桃色

2020年8月度お題:「戦車」「蝉」「空き缶」

===

 それは突然の事だった。


 もうすぐ夏休み。そんな朝から蒸し暑い、蝉の鳴き声のするとある朝のことだった。


 少し寝坊して、うっかり忘れものをして、気づいたら随分遅刻していて、慌てて駅に駆け込んだら高校の1時間目の授業に間に合うギリギリの電車が目の前で発車してしまった。


「間に、合わな、かった、かっ」


 息も絶え絶え独り言ちる。

 電車が通り過ぎた後、顔を上げると、反対側のホームに人が立っていた。

 別に人が居るのは不自然じゃない。不自然なのは、その人の恰好だった。

 淡い桃色の髪に、片手には本、もう片手にはおにぎりを持っていたのだ。

 そしてこんな暑い朝なのに、長袖の上着にフードまで被って、しかも汗一つかかず、まるで一人だけこれから雪山に行くのかと思うような格好だ。


 そうしてマジマジと見つめていたからだろうか。それともたまたま偶然だろうか。"彼女"が顔を上げてこっちを向いたのだ。そして視線に気づいたのだろう。少し笑って、こちらに手を振ってきたのだ。


 まるで、戦車に砲撃されたかのような衝撃だった。


 ――それが、僕の初恋の第一歩だった。


***


 その日、気づいたら放課後になっていた。


 遅刻して担任に説教されたり、宿題忘れてきて怒られたり……、正直言って上の空だった。

 "彼女"の少しはにかんだ顔が、どうしても忘れらなかったのだ。


「おいおいどうした兄弟、今日は随分と上の空じゃないか」

「やめろよコージ。暑苦しいだろ……」

「なんだよエージ、つれないなぁ。今日は朝から変だったからこうして気にかけてやってるってのに」

「いや、まぁその、なんだ……。そんなに変だったか……?」

「うわ、自覚なかったのかよ」

「それ以外に何かあるのか?」

「うわ、セージにまで心配されてたのか……。相当変だったのかよ……」


 心外な、という仏頂面でこちらを見下ろすデカい男が国府宮誠二(こうのみやせいじ)。

 いきなり肩を組んできた馴れ馴れしい男が西野浩二(にしのこうじ)。

 そして、俺、泉谷英二(いずみやえいじ)。

 仲のいい三人組だが、全員最後に"じ"がつくせいで、"ジーズ"なんて呼び方をする奴もいる。


「しっかし、悩みがあるなら相談しろよー水臭いなぁ。俺たちジーズだろ?」

「いや、ただの腐れ縁の幼馴染だろ」

「だが、話してみると、解決しなくともスッキリすることもあるのではないか?」

「いや、うん、まぁそうなんだけど、ちょっとここでは言いづらいというか」

「ふむ。じゃあ、"いつものとこ"でならどうだ?」

「まぁ、それなら」

「おっけー、じゃあ今からレッツゴーだねー」


 "いつものとこ"とは、隣町にある喫茶店のことだ。

 昨年バイトさせてもらった際に気に入り、客としても入り浸るようになったお店だ。

 マスターは良い人で、相談にも乗ってくれそうだ。


 その後、3人でその店についたのは割とすぐの事だった。

 夜はお酒も出してにぎわうのだが、ちょうど人がいないタイミングなのだろう。俺ら3人以外にお客はいなかった。

 なので、遠慮せず、3人でドカッとカウンターに並んで座る。


「マスター、アイスコーヒーを一杯」

「あ、俺はオレンジジュースで」

「えっと、僕は……カフェオレで」

「あいよ」


 マスターは注文を聞いて、それぞれのオーダーしたものをすぐに持ってきてくれた。


「それで、ここでならいいんだろ? 悩み事あんなら話してくれよー。力になるぜ?」

「あぁ、何か手伝えることがあるなら、俺も力を貸そう」

「おぅ、悩み事かい? バカのコージと違って勉強もできるし、お堅いセージみたいに誰かとぶつかったりしたわけでもあるまいに」

「ちょっと、マスターひどくない?!」

「あまり否定はできないが」

「はっはっは。まぁ話を聞くだけ聞いてやろうか」


 マスターは良い人で、こうして僕らが悩んでると相談に乗ってくれる。

 もちろん、仲の良い二人が味方をしてくれるのも心強い。


 だけど、ちょっとだけ、気恥ずかしい。けれど、みんなになら、と思い、意を決して話し出す。


「えっと、実は――」


***


 今朝あったことを話す。俗に言う、一目惚れをしてしまったことを。

 流石に予想をしていなかったのだろう。他の3人はどう、言葉をかけたものか悩んでいるようだ。


 「「「「………」」」」


 少しだけ、居心地が悪くなり始めたころ、マスターが声を発した。


「色恋ってのはその時の運だからなぁ。好きになったんなら全力で追いかけろ、って言いたいところではあるが、相手の正体がわからないんじゃなぁ」

「俺も家柄的に長くこの地域に住んでいるが、そういった身なりの女性を見たことはないしな」

「んー、俺も知り合いの女の子にそういう子はいないなぁ」

「いやコージはまだ高校生だし、流石に知り合いにはいないのではないか?」

「うんー?いや、結構大学生のお姉さんとか、OLさんとかにも知り合いはいるけど、そういう人は思い当たらないなぁって」

「「まじかよ」」


 僕を除いた二人が驚いた。


「あ、知り合いで思いだしたんだけど、この前同じ高校の女の子がさ」

「お前どんだけモテるんだよ…」

「いやー、モテるっていうか話やすいだけだと思うよ?基本的に彼氏か彼氏候補がいる子ばっかりみたいだし」

「「えぇ…」」


 僕以外の二人は今度は絶句していた。


「えっと、それで、何を思い出したの?」

「あ、そうそう。なんか最近ここから電車で三駅くらいのとこに、すっごい当たる占い師が店を出したって話を聞いたのを思い出してさ。恋愛から探し物までなんでも分かっちゃうっていうんで最近噂になってるんだってさ」

「占いか……。家柄的にそういったものはあまり信じられないんだがなぁ」


 セージは神職の息子だ。だが、彼はあまり神様とか霊的なモノを信じていないらしく、それで良く父親と喧嘩している。


「まぁ当たるかどうかは正直どうでもいいんだけど、キレイな女性だって聞いたからさぁ」

「「お前はそっちが狙いかよ」」


 マスターとセージがまたもやハモる。


「まぁ、それはそれとして、というか、俺が行きたいだけなんだけど、エージも来る?」

「今から?」

「あぁ、どうやら店が開いてるのは夕方の時間帯だけらしくて、しかも少し外れたところでやっているらしいから少し探さないと見つからない可能性があるらしいよ」

「そうなんだ……」


 正直、少し興味はある。


「えっと」

「悪いが俺はパスだ。……すまんな」


 先んじてセージが断りを入れてくる。


「いいっていいって。仕事だろ?」

「あぁ、すまない」


 セージの住む神社では毎年夏に祭りが開かれている。

 そのためこの時期は夕方から打ち合わせがあったりするので、その補佐として出ないといけないらしい。


「じゃあ俺とエージだけで行きますか」

「う、うん……」

「よっし、それじゃあ行きますか。マスター、お勘定でー」

「あいよっと」


 さっさとドリンクの代金を支払い、三人連れ立って喫茶店を出る。


「じゃあここで」


 そう言ってセージとは分かれたのであった。


***


 電車で三駅といえば、割とすぐだ。喫茶店から十分ほどで駅に付くし、電車もまだこの時間は混んでいない。

 そして目的の駅について、"だいたいこの辺にいるはず"と言われていた駅裏の路地裏に差し掛かる。


「そんじゃこっからは二手に分かれるか」

「えっ」

「だってそっちのが効率がいいだろ?それに二人で見つけてもどっちか待つことになるし、先に見つけた方が先に占ってもらうってことでさ」

「い、いいけど。僕、占い師がどんな人か知らないよ?」

「あぁ、なんかフード被って暑苦しい如何にもな感じって言ってたから、見ればわかると思うよ。机に水晶乗っけてるって言ってたし」

「えぇ、うん、まぁわかったよ」

「おっけー。んじゃ俺この区画、そうだな、信号5つ先からこっち側に向かって歩いてくるから、ジグザグに行って探してみるか」

「うん。わかった」

「うっし、んじゃなー」


 そういって、コージはすたすたと歩き去ってしまった。

 ホントに見つかるのだろうか、というか、そもそもそんな人いるのだろうか。

 そうモヤモヤと考えながら、一つ目の角を曲がる。


 そして路地の中ごろに差し掛かった時、足元に転がっていた空き缶を蹴ってしまった。


「ひゃっ!」


 そこに占い師が座っていた。


 言われた通り、ザ・占い師という格好で、机の上に水晶が乗っていた。

 ちょうど電柱の陰になっていて、通りからは見えないようになる位置だった。

 まさかこんなにすぐに見つかるとは、そう思いながら声をかける。


「あの、すいません」

「ふわぁあ! はい! えっと、占いですか?!」


 "彼女"が慌てて顔を上げる。その拍子にフードが外れる。

 そして、淡い桃色の髪が湧き出てきた。


 そう、"彼女"がそこにいた。

===

※この物語はここまでです。

※次のエピソードとは関係がありません。

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