学生時代の思い出

2022年5月度三題噺:「ゲーム」「クリスタル」「イキり」

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――俺は今、これまでの人生で最難関の試験問題に直面していた


 そうは言っても、一介の高専生。たかだか二十年程度の人生じゃないかと思われるかもしれない。

 しかし、ほとんどの人がせいぜい高校か大学までしかテストなんて受けないんだから、これ以上難しい試験問題にぶつかることなんてないんじゃなかろうか、と思わず現実逃避をしてしまう。


「(このままじゃ赤点だな)」


 顔を上げて時計を見ると、残り時間は三十分程度だ。

 ひとまず、机の上に視線を戻す。

 机の上には、三枚の紙と、シャーペンが二本と替え芯入れ、消しゴムが二つと、それから電卓。

 三枚の紙の内の一つである解答用紙に目を向けると、一つ目の問題が目に入る。


『問一、以下の図は「鋼の錬金術師」という漫画の一コマです。図は主人公が錬金術をしている場面ですが、この作品では錬金術によって物質(元素)を変換することができます。その変換作業中、図のように周囲には光が飛び散っているのですが、どうしてこうした現象が起きるのでしょうか?『エネルギー保存の法則』を用いて説明しなさい(配点:25点)』


 解答用紙を見ると、そこには解答文が既に書きこんであった。


「(噂には聞いてたし、先輩から過去問を譲ってもらって確認してもいたけど、ホントにこんな問題出すんだな)」


 正直、ちゃんと説明できているかどうかは怪しいのだが、この科目の一番最初のテスト、それも一問目に必ず出される問題ということで学生内ではかなり有名だったため、それなりに準備することができたのだ。


「(今度、めぐみ先輩にはお礼しないとな)」


 今度はどんな人体実験をされるのか、あるいは得体の知れない液体を飲まされるのかはわからないが、そこは考えないようにしよう。さて次の問題だ。


『問二、以下の図は最近先生がハマっている「ファイナルファンタジーXIV」というゲームに出てくる「クリスタル」と呼ばれるものです。このクリスタルは「エーテル」と呼ばれるエネルギーが結晶化したものと言われていますが、現実においてエネルギーが物質化することは起こりえるのでしょうか?起こりえる、起こりえない、どちらの結論でも構いませんが、なぜそのように考えられるのか、説明してください(配点:25点)』


「(いやー、これは無理でしょ)」


 解答用紙を見ると、二問目のスペースは白紙のままだ。文字を書いた形跡もない。

 そもそも、関連する話題を授業で話していただろうか。正直全くと言っていいほど覚えがないのだが、テストに問題として出している以上何か話していたのかもしれない。ほんとに覚えはないけれど。


「(というか先生FFにハマってるのかよ。この間イキって先行した結果、盛大にミスって失敗したんだよな。すぐに逃げたけど、その時のメンバーだったらって考えると怖すぎる)」


 そしてテスト勉強で普段よりもログインできていないせいか、幼馴染でゲーム友達であるアンナがやたらと冷たいのも気になっている。


「(そのせいで普段やらない野良で潜る羽目になったんだよな。この前みたいなのは嫌だし、今度ゴキゲン取りでもするか)」


 そういえば、アンナがこの前「光から物質を作ることができたってニュースになってたよ!ロマンチックだよね!」って騒いでたのを思い出した。詳細は覚えていないが、とりあえず書けることを書いておこう。

 適当にそれっぽいことを書いて、次の問題に目を通す。


『問三、最近のゲームはオンラインのものも多いですが、そうしたゲームは電力を使用して始めて遊ぶことができます。しかし、最近は様々な事情から電力不足が問題となっています。そこで、そうした電力(エネルギー)を作り出す新しい発電方法、あるいは既存の発電方法の問題点と改善点について自分なりに考え、記述してください。ただし、必ず授業で説明された「エネルギーの性質」や各種法則を交えて説明してください(配点:50点)』


 これまた難問である。色んな意味で。

 そもそも社会問題を一学生に聞くんじゃない。


「(まぁ流石にそんなことは分かってるだろうから、どれだけ自分の考えを書けるかってことなんだろうな)」


 そうでなければテストにならないはずだ。

 しかし、配点は50点である。赤点を回避するには避けて通れない問題であるのは確かだ。

 さて、何を書こうか、と思っていた矢先、テストを作った張本人が教室の扉を開けて入ってきた。


「やぁ、諸君。困った顔をしてるね。結構けっこう。神楽先生もテスト監督お疲れ様です」

「いえ」


 やたらとご満悦の様子だ。質が悪い。

 対照的に、みんなの癒しともいえる可愛らしい女性、神楽澪先生は穏やかに返事をするだけだ。

 少しは見習ってほしい。


「ふふ、皆の恨みつらみを視線で感じるが、まぁテストが始まった以上はどうにもできないからね。ただ、日本語の問題で設問が分かりづらかったり、確認が必要なものがあるなら答えるのもやぶさかではないよ。何かあるかな?」


 元々シーンとしていた教室からは誰からも声が上がらなかった。


「よし、質問はなさそうだね。それじゃあ残りは20分くらいだけど、諸君らの頑張りを期待しているよ」


 それだけ言い残し、諸悪の根源は教室を後にしようとする。


「あ、そうだ。授業中にも言ったけど、どーーーしても問題が解けないって人は、裏面に授業で習った内容をラクガキしておくといいよ。ちょこっとだけ、ほんのちょっとだけ加点してあげるから。まぁ、あんまり期待しないように。それでは」


 それだけ言い残して、災厄の元凶はいなくなった。

 また、解答用紙に目を落とす。そして、解答用紙を裏返すと、そこには十数行程度の文章が書かれていた。

 書いたのはもちろん俺だ。


「(ちょっととは言っていたけど、めぐみ先輩はだいたい5点か10点くらいもらえるって言ってたな)」


 問題が問題なので、救済措置なのだろう。ありがたく使わせてもらう。

 しかも、問題用紙、解答用紙に続く第三の紙は自由に書きこんでよいとのことだったので、事前にテスト勉強を兼ねて色々書きこんできていたから、テストが始まって真っ先にコピペさせてもらったのだ。


 とは言え、点数が付くか怪しい問題がある以上、あの配点50点の問題を解かざるを得ないだろう。

 残り時間、書けるだけ書いてみるか。

 再度シャーペンを握り直し、解答用紙に文章を書きこみ始める。


 ペンを置いたのは、終了のチャイムが鳴り、解答用紙を奪われた後のことだった。


===


――数日後


「えー、それではテストを返却します。皆さんの血反吐を吐いて書いた内容を、愉しく拝見させて頂きましたが、頑張っている人には正当な評価を、頑張ってない人には格別の愛情を持って採点してますので、しっかりと受け止めてください。えーそれでは、愛野さん」


 先日の物理学のテスト結果が返却され始めた。

 学生の苦労を愉しむだなんて、ホントに性格がねじ曲がっているとしか思えないが、これで授業の内容はハードな割にわかりやすい以上、迂闊なことは言えない。


「菊池さん」

「はい」


 返却は出席番号順で、か行である自分はすぐに名前を呼ばれた。


「頑張りましたね。ギリギリ及第点です」


 解答用紙の右上には、61点と赤字で記載されていた。

 高専では赤点が60点に設定されているため、ホントにギリギリだった。


 ホッとしながら席に戻ると、隣の席に座る幼馴染、江藤杏奈(えとう あんな)が小声で話かけてくる。


「なんでアンタが赤点回避してるのよ!」

「いや、赤点回避しないとゲームの時間が減るだろ。追試もあるし」

「そうだけど……」


 アンナは涙目でこちらを見てくる。チラリと机を見ると、40点と赤字で書かれていた。


「……ドンマイ」

「この薄情者っ!」


 小声で怒ってくるが、こればかりは仕方ない。勉強中もいつも通りログインしていた自分を恨んでほしい。


「分かる範囲でなら教えてやるから」

「……絶対だからね」

「あぁ。詳しくは後で」

「んっ」


 自分の席に姿勢を戻したアンナは、機嫌が良くなったように見える。

 昔からそうだけど、感情がコロコロと変わるせいで今何を考えているのかはよくわからないが、悪くはないということは良いことだろう。そう思ってテストを返却している先生に意識を戻す。


「次は、おお、矢口さん」

「はい」


 容姿端麗で文武両道、黒髪ロングの似合うクールビューティで、学内美男美女コンテストで毎年学年代表としてエントリーされている矢口涼子さんが、回答を受け取る。


「本当は100点満点なんだけど、表面裏面と文句のつけようがなかったから110点ね。採点ミスではないから」


「「「「おぉ~~」」」」


 それまで小声でお互いの点数を報告しあってたクラス内が、その発言にどよめいた。

 そんなことがあっていいのかよ。


「ただまぁ仕組み上テストの結果は100点満点でしか処理できないから、残りの10点は定常点として成績に加味されるということは理解しておいてね」

「はい、ありがとうございます」


 美しい声で返事し、キレイなお辞儀をして席に戻る姿はまさに高嶺の花の具現化としか言いようがない。

 席に戻る途中で顔を上げた矢口さんがこちらを向き、目が合う。

 まぁ恐らく、女子の少ない高専において、数少ないクラスメイトである隣の幼馴染の様子を確認しただけだろう。ここでうっかり反応すると勘違い野郎として他の友人らに弄ばれることになるので、気づいていないフリをする。

 そう、どれだけジッと見られている気がしても、これは勘違いだ。そのはずだ。


「さて、回答を配り終わったので、テスト内容について解説をしていきますね」


 出席番号が最後である矢口さんが席に戻った頃合いを見計らって、先生が教室を見回しながら話し出す。


「今回は最高得点が110点、最低得点が40点でした」


 どうやら最高得点麗しの矢口さん、最低得点がウチのゲーム馬鹿らしい。


「解答はすべて記述式ですが、要点がきちんと書かれていて、現代の物理学的に間違ったことが罹れていなければ、なるべく点数をあげるようにしてあります。今日の授業ではその要点について説明していきます」


 今日の授業内容は赤点を回避した自分にはどうやら関係のない内容のようだ。

 必死にメモを取る幼馴染を横目で眺めながら、帰宅後のゲームプランを練り始めるのであった。

===

※この物語はここまでです。

※次のエピソードとは関係がありません。

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