恋占いは突然に
2020年9月度お題:「バスタオル」「くらげ」「ヘアピン」
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「そういえばヨーコ、今日は珍しいヘアピンしてるね」
夏休みが明け、暦上はとっくに秋になっているにも関わらずまだまだ暑い日が続いている、そんな時期の昼休み。冷房が効いた教室の中で、一緒にお昼を食べ始めた幼馴染の水木洋子<ミズキ ヨウコ>に向かって真っ先にそう切り出した。
「あ、そうなんだよぉ。今日の占いでね、ラッキーカラーは白!ラッキーアイテムはヘアピン!って言ってたから着けてきたんだぁ。似合ってる?」
高校一年生になって半年、世間一般からしたらまだまだ子供と言われる年齢とは言え、同い年の私から見ても童顔に見える幼馴染が野暮ったい眼鏡の上あたり、セミロングの髪を留めている可愛らしいヘアピンを指さして問いかけてくる。
「ちなみに、その白い奴、何?」
「クラゲだよぉ!」
「クラゲって……。流石に子供っぽすぎない?」
「そ、そうかなぁ……」
「普通にシンプルな奴でよくない?」
「でもクラゲもかわいいよぉ……?」
しょんぼりとしたヨーコの様子を観て、少し良心の呵責という奴が生まれるが、もういい歳なんだし子供っぽいのはどうかとも思うので弁解はしないことにした。
「うーん、まぁ今日は他の持ってきてないから今度は気を付けるねぇ?」
「うん、そうしときな」
「えへへ、ありがとう」
「しかし、このご時世で未だに占いを信じてるなんて、ヨーコも変な子だよねぇ」
今は西暦2134年。占いが始まったとされるのは紀元前4000年以前と言われていて、約6000年ほどの歴史があるらしい、というのはヨーコから聞いた話だ。
ただ、60年くらい前に戦争が起き、嫌気がさして宇宙に目を向けた人たちが見つけた鉱石によって、仮想世界と呼ばれていた電子の世界の情報を現実に反映できるようになったおかげで、今では飲食物や一部の高級品、建物や乗り物などを除いた全てがこの素材を通じて仮想で作ったものを現実に反映して使われている。らしい。
大昔ならいざ知らず、これだけ便利になった世の中で未だに占いみたいな子供だましを信じるなんて子供っぽい、と以前言ったら随分拗ねてしまったので、言わないことにしているが、私はずっとそう思っている。
「むぅ……。でもでも、今日の星座占いの運勢は4位で『思った通りにはいかないけれど、結果オーライなことが続く予感!予想外のお誘いもあるかも?!』って言ってたんだよ?今日の授業当てられないと思ってたのに当たったのは焦ったけど、宿題でなんとか解けたとこだけだったからセーフだったしちゃんと当たってるんだよぉ!信じる者は救われるんだよぉ!」
「はいはい、じゃあ予想外のお誘いって?」
「そ、それは……まだ、だけどぉ……」
「まぁ当たるも八卦当たらぬも八卦って言うし、占いなんてそんなもんよ」
「あ、そういえば八卦ってって言えばね――」
こうしてお昼休みはあっという間に過ぎ去り、午後の授業も眠気と戦っている間に終わってしまったのであった。
***
「んー、終わったぁ」
「授業はね。じゃあ私、これから部活だから」
幼馴染のトモはいつものキリっとした雰囲気でそう言ってカバンに筆記具などをしまっている。
「あ、トモ、途中まで一緒に行こうよぉ。私も今日は月一の会合なんだよぉ」
「会合って、あぁ、占い研究会だっけ」
「占いじゃなくて占星学研究会だよぉ」
「そうそう、それそれ。あの変わった先輩がいるんだっけ」
「変わった先輩……たしかにガク先輩は占星術オタクだけど、優しくて勉強もできる人だよぉ」
「ふーん、ヨーコはガク先輩に惚れてる、と」
「ち、違うからね!そういうんじゃないから!ただの占いの同士って感じで」
「はいはい、わかってるよ。ヨーコはそういうところもおこちゃまだもんね」
「うぅ……」
トモは幼馴染だけど誕生日が自分よりも早く、昔から何かとお姉さんぶって自分を子ども扱いしてくるのだ。
たしかに身長も低い方だし、胸もそんなにないけど……。
「私、そろそろ行くけど。トモはどうする?」
「あ、待って、私もすぐ準備するから!」
慌てて机の上に置いてたものをカバンにしまい、席を立つ。
先に教室を出てしまったトモに追いつく。
「もう、トモの意地悪ぅ」
「ごめんごめん、でも、ああでもしないと急がないでしょ?」
「それは、そのぉ、ごめん」
「まぁいいって」
そう言いながら自然と隣に並んだ私の頭を撫でるトモ。
こんな風にされるのも、もうずいぶんとなれたものだ。
「そういえば、会合ってどこでやるの?」
「研究会だから部室もないし、先輩の教室でいつもやってるんだよぉ」
「先輩の教室ってことは、卓球部の練習やってるとこの上の方だっけ」
「そうそう。だからそこまで一緒だねぇ」
「と言ってる間に着いちゃうんだけどね」
「そんなぁ!」
トモの所属している卓球部は、校舎の隅の方にある多目的ホールで練習をしている。
ただ、自分のクラスからはほんの教室4つ分しか離れていないため、すぐに着いてしまったのだった。
「それじゃあヨーコも頑張ってね」
「うぅ、トモも練習頑張ってねぇ……」
名残惜しくはあるものの、気持ちを切り替えて階段を上る。
先輩の教室のある4階へたどり着き、廊下を進む。上級生のフロアに入るというだけで少し緊張してしまうが、既に部活動の時間に突入しているからか、こちらを気にする人はほとんどいない。
「えっと、ここ、だよねぇ」
既に何度か通っているにもかかわらず、改めて確認してしまうのは、月に一度だけだからなのか、上級生がいるはずの教室に一年生の自分が来てしまっているからなのかはよくわからない。
しかし、確認するだけではらちが明かないので、まずはそっと教室の中を確認してみる。
「おっと、悪いね。何か用?」
ちょうどクラスの別の男子が出てくるところだったらしく、危うくぶつかりそうになる。
「あっと、えっと、占星学研究会の」
「あぁ、岳ね。ガク―、彼女さんがお迎えだよー」
「えっ、ちょっ、ちがっ」
「マサト、彼女は大事な研究会員なんだから、変なこと言わないでくれるかい?」
こちらの訂正よりも早く、教室の奥から優しくしっかりとした声でガク先輩がフォローしてくれる。
「あっはっは、ごめんごめん。んじゃっ」
そう言ってガク先輩の親友らしい、と聞いたマサト先輩が颯爽と逃げ出していくのを見送った。
「すまないね。今度しっかり叱っておくよ」
「い、いえ、そんな」
恥ずかしさを感じながらも、そう声をかけてくれるのが少し嬉しかったりする。
「さぁ、それじゃあ研究会の定例報告を始めようか」
そうして、幽霊部員を除いた、二人きりの研究会の報告会が始まった。
***
「――というわけなんだ」
お互いにここ1カ月の研究結果という名の占い情報交換会はそろそろ1時間が経とうとしていた。
先に私が報告し、次にガク先輩が報告。お互いに知らないことや気になることは都度質問をするが、私が回答に時間がかかっても嫌な顔せずに待ってくれるし、こちらの質問が要領を得なくてもうまく拾って分かりやすく説明してくれるところは本当に頭がいいし優しいなって、純粋に尊敬してしまう。
「だから、この研究は今月も続けてみようと思っているんだけど」
そんな先輩が珍しく言いよどむ。
「どうかしました?」
「あぁ、えっと、その、だな。実は今夜は天気も良いし、屋上で天体観測をしながら実際に占ってみようかなぁと思っていて、だな」
「え、いいじゃないですかぁ!素敵ですねぇ!」
「うん。それで、もしよかったらなんだけど、一緒に学校に泊まって天体観測、してみないか、なって」
「へっ……?」
突然の誘いに思わず動揺してしまう。
ガク先輩は占星術オタクで運動神経はそれほどではないけれど、学年でもトップクラスの頭の良さだし、顔もイケメンの部類だし、何より誰にでも優しいこともあって実はひそかに人気があったりする。
そんな先輩からお泊りのお誘いだなんて、そんな。
「え、えっと、その」
「あぁ、いや。無理にとは言わないよ。でも、その、せっかくいい日だし、実はもう先生たちの方には今晩行うことについては許可もとってあるんだ」
「え、そ、そんな」
どうしよう。ガク先輩は研究会の先輩で、純粋に天体観測のためにお泊りするんだろうけど、でも、もしかしたらなんだか良い雰囲気になったりしたらどうしよう。いや、でもガク先輩しっかりしてるし、そこらへんはわきまえてるのかな。でもでもガク先輩だって高校三年生の男子だからもしかしたら、いざとなったらそういう、その、そんな感じになってしまうかもしれないし、でもでもでも……。
「あ、えっと、その流石に今からっていうのはマズかったかな?家庭の事情とかもあるかもしれないし」
「ひゃい! え、えっと、門限とかは特にないし、トモちゃん家にお泊りした時とかはお母さんに事前に相談してたからお泊りすること自体は大丈夫だと思うんだけどぉ、でも今晩はうちにおばあちゃんも居て夕食の当番にもなったりしてたりするからいきなりは流石にその」
「あー、やっぱりそうか。ごめんね」
ハッとして顔を上げる。
「い。いえ! その、嫌とかではないというかむしろ嬉しいんですけど、いきなり今日は、その、ちょっと難しいというか、むしろ心の準備が出来てないというかですね」
「あはは、そりゃそうだよね。ごめん、いきなり言った僕が悪かったよ。今度はちゃんと企画して相談するね?」
「は。はい。すいません。お願いしますぅ……」
最後は尻すぼみの返事になってしまった。
なんだか気まずい雰囲気になってしまったので、この日はこれでお開きとなった。
その後二、三会話したと思うのだけれど、内容は全く覚えていない、というか、そのことを悶々と考え続けていて、気が付いたら家に帰ってシャワーも浴びて、バスタオル一枚で自分の部屋のベッドに倒れ込んでいる有様だった。
「うぅ、どう答えればよかったんだろう。というかいっそ、ううん、でも……」
夕飯のことなんてすっかり忘れて、そのまま寝落ちしてしまったのは言うまでもないことでした。
***
「あぁ、失敗したなぁ……。次、なんて誘えばいいんだろ……」
僕は一人、夜の学校の屋上で、星空に向かって問いかけていた。
星はキレイで、でも何も答えは返ってこない。
「一人で舞い上がって、こういうロマンチックな方がいいよなぁ、とか、事前に色々計画したのに本人の予定確認し忘れてことに直前まで気が付かないなんて、ホントどうかしてたなぁ……」
ピロン、とメッセージが入った音がした。
『よう、お取込み中?』
マサトからだった。
仮想通話でなく、あえてメッセージチャットのみなのは、彼なりに配慮したのだろう。今はその気配りが恨めしい。
「一人で黄昏てますよ、っと。送信」
『フラれたの?ご愁傷様~』
「フラれてないって。ただ予定が合わなかっただけ。送信」
『まさか、予定確認してなかったの?ドタキャン?』
「そのまさか。送信」
昼間の暑さはどこへいったのか、思っていたよりは涼しい風を感じる。
ややあって、ピロンとメッセージが届いた音がする。
『ガク先輩、すいませんでした。また今度、誘ってください』
今度は水木さんからだった。申し訳なさそうな顔が目に浮かぶようだ。
少しにやついてるかもしれない。念のためメッセージチャットで返信しておこう。
「じゃあ、来月の会合の時とかどうかな?企画してみるね。天気とか、立入許可とか次第だけど。送信」
来月こそ告白しよう、と、改めて心に誓うのであった。
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※この物語はここまでです。
※次のエピソードとは関係がありません。
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