OLなーす

2020年5月度

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――私の看護師を目指したきっかけは、小さな頃のお医者さん


 子供の頃、転んで腕を変な折り方してしまったらしく、ちょっと離れた都会の病院に連れて行ってもらったのだ。

 そこの待合室でお母さんと待っていたら、私が入るはずの扉からは手を機械に取り換えている人達ばかりが出てきて、私の手も取り替えられちゃう!と思って、思わず泣きそうになっちゃったんだよね。

 そんな中自分の番になって、涙をこらえてお医者さんのところに行くと、そこには予想もしていなかったイケメンのお医者さんが待っていたの!

 もうそれだけで痛みを忘れちゃって、何を話したかほとんど覚えていないんだけれど、とにかく優しくて、私の目線に合わせてお話してくれたことは覚えている。

 ううん、もはや、その人に恋しちゃったんだって、子供心に思ったんだ。

 その先生と一緒にいたいと思って、私は医療の道を志した――


「――重さん。糸重さん! 糸重(いとしげ)さん起きなさい!」

「ひゃ、ひゃい!」

「アンタいつまで寝てんの! もうお昼は終わったよ!」

「あ、え、えと婦長すいません、仕事に戻ります!」


 昼休みに昼寝をしていたのだけれど、どうやらお昼終わりのチャイムを聞き逃したらしく、婦長さんに叩き起こされてしまった。


「エリ、ぐっすり寝てたねぇ」


 隣の席の同僚、夜野加奈(よるのかな)が半笑いでそう声をかけてくる。


「もうカナ、気づいてたんなら起こしてよ!」

「えへへ、ごめんっス。寝顔がかわいくてつい」

「もう、そんなこと言ってごまかそうだなんて。その方が面白そうって思ったんでしょ絶対」

「あはー、バレちゃってるっスね。まぁまぁ、チョコあげるから許して?」

「はぁ、まぁ私が爆睡してたのが悪いから許すけど、今度はちゃんと起こしてね?」

「りょーかいっスよーっと。さて、午後のお仕事も頑張りますかね」

「うーん、がんばるかぁ……」


 時は22世紀、人類の寿命は延びていた。昔は人生60年とか、100年時代なんて言われていたけど、人体のアンドロイド化や、記憶の出力保存による脳細胞の保護なんかが行なるようになった結果、今の人間の寿命は200年と言われている。

 そして、世界がそんな風に変わった結果、医療関係のお仕事も様変わりしたのだ。古式ゆかしい白衣の天使は、医療とエンジニアリングを修めたエキスパートの証に。下積みの看護師はスーツを来てオフィスでパソコンとにらめっこする時代になったのだ。

 

「うぅ……。私、図面みるの苦手なんだよぉ」

「もう、そんなこと言ったって今後長い付き合いになるんスよ?」

「むぅー、わかっているとは言え、こんな仕事ばっかりしてたらもっとお金儲けできる企業に転職したくなっちゃうなー」

「そういえばこの前、どこかの大手が医療系に本格参入するからって募集してたっスよ?」

「あーあれね、でも看護師として働けるかわかんないしなぁ」

「でスねー。うちらみたいに医療を志したものとしてはちょっと違うかなー」

「ねー」

「アンタたち、そろそろ真面目に仕事しないと、評定下げるよ?」

「「すいませーん!」」


 評定を下げられると大変だ。ウチの会社では評定がB+以上を2年は取らないと、会社の運営母体である医療機関に紹介してもらえない仕組みになっているのだ。

 つまり、その評定を下げられるわけにはいかないのだ。


「あ、そういえばアンタ達、もうすぐ三年目研修の時期だったっけ」

「えっと、三年目研修、ですか?病院に出向いて、現場の研修をやるっていう」

「そうそう、今年はウチの部署から三人かな」

「三人?」


 そうして婦長は少し離れた席を見る。私からはちょうど見えない位置のようだ。


「というわけで、凪城さん、アンタにも今年は行ってもらうからね」

「は~ぃ」


 どこか気の抜けた返事が返ってくる。そんなほんわか系のお姉さん、凪城萌(なぎしろもえ)さんらしい返事だった。


 そして翌日、婦長の言っていた通り、三年目研修の通達が私たちのもとに届いた。



―1カ月後―



「さて、いよいよ研修初日っスね!気合い入れていきましょー」

「おー」

「お~ぅ」


 "医療法人 三洋会 月城病院"と書かれたネームプレートの付いた門の前で、私たちは掛け声をかけていた。


「それじゃあ案内は萌さん、お願いしまっス」

「は~ぃ」


 一応萌さんが年長者ということで、三人の代表なのだ。


「それじゃぁ早速、受付にいきましょう~」

「萌さん、まだ開院時間前なので、横の関係者入口から入らないと」

「あらぁそうだったわね~」


 早速怪しい気配がするけれど、萌さんの先導に従って私とカナは続いて立ち入った。

 そしてそのまま二階のナースステーションへ向かう。特に迷わずに到着することができたが、そこで用件を伝えると、さっそく仕事着に着替えてくることになった。


「いやー、研修とは言え、ようやく白衣を身に着けることになるとは、感慨深いっスねぇ」

「そうねぇいよいよ看護師に近づいたぁって感じするわよねぇ」

「そうですね、ちょっと緊張しちゃいます……。あの、先にお手洗い行ってきてもいいですか?」

「じゃあうちらは先に更衣室に行きまスか」

「お手洗いは少し戻って右の突き当りらしいから、迷わないようにねぇ」

「大丈夫ですよ!それじゃあ」


 そして私はくるっと向きを変えて、今来た道を戻る。そして角を曲がって右へと進む。

 しかし、突き当りまで進んだが、トイレは見つからなかった。


「え、な、なんで……?」


 まだ大丈夫とは言え、焦る。それに早く用を済ませて戻らないと、二人に迷惑をかけちゃうし――


「どうした、ちっちゃいの。こんなところでウロチョロして」


 ビクッとしながら声のした方を向くと、白衣を着た男性が歩いて近づいてきていた。


「ったく、どうやって入ってきたんだか。どうした、迷子か?」


 すぐそばに寄ってくる。私がぎりぎり150cmに届かない身長なのもあるが相当に大きい


「あ、えっと、その」

「ん? 出口なら向こうのナースステーションまで戻ればすぐだぞ?」

「ち、違うんです。えっと、お、お手洗いを探してて……」

「あぁ、ならこっちじゃなくてまっすぐ後ろの突き当りだ」

「そうなんですか。すいません」

「人の居ない病院は小学生には怖いんじゃないか?付いていってやろうか?」

「しょ。ち、違います!私、今日からここで研修なんですよ!」

「ん?あぁ小学生じゃなくて中学生だったか。職場体験は聞いてなかったが、まぁ精一杯がんばれよ」

「ちーがーいーまーす!今日からここで三カ月間研修でお世話になるんです!」

「あぁ、そういえば研修で企業から何人かくるんだっけ。忘れてたわ。え、お前がその一人なの?冗談でしょ?その身なりで?」


 自分の身なりを振り返ってみる。たしかに身長は小さい。しかも通勤は私服と聞いていたのだが、今朝カナにも「お子様じゃん」って笑われた格好。ぐうの音も出ない状況だ。


「それでもです! 私、もう成人ですから!」

「あっはっはっは、面白いジョークだなそれ。ただ嘘はすぐにバレるから帰った方がいいよお嬢ちゃん」

「あっ、馬鹿にしましたね!? もういいです!」


 フイっと方向転換し、来た道を戻る。後ろでさっきの男性の笑い声が聞こえるが、そんなものは無視だ。

 はらわたを煮えくり返しながら、少し早歩きでまっすぐトイレへと向かったのだった。


***


 用を足して、元々向かっていた更衣室にたどり着いた時には、二人は既に着替え終わっていた。


「ごめん、ちょっと変な人にあって遅れた」

「いいっスよー。それより、病院の中なのに変な人にあったんスか?」

「あらぁ変なことされなかったかしらぁ」

「変なことはされなかったけど、めっちゃくちゃ馬鹿されたの!」

「わかったっスから。とりあえず時間の余裕はあんまりないんで、着替えながらで」

「そ、そうだね。ごめん」

「それで、何があったんスか?」


 私は服を脱ぎながら、先ほどあったことを話す。


「さっきお手洗いに行った時に、間違えてトイレと反対に行っちゃって」

「あらぁそういえばお手洗いの方向を聞いた通りに話しちゃったわねぇ」

「そうなんですよ。それで勘違いしちゃって。そっちの突き当りまで歩いたところで見つからなかったので焦っていたら、白衣を着たおっきな人が歩いてきて」

「イケメンの?」

「そう、悔しいけどイケメンの」


 服を完全に脱ぎ、下着姿になって支給された白色のワンピースタイプのナース服を取り出す。


「それでね、私の事小学生? とか聞かれてね?! 私が研修ですって言っても、きみ迷子なの? とか聞いてきてさぁ!」


 下着姿のままカナに詰め寄る。


「いやまぁ悔しいのはわかるっスけど、その体型じゃ多少はねぇ」

「う゛っ」


 カナは少し男勝りだけど確かに胸元は盛り上がってるし、萌さんはカナよりもはっきりと盛り上がっているのがわかる。それと比べたら、確かに私にはないように見えるかもしれない。


「そ、そうかもしれないけどぉ! でもちゃんとあるんだよ! ぎりぎりBは! 寄せれば!」

「はいはい、分かったから早く服着ないと医者の不養生になっちゃうっスよ」

「う、うん。ごめん」


 手に持っていた新品のナース服に身を通す。新品の匂いが心地良い。

 しかし、胸元は二人と比べると物足りない。


「ううっ、もう少しくらい大きくなるはずだもん。成人になったあとに身長が伸びた事例もあるし」

「身長とバストは比例しないっスからねぇ。異性に揉んでもらうとおっきくなるって噂っスよ」

「それは性的興奮が女性ホルモンを分泌させるからってだけで直接的な効果はないって!」

「はいはい。同じように牛乳を毎日飲み続けても効果はないっスよー」

「うっ」


 そうはいってもカルシウムは大事だからいいんです!


「あらぁそろそろ時間かしらぁ」

「お、もうっスか」

「え、あっと、準備できまし、あ、電子機器はロッカーでしたっけ」

「ウェアラブル系は一応大丈夫らしぃけど、医療機器に接触すると危ないから外しておいた方がいいよぉ?」

「わかりました。じゃあこの辺は仕舞っておいてっと。はい、準備できました」

「よっし、じゃあ今日から三か月間、気合入れてがんばろう!」

「おー」

「お~ぅ」


 掛け声をかけたあと、三人揃ってナースステーションへと移動する。


「しかし、その人、白衣着てたってことはここの医師なんスかねぇ」

「え? あの変な人?」

「そうねぇ」

「えぇ……。もしそうだったとしても、二度と顔も見たくないなぁ」

「でも、ラブコメとかだとこの後すぐ再会して、なんやかんやあってくっつくんすよねぇ」

「あらぁ素敵ぃ」

「そんなこと絶っ対ありえませんから! あんな失礼な人なんか! それに」

「それに?」

「私が好きなのは、ここの院長みたいな優しくて素敵な方なので!」


 そう、ここ月城病院の院長、月城誠二氏こそが私が医療の道を志したきっかけなのだ。

 もうすでにご結婚されて、お二人のご子息がいることは知っているが、私の理想の男性はあの時の先生!


 しかし、広い中庭の青々とした芝がなんだか懐かしい。その芝生は先生と遊んだ思い出の場所。

 私にとっての聖地で、さながら巡礼中の信者のような気分になってしまう。


「うふふ、あ、ナースステーションに到着したわよぉ」

「ふっふっふ、緊張するっスねぇ」

「カナちゃん、あんまり緊張してるようには見えないけど」

「一応ぅ今日のこの時間に集まれる人は集まるって言ってたからぁちゃんとして入ろうねぇ」

「了解っス」

「わ、わかりました……」


 一度、二度、と深呼吸をする。念のためもう一度深呼吸する。


「それじゃぁ入るわねぇ」


 ノックをした後、返事を待って引き戸を開け、順番に入室する。

 入室する際は緊張で足元しか見ていなかったが、入室し終えて顔を上げた時に気が付いた。


「あー!」

「あっ、お前さっきのちっちゃいの。冗談じゃなかったのかよ!」

「冗談じゃないです! 今日からここで三カ月お世話になる糸重絵里とは私のことです!」

「同じくお世話になる夜野加奈でス」

「同じく、株式会社月城医療人材センターより参りました凪城萌です。どうぞよろしくお願い致します」


 ナースステーションに入室していた医療スタッフから拍手が生まれる。

 ただその中で、私をちっちゃいの呼ばわりしたそいつは手を叩かずこっちを見ていたので、私も精一杯睨み返してやった。


――それが、月城亮二との初めての出会いだった。

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※この物語はここまでです。

※次のエピソードとは関係がありません。

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