から生きてるわけですから当然です」


 完全にアノマロカリス目線で話している。


「これ本当に売れてるのか?」

「はい! このお煎餅は自然界の厳しさを表現していると思うんです。硬い三葉虫に当たれば簡単に食べることはできません。最強のハンターとはいえ食事にありつけない日々を送る時もあります。弱肉強食の自然界で捕食者と被食者が互いの命をかけ、食うか食われるかの極限バトル……古生代の捕食者と被食者の戦いをこのお煎餅で味わうことができるなんて、ああ、最高ですよね!!」


 たぶんそこまで考えて買ってる人はいないと思う。購入者のほとんどは罰ゲーム目的だろう。


「食べないんですか?」


 弥生アノマロカリスちゃんは、俺の持つめちゃくちゃ硬い煎餅を狙っている。


「いらないなら私にください」

「でも本当に硬いよ?」

「これだから現代人は。顎の力がどんどん弱くなっているのは、果たして進化か退化か」


 あなたも現代人でしょ。と言う間もなく、弥生アノマロカリスちゃんは俺の煎餅を掻っ攫うと、バリッという音を立ててそれは美味しそうに食べ始めた。弥生ちゃん、腕力だけでなく顎の力も強いとは。恐れ入りました。


「付属のトンカチがあるので、理一さんも叩き割って砕けば食べれると思いますよ」


 弥生ちゃんの言う通り、箱の隅っこに木でできたトンカチが埋め込まれていた。試しに何度か叩き割って破片を口に頬張ると、醤油と煎餅の香ばしい味が口の中に広がっていく。普通に、美味しい。

 砕きつつ俺が煎餅を半分程を食べ進めている間に、弥生アノマロカリスちゃんは硬い煎餅をペロリと平らげてしまっていた。


「これぞ最古の覇者の食べっぷり、ですよ」


 圧巻だ。思わず時代劇の最後の場面で悪代官達が平伏すように「ははーっ」と言いながら頭を下げた。

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