嗚呼、愛しの絶滅種!

空草 うつを

第一膳(前編)出会いとお茶漬け

 まったくもってどうかしている。

 見ず知らずの相手に話しかけた挙句、家にまで連れてきてしまった……。


 俺は狭いキッチンで今さらながら、ちょっと頭を抱えていた。


 これはもう、しょうがないと思うしかない。

 捨てられた犬とか猫を、見なかったことになんかできないだろう?

 少なくともそういう真似は、俺にはできないし、できなかったのだから。


 しかもさっきからずっとグゥグゥとお腹を鳴らしている。

 本人は恥ずかしそうにうつむいたままだけど。


 となれば、もう作ってやるしかないだろう?


 今は事情があって違うけど、これでも元はプロの料理人。

 美味しいものを食べさせてやりたいという気持ちだけは、今も熾火のように残っている。


 というわけで、それも含めてキッチンで頭を抱えていたわけなのだ。

 まぁ急なことなので食材も限られているし、すぐ出来るものという条件付きだし。


「アレルギーとかない? 苦手なものとか?」


 返事はないけど、少し首を横に振ったのは分かった。

 だったら、これで完成だ。


「まぁ、なんだその。ただのお茶漬けだけどさ、食べてみなよ、たぶんおいしいから」


 お腹がグーと鳴る音が『いただきます』の代わりだった……。






◆◆◆



 干しエビをご飯と合わせて三角おにぎりに握る。

 フライパンに胡麻油を適量垂らして火を点け、胡麻油の香りが立った所でおにぎりを入れて。両面に狐色の焼き目が付いたら取り出し、その上から醤油と合わせたかつお出汁を流し入れれば、一度おにぎりにして焼くことで香ばしさが増した、干しエビ茶漬けの完成。


 スプーンを持ったまま両手を合わせて、彼女は茶漬けの入った皿に向かって深く一礼する。なんとも礼儀正しい子だ。食べることは即ち命を頂く行為、きっとご両親の教育の賜物だろう。


 ショートボブにしている髪の、顔にかかっているサイドの部分を耳にかけている。薄い耳たぶには華奢なゴールドのピアスが光っていた。日焼けとは無縁であろう、彼女の色白の肌によく映えている。


 恐る恐る、スプーンでおにぎりを割いていく。焦げ目のついた所はカリッという音を発し、そのままスプーンを割り入れるとふっくらとしたご飯に出汁が沁みていく。

 出汁と共に一口大に取ったご飯を、薄桃色の小さな口に運び入れた途端。眼鏡越しに瞳が大きく見開かれ、キラキラと輝きだした。


「おいひぃ……今まで食べたお茶漬けの中で、ダントツでおいしいです!!」


 まだ腕は鈍っていなかったと、ほっと胸を撫で下ろす。思ったよりも緊張していたのは、久しぶりに人様相手に料理を振る舞ったから。


「口に合って良かった」


 それからは、ぱくぱくと尋常でないスピードでお茶漬けを食べ進め、あっという間に皿は空っぽになった。


「ご馳走様でした。あぁ、満腹満腹……」


 お腹をさすり、ご満悦の様子。緊張の糸がとれた俺は無意識に止めていた息を吐き出す。皿を洗おうとのばした腕を、彼女の手が掴んできた。


 こういった場合ドキッと心が揺れるものだろうが、思ったよりも強い力に焦ってしまう。下手したら骨が折れそうだ。

 数分前までお腹が空いて力が出ないと、道端にうつ伏せで倒れ込んでいた人と同一人物とは思えない。


「な、何?」

「エビが」

「は?」

「まだ一匹残ってました」


 よく見れば、皿の端っこに干しエビが一匹へばりついている。ご飯一粒一粒に神様が宿っているから残さず綺麗に食べるんだよ、と言われていたのだろう。感心な子だ。

 皿を彼女の前に戻すと、腕から手を離してくれた。それにしてもどれだけ強い力で握ったんだ。腕にはくっきりと、指の形に赤く跡が残っているではないか!


 彼女はスプーンで干しエビを丁寧に掬い上げた。目の前まで持ち上げてまじまじと見つめ、一向に食べる気配などない。干しエビ一匹食べるスペースが、彼女の胃には残されていないのか。

 二十代前半と思しき彼女は、シャツにカーディガン、膝丈のスカートを履いていて、その服の上からでも細身の体であることがよく分かる。もともと食は細いのだろうか。

 無理して食べなくても良いと言おうとしたが、その前に彼女の方が言葉を発するのが早かった。


「アノマロカリスはどんな味がするかな……」

「……は?」


 俺はとんでもない女性を拾ってしまったのではないかと、戦慄して暫し言葉を失ってしまった。

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