Bar 5o'clock
2020年6月度
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――カランカラン
入店を知らせる音と共に、一人の男が入ってくる。
薄暗い店内にはカウンターとテーブル席があり、剣呑な雰囲気を醸し出す客が座っているのが、実に裏路地のバーらしい。
「マスター、いつもの」
男はカウンター席に腰かけるなり、そう切り出した。
どうやらこの店の常連らしい。
「かしこまりました」
マスターは一言応え、澱みなく作業を進めていく。
三種類の酒と卵黄をシェーカーに入れ、強めにシェイク。シェイク音をしばらく店内に響かせ、優雅な所作でシェーカーからカクテルグラスへ液体を注いだ後、こちらへと差し出される。
「どうぞ、ナイト・キャップ・カクテルです」
「相変わらず、流石だねぇ」
「ありがとうございます」
「しかし、自分の名前がついたカクテルってのは不思議なもんだ」
「どのように不思議なのでしょうか」
「そうだなぁ」
"ナイトキャップ"それが彼の名なのだろう。
質問された彼は少し考え、そしていたずら顔で質問する。
「"アーディ"って名前の有名人がいて、とある街ではその名前を出すだけで裏路地のネズミも逃げ出すって聞いたら、どんな気持ちになるかい、マスター?」
「ふむ……」
マスターと呼ばれた男"アーディ"も少し考え、切り返す。
「それは確かに、不思議な気持ちですね」
「だろ?」
「では、そちらの感想はいかがですか? "ナイトキャップ"様?」
ナイトキャップはアーディの視線の先にあるカクテルグラスを手に持ち、口をつける。
グラスの中身を流し込み、グラスをそっとテーブルに置いて答える。
「そうだなぁ、ナイトキャップって奴はどうも、甘いところが似てるらしい」
「それはそれは」
お互い目で笑い合う。
「そんな甘いばかりじゃいられないからな。次は、ちょっと強い奴をもらえるかい?」
「かしこまりました」
アーディは少し逡巡し、棚から別の酒瓶を取り出す。
「そういえば、マスターにこれを渡そうと思ってたんだった」
唐突にナイトキャップは言い、上着の内ポケットから小袋を取り出してカウンターに置く。
袋は透明で、中央にハートが描かれた小さなサプリメントのようなものが中に入っている。
「はい、ではまずこちらをどうぞ」
そう言って、アーディは琥珀色の液体と氷の入ったロックグラスをナイトキャップに差し出す。
続けて、「失礼します」と一言断りを入れてから、その小袋を手に取る。
小袋から一粒を取り出すと、しげしげと眺めた後に袋に戻した。
「なるほど、また珍しいものをお持ちになりましたね」
「なに、ちょっと野暮用のついでにね。アンタなら、どうすりゃいいかわかるんじゃないか?」
「えぇまぁ。多少扱ってはおりますので」
そう言いつつ、アーディ怪訝な顔をして続ける。
「しかし、どこでこんなもの手に入れたんですか?」
「おいおいマスター、珍しいものを持ってきたからって詮索はなしだぜ?」
「いえいえ、筋の悪いものは扱わない流儀でしてね。どういったものか、知っておきたいだけですよ」
「ほーん。じゃあこいつも、筋の良いモノってことかい?」
グラスに口をつける。
「えぇ、もちろん。そちらは名の付いた18年物のウイスキーでございます」
「まぁ俺は酒を飲んでも、好きか嫌いかしかわからねぇがな」
ナイトキャップはグラスを再度口に付けて傾ける。
「そういえば、いつも御腰に着けられていたガンベルト、今日着けられていないのは何か理由がおありですか?」
数瞬、彼らの間に沈黙がよぎる。
ナイトキャップは、飲んでいたグラスをカウンターにおいた。
「ふぅ……。流石マスター、よく見てるなぁ」
「恐縮です」
「ちょっと動作が怪しくなってな。ちょうどメンテナンスに出してきたところさ」
「それほど激しく消耗されるような事があったのですか?」
「まぁ、そういうことになるな」
「そして、こちらがその戦利品の一つ、ということで?」
「あぁ、そうだよ」
両手を軽くあげ、降参の意を示す。
「まったく。まぁそいつも今じゃ中々手に入らないらしいとは聞くがね。この惑星が衰退期に入ったとかなんとかで、今じゃ植物はあまり育ちづらく、貴重な物だっていうじゃないか」
「そうですね。そのことが問題になって、もう40年が経ちますか」
「マスターはその時いくつだったんだい?」
「だいたい20歳くらいでしたよ。それこそ、若輩者の私にとっては、目の前が真っ暗になったようでした」
「そりゃあそうだろうさ」
「過去の人間がエネルギーとして消費していたものが、実は星の命そのものだったということがわかった。そして、死に行く星になってしまったことを嘆き、悲しみ、恨む人達が世界に溢れました」
「しかし、その後が大変だったんだろ?」
「そうですね。この星を脱出する者もいれば、乱れる者、救おうと立ち上がる者……。本当に色々な方々がいらっしゃいました」
「それで、マスターはどうしたんだい?」
「ふふ、お互い詮索はなし、ということで」
「はいはい」
そしてナイトキャップは残っていた酒を呷る。
「そういえば、ここを離れられていた間、"花"はどうされていたのですか?」
「ん? ああ、こいつの事かい?」
ナイトキャップはそう言いながら携帯端末を取り出し、画面を見せる。
画面には小さい女の子が写っている。
「"ファースティ"は今回も付いてくるって言って聞かなくてね。向こうに連れて行ったさ」
「ほう、それはそれは」
「いやぁ、戦争孤児なせいか、『一人は嫌だ、パパと一緒がいい』って言って聞かなくてねぇ」
「ふふ、微笑ましい話です」
「そうだ、昔録ったやつなんだが、これとかもう何度も観てしまうんだよ」
ニコニコ動画を見せてくるナイトキャップには、親バカという表現が似合いそうだ。
「しかし、連れて行くのは危険だったのでは?」
「それは俺の娘だぜ?仕込むもんは仕込んでるさ」
「へぇ、ナニを仕込んだって? 俺の相手もしてくれないかねぇ」
突然、見知らぬ大男が後ろから声をかけてきた。
全身毛むくじゃらで、腕が太く、いかにも路地裏の用心棒といった風体だ。
「あ?なんだぁ」
「へへ、おうかわいいガキじゃねぇか。これに仕込むってのはいやいや。しかし、この頃のガキはナマイキだからな。いっそ、俺がそいつを躾けてやろうか? はっはっは……っておい、そっちの袋はもしかしてヤクか!? なぁ、くれよ、おい。そんなにあるんだ、一粒くらい分けたって文句ねぇだろぉ?」
焦点のあってなさそうな目で、こちらに話しかけてくる。
ナイトキャップは心底嫌そうな顔をする。
「はぁ。てめえみたいなクズ、言葉を交わすのも嫌なんだがなぁ」
「あぁ?!何だとこら! いいから寄越せオラぁ!」
言うや否や、ナイトキャップの顔面をめがけて丸太のような腕を振るう。
咄嗟のことだったが、苦も無くその腕をよけ、後ろにひとっとびする。
「いきなりのご挨拶ありがとよ」
「お客様、暴れられるのもその辺に」
「うるせぇおらぁあ!」
その男は話も聞かず、乱暴に腕を振るう。
「ったく、これだから猿はっと」
「ぁぁああああ」
「雄叫びをあげたって当たらねぇよ」
誰も座っていなかったテーブルが乱暴に払われ、店中に破壊音がこだます。
他の客達が、この機に乗じてて金も払わず店から逃げ出していくのが見えた。
「あのな、ここはマスターの店だぞ」
「あ”あ”あ”!」
「聞こえちゃいねぇのかよ、っと」
がむしゃらにふるっていた間隙をぬい、その男の側頭部に一発拳を叩きこむ。
「ぐふぅ…」
「ついてねぇなぁ、こんな時に銃をメンテに出してるなんて」
「がぁああ!」
「よっと。そらぁ!」
「ぐるるぅぅ…」
乱暴にふるわれる大男の両腕を避け、ナイトキャップは的確に拳を叩きこんでいく。
「まだ理性が残ってんなら、悪いことは言わねぇからそろそろやめときな。ここはマスターの店だぜ」
「ぐ、ぐぁぁああ!」
「ったく」
野生動物もかくや、という勢いで暴れ、乱雑に両腕を振るい、周りの調度品を次々に破壊していく。
しかし、ナイトキャップに当たる様子はなかった。
「殴っても蹴ってもキリがねぇな、こいつ」
側頭部、あご、首、急所を的確に打撃しているが、効果は表れない。
「あ”あ”あ”ぁ”!」
「ホントにただの獣じゃねぇか」
そう言いながら、隙を見て打撃を放とうとした時、おぞましい殺気を感じた。
「忠告はしたぜ?」
飛び退り、大きく距離を取る。
「うがぁっ――……」
そして奴は、上下真っ二つになった。
「うぅ……?」
「あー、すまねぇなマスター」
「いえ。ここは、私の店ですので」
アーディの手には、一振りの白刃が携えられていた。
そして、血払いをするかのように二度振り、鞘へと納める。
床には、かつて人間だった二つの物体と、赤い液体が散乱していた。
「しかし、こいつを一振りとは、流石というかなんというか」
「いえいえ。しかし、この場には私と貴方しかおりませんので、どうかご内密に」
「って言ったって、人殺しを咎めるようなまともな奴が、この街にいるか?」
「いえ、そちらではなく。武勇伝をきいて、命知らずが物見遊山に来てしまいますので」
「はは、それはたしかに。いいぜ、黙っておくよ」
「ありがとうございます」
「パパ?」
そんな中、場違いな女性の声が聴こえた。
「ん? なんだ、ファースティ。迎えにきてくれたのか」
「うん。パパ、いなくなったから、探してた」
ファースティと呼ばれた妙齢の女性は、艶めかしい体つきとは裏腹に、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「しかし、よくここがわかったな。教えてなかったのに」
「さっき、逃げ出してきた人がいたから。パパ、だいたいそういうところにいるし」
「あー……」
ナイトキャップはバツの悪そうな顔で宙を見上げる。
「ほっほっほ。ファースティさん、お久しぶりです」
「ん。師匠、お久しぶり、です」
丁寧にお辞儀をすると、大きな胸が揺れる。
それを気にも留めず、アーディは話を続ける。
「はい、お久しぶりです。先ほど幼い頃の貴方の動画を観させて頂きましたが、あの頃からすると、随分と大きくなりましたね」
「パパ、あれ、見せたの…?」
「はっはっは、あれは俺の自慢の宝物だからな!つい自慢したくなるの、っさ……」
「アレ、他の人に見せないでって言ったよね?」
ナイトキャップの首には、ファースティのナイフが突き立てられている。
一瞬で間合いを詰め、受け身すら取らせない早業だった。
そして、彼女の目からは光が消えていた。
「ほぅ、また随分と腕をあげましたねぇ」
「わ、わりぃ。いや、俺が悪かった。今後は気を付けるよ……」
「うん。師匠じゃなかったら、しばらく病院だったよ?」
ファースティは素直にナイフを降ろす。
「しかし、せっかく来ていただいたのですが、流石に今日は閉店せざるを得ないですかね」
「あぁ、面倒起こしてすまねぇ」
「いえいえ、こういう日もありますよ。他のお客様にはご迷惑をおかけして申し訳なかったですがね」
滅茶苦茶になってしまった店内を見渡し、アーディは呟く。
「いや、半分は俺のせいでもあるし、片付けくらい手伝おうか?」
「いえいえ、そちらは不要ですよ」
「そうは言ってもなぁ」
罪悪感があるのか、言葉が濁る。
「それでは、お代を頂いて手打ちにしましょうか。そうですね、先ほどの小袋の中身全てを頂く、ということでどうでしょう?」
「いや、あれは元々」
「私、チップは受け取らない主義なんです。"お代"として、頂きますね?」
アーディは、有無を言わせない雰囲気でそう嘯く。
「はぁ、わかったよ。マスターの言い値でいいさ」
「ありがとうございます。あ、もう一つ」
「なんだ?」
「この種から育つ植物の名前、おわかりになりますか?」
「あぁ、たしか、」
「バルーンバイン。花言葉は、自由な心」
「……だそうで」
「ふふ、ありがとうございます。では、こちらの種、大切に育てさせて頂きますね」
そう言って、アーディは店の片隅から、掃除道具を持ち出してくる。
「お二人とも、本日はお越し頂きありがとうございました」
「あぁ、それじゃあまた」
「師匠、ばいばい」
「あ、最後に。店の前の看板、OpenからCloseに変えておいて頂けますか?」
「あぁ、それくらいならお安い御用さ。それじゃあ、また飲みに来るよ」
「はい。では、いってらっしゃいませ」
こうして、二人はその店を後にしたのだった。
===
※この物語はここまでです。
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