9匹目の猫

2020年7月度お題:「9」「催眠スマホ」「猫」

===

 とあるところに4人の兄と4人の姉のいるオス猫がおりました。


 見た目は小さく、毛並みもぼさぼさ。名前はチビと言います。


 外が少しずつ暖かくなってきた頃、父親にこういわれました


「お前は生まれてどれくらいになったか覚えているか?」


「ええっと、キレイな春と暑い夏、おいしい秋と雪が白い冬が終わりました」


「うむ。それだけ過ごせば普通は一人前の大人猫として認めてやらなくちゃならないのだ」


「そうなんですか?」


「うむ。だがな、今のお前ではとてもじゃないが一人前とは認めてやれないのは分かっているか?」


「はい。いつもいつも叱られてばかりで」


「そうだ、だからお前を一人前と認めてやるために、一つ試練を出してやろうと思う」


「試練、ですか?」


「あぁ。簡単なことだ。大人の猫なら誰でもやっていることだ」


「それは一体なんなんでしょうか?」


「それはな、子供をつくることだ」


「なんですって?!」


「何、子供を生ませて連れてこいとは言わないさ。自分の相手を見つけてこいということだ」


「そんなこと無理ですよ! ぼくは体も小さくて、いつも叱られていて、何にもできないんですよ?」


「パパ、まだ忙しい?」


 父猫の寝室がある方から二番目の姉の声が聞こえます


「いや、もう終わったところだ。すぐいくよ」


 さっきまでのムスッとした声ではなく、猫なで声で応じます。


「いいかチビ。早く見つけて一人前になるんだぞ。いいな、いいからさっさと連れてこい」


 最後にギロリとにらまれて、チビは言われるがまま追い出されてしまいました。


 チビは途方に暮れてしまいます。


「そんなこと言ったって、どうすればいいのやら…」


 しかし、そこは末っ子猫。すぐに名案が思い付きます。


「そうだ、このことを兄ちゃん姉ちゃん達に相談しよう!」


***


 最初は一番上のイチロー兄さんに話を聞いてみます。


「イチロー兄さん、イチロー兄さん」


「おう、なんだチビ」


「イチロー兄さんに質問があるんですが教えてくれませんか?」


 イチロー兄さんは腕っぷしが強く、ここいら一帯のボス猫です。

 こういう困ったことも簡単に解決してくれそうです。

 先ほど父猫に言われたことをありのまま伝えてみます。


「ふむふむ、なるほどな。残念だがその相談には乗れないなぁ」


「それはどうしてですか?」


「ここら一帯のボス猫として、むやみやたらに女を作らないことにしているんだ」


 そういえばそうでした。ここいらでイチロー兄さんは、ハードボイルドでかっこいいと有名なのでした。


「じゃあイチロー兄さんの代わりにぼくが相手してしてあげるって伝えておいてよ。そうすれば僕もイチロー兄さんも困らないでしょ?」


「俺たちは困らないかもしれないが、相手が困ってしまうだろう?」


「だってそうでもしないとぼくに相手なんてできるわけないじゃないか」


「そうでもないさ。しっかり体を鍛えていれば、いつか相手の方から寄ってくるに決まってる」


「もういいよ! 脳筋バカのイチロー兄さんに相談したのがバカだったよ!」


「なんだお前その態度は! こっちがせっかく教えてあげているのに!」


 もはや喧嘩が始まる寸前です。

 しかし、チビには敵うはずもありません。

 チビはさっさと逃げ出してしまいました。


「お兄たん、どうしたの?」


 チビの代わりにやってきた四番目の姉が甘えるように声をかけてきます。


「おぉ、可愛い可愛い妹よ。なぁに、他愛ない事さ。さぁ、それじゃあ二人で出かけようか」


「うん!」


 そう言って二匹もやたらと親し気にその場を後にしました。


***


「やっぱりかっこいいだけの脳筋じゃだめなんだ。そうだ、かしこいジロー兄さんに相談してみよう!」


 そう言ってさっそくジロー兄さんに会いに行きます。


「ジロー兄さん、ジロー兄さん」


「どうしたんだい、チビ」


 ジロー兄さんは二番目の兄で、頭がよく、周りからも天才だと言われている。

 こういう困ったことも簡単に解決してくれそうだ。

 先ほど父猫に言われたことをありのまま伝えてみます。


「なるほどなるほど。しかし残念だけど、僕にもその相談の答えは出せそうにないなぁ」


「それはどうしてですか?」


「恥ずかしながら、僕は女性経験が一匹しかなくってね。それも相手からだったからそういうことにはあまり詳しくはないんだよ」


 そういえばそうでした。普段勉強や実験ばかりしていてあまり外に出ないせいか、知的でかっこいいけど近寄りがたい猫と思われているんでした。


「でもジロー兄さんはけっこう人気があるし、もし好みじゃなかったりしたらぼくのことをおすすめしておいてよ」


「そもそもそんなことはないだろうし、仮にそういったことをやっても誰も助からないんじゃないかなぁ」


「だってそうでもしないとぼくも助からないじゃないか」


「そうでもないさ。しっかり頭を鍛えていれば、いつか相手の方から寄ってくることもあるかもしれないよ?」


「もういいよ! 頭でっかちのジロー兄さんに相談したのがバカだったよ!」


「あっ、なんだその言い方は。それがモノを頼む態度かい?」


 もはや口喧嘩が始まる寸前です。

 しかし、チビには敵うはずもありません。

 チビはさっさと逃げ出してしまいました。


「ジロー、あんたまた何かやったの?」


 奥で様子を見ていた一番目の姉が声をかけてきます。


「あぁ、姉さん。誰かに何かを教えるって難しいよね。少し、自信をなくしちゃったよ」


「まぁそういう時もあるさ。そういう時はお姉ちゃんに一杯甘えていいんだよ?」


「……うん、そうだね。少しだけ甘えさせてくれるかい」


 そう言って二匹はその場を後にしました。


***


「なんだいなんだい。イチロー兄さんもジロー兄さんも少しできるからって。ぼくのことを少しも助けようなんて思っちゃいないんだい」


「どうしたんだいチビ、そんなにイライラして」

「そうよチビちゃん、あんまりイライラしてちゃ毛並みが悪くなるわよ?」


 独り言を聞いていたのか、通りがかった三番目の兄と姉の双子が声をかけてきます。

 こういう困ったことを解決してくれるかはどうかはわかりません。

 しかし、さっきと同じように父猫に言われたことをありのまま伝えてみます。


「そっかそっか」

「なるほどね」


 二匹の呼吸の合った返事が返ってきます


「残念だけど僕たちには答えがわからないな」

「そうねそうね。私たちにはわからないな」


「それはどうして?」


「だって! 僕たち」「私たちは」

「「お互いがいれば他の猫はどうでもいいからね!」」


 そういえばそうでした。二人はお互いの事だけが大事なんでした。


「あぁ、ミツバ! 君もそう思ってくれていたのかい?」

「えぇ、サブロー! 私もそう思っていたわ!」


「もういいよ! 二人に相談したのが間違ってたよ!」


 もはや二人の世界についていけなくなったチビは、さっさと逃げ出してしまいました。


「ふふ、弟には申し訳ないが、僕はミツバのことだけが大事だからね」

「ええ、私もあなただけのことが大事だわ」


 そう言いながら、二匹はどこかに消えていきました。


***


「流石にあの二匹にはわかるはずもなかったか。それじゃあ残りのシロー兄さんに聞いてみるしかないか」


 そう言ってさっそくシロー兄さんに会いに行きます。


「シロー兄さん、シロー兄さん」


「どうしたんだい、チビ」


 シロー兄さんはとにかく人当たりがよく、誰からも好かれる人だ。

 こういう困ったことも解決に力になってくれるかもしれない。

 先ほど父猫に言われたことをありのまま伝えてみます。


「なるほどなるほど。しかし残念だけど、僕にもその相談の答えは出せそうにないなぁ」


「それはどうしてですか?」


「だって誰かと結ばれるには、相手の気持ちに寄りそうことが必要なんだ。そしてそれはどうやったら良いかは猫それぞれだから、こうしたらいいって簡単には言えないんだよ」


 そういえばそうでした。普段から誰にでも優しくしているせいか人気はあるけれど、どこか壁を感じると評判なのでした。、


「でもシロー兄さんはけっこう人気があるし、もし困ったりしたらぼくのことを身代わりにしてもいいんだよ?」


「いやいや、それは相手に対して悪いだろうし、それにチビにも悪いじゃないか」


「そんなことはないよ! ぼくは助かるよ」


「ふふ、ありがとう。でもね、そういう失礼なことは僕にはできないかな」


「もういいよ! 優男で優柔不断なシロー兄さんに相談したのがバカだったよ!」


「こら。例え事実だとしても、そんな風に言っちゃいけませんよ?」


 もはやお説教が始まる寸前です。

 チビはさっさと逃げ出してしまいました。


「シロー、喧嘩でもしたのかい?」


 どこか心配そうな母猫が声をかけてきます。


「いや、違うよママ。でもちょっとだけ、悪いことしちゃったかな」


「あの子も馬鹿な子だからね。あんまり自分を責めるんじゃないよ」


「でも、このモヤモヤした気持ちは自分以外に向けちゃいけないかなって思っちゃって」


「ふふ、そういう時はママにぶつけてくれても……いいんだよ?」


 そう言って二匹はその場を後にしました。


***


「あぁ、あんな兄たちに相談した僕がバカだった! でも、じゃあどうしたら良いんだろう」


 チビはあてが外れて、また途方に暮れてしまいました。


 とぼとぼと道端を歩いていると、近所の人間の声が聞こえてきました。


「なぁ、おいこれ見ろよ!」

「なんだよこれ、変な画面見せんなよ」

「はぁ? お前これ効かねぇのかよ! 催眠スマホだよ催眠スマホ!」

「そんなの信じてんのかよ。バッカじゃねぇの?」

「クッソ―、今度こそ本物だと思ったのにぃ」

「あるわけないじゃんそんなの」

「だってお前これに書いてあるじゃん! "この画面を見せた相手は人間だろうが猫だろうが操れる"って!」

「いやだから、そういう風に言ってるだけで効果ないんだって」


 そうか、そういう方法があるのか!

 チビは閃きました。催眠スマホというものを使っていいなりになる猫を従えれば良いのだと。

 どうやって手に入れればよいか、人間の話を聞いてみます。


「そういうもんかなぁ。絶対あると思うんだけどなぁ」

「ないないって」

「まぁいいや。今日この後お前んち行くから、明日の宿題の答え教えろよ」

「ん? あぁいいよ」

「マジ?! いつもはダメっていう癖に」

「え? あれ? まぁいっか。でも俺が教えたって誰にも言うなよ?」

「分かってるって! いやー持つべきものは友達ってやつだなぁ」


 そのまま二人組の人間はどこかに歩き去っていきました。

 情報は得られませんでしたが、チビはあきらめませんでした。


「仕方ない。もっと人間が多いところに行って情報を集めるか」


 そう言って、チビと呼ばれた猫は、一匹で人の多い明るい街へ消えていったのでした。

===

※この物語はここまでです。

※次のエピソードとは関係がありません。

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