魔法剣の秘密
2021年3月度お題:「ワイン」「チーズ」「我慢」
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「ぐうっ!!」
「くっっっ!!」
私と、共に戦っている大公国騎士団団長は、"ソイツ"の一撃に吹き飛ばされる。
「ったく、なんつー威力だ。おい、ひよっこ見習い、まだ死んでねぇだろうな」
「当たり前です!あとひよっこではないです!」
ひよっこ見習いと呼ばれた私、テンコは団長に向かってすぐに応える。
「グオオオオオオオ!!!」
先ほど私たちを跳ね飛ばした怪物は、真っ黒な身体と特徴的な羽を震わせながら雄叫びをあげる。
いわゆる"悪魔"と呼ばれる存在だが、雄叫びと共に漏れ出した魔力が衝撃波となって届く。
「なんつー魔力量だ。悪魔の中でも随分やべぇ奴が出てきやがったな」
「しかも、首都にこんなに近い場所に現れるなんて」
「あぁ、もしここで俺たちが倒れれば、首都に甚大な被害が出る。死ぬ気で倒す覚悟はできたか?」
「とっくに!」
そう言いながら、右手に握る愛剣に炎属性の"魔法付与<エンチャント>"をかけ直す。
「ふん。そんなんだからひよっこで見習いなんだがなぁ」
団長はこちらを一瞥した後、自身の剣を構え直す。その刀身は青い"魔法剣"の光を放っていた。
"魔法付与"と"魔法剣"は似て非なるものだ。
どちらも物体に対して属性を付与し、付与された物体を強化する魔法ではあるが、そこに宿る力は"魔法剣"の方が圧倒的に強い。それは目の前の悪魔を見れば一目瞭然。
団長が与えた傷はしっかりと悪魔の肉体を抉っているのに対し、私が与えた傷はかすり傷程度。団員の間では団長との剣の腕前は互角と噂される私でも、これほどの差が出てしまうのだ。
その悪魔は吠え終わると、こちらをしっかり見据えてくる。発せられる恐怖感に、内心冷や汗をかく。
「ようやく遠征から帰ってきたし、今夜は秘蔵のワインとチーズを楽しもうと思ってたんだがなぁ」
「私だって、ローラさんのお店で美味しいもの食べようと思ってたんですよ!」
「あいつの店なら違いねぇな!そんじゃ、お互い生きて帰らなきゃなんねぇわけだ」
そして、油断なく悪魔を見据えながら、ニヤリと笑う気配。
「まぁ、"ご褒美"は一旦我慢するか。まずはコイツをどうにかしねぇとな」
目の前の悪魔が両手に青い炎を宿す。そしてそれをこちらに向かって投げつけてきた。
「私が!」
団長の機先を制し、飛び出しながら炎属性の魔法をいくつも展開してぶつける。
悪魔が放った青い炎と、私が展開した赤い炎魔法がぶつかり、相殺される。
「やあぁぁぁああ!」
その爆炎の陰から飛び出しながら、裂帛の雄叫びと共に魔法付与した剣を悪魔に叩きつける。
悪魔の方は、篭手で受け止めるかのように、左手前腕で剣を受け止める。
剣と悪魔の魔力がぶつかり合い、閃光が飛び散る。
「もらったぁ!」
悪魔にとっての死角、私の右脇から飛び出してきた団長が青い魔法剣を跳ね上げ、剣を受け止めていた腕の肘から先が切り飛ばされる。
「グギャァァアアアアアア!??」
たまらず、その悪魔は悲鳴を上げながら後ずさる。
「今なら」
「下がれ!ひよっこ見習い!」
「?!」
追撃をかけようと前のめりになっていた私を団長が思い切り引っ張り、後方に吹き飛ばした。
そして団長は、黒炎をまとった悪魔の右手を魔法剣で受け止め――切れず、吹き飛ばされる。
その身体は、近くの岩にぶつかって止まった。
「団長!!」
私は急いで団長に駆け寄る。頭と口端から血を流しながらも、まだ意識はあった。
「すまねぇ、ひよっこ見習い。ちっとばっかし油断しちまったみてぇだ」
「そんな、私のせいで!」
「おめぇのせいじゃねぇ、ゴフッ」
「! 団長、無理に話さないで下さい!!」
「グゥゥゥ、グォオオオオオオオ!」
片腕を切り飛ばされた悪魔が、再度雄叫びを上げる。
団長は浅い息をしながら、しかし、強い意志を持った目でこちらに話かける。
「今、この場でアイツと戦えるのは、お前しかいねぇ。お前が、アイツを倒すんだ。でなきゃ、首都にいる友人が、仲間が、大切な人達が傷つくぞ」
「し、しかし」
先ほどのやり取りでもそうだった。魔法剣を使った団長の斬撃は悪魔の左腕を切り飛ばしたが、私の一撃は傷一つつけられなかったのだ。そんな私がどうやって。
「ふっ、しゃあねぇ。魔法剣のコツ、教えてやらぁ」
「!?」
いつもこちらから聞いてははぐらかされていた、それを今、ここで?
「なぁに、簡単なことだ。その剣に、魔力じゃなく、自分が護りたいものを想う気持ちを乗せる。それだけさ」
「それは」
それは言うだけなら簡単かもしれない。でもそれだけ?
団長は一度血を吐き出してから、言葉を続ける。
「まずは剣を構えろ。そして、自分と剣を、一本の剣だと思え。その剣の中心に、護りたい気持ちが集まる、イメージをしろ」
涙目になりながら、団長の言った通りにする。
切り飛ばされた片腕を拾い上げ、叫び声を上げる悪魔を見据えながら、剣を構える。
そして、悪魔の動きを気配で捉えながら、目を閉じる。
「いいか、魔法を使うことは、考えなくていい。お前の大事なもの、それを剣の中に、イメージしろ」
言われた通りにイメージする。命をかけて護ると決めた幼き姫様を、見守ってくれた騎士団の面々を、私を護ってくれた団長を、笑いかけてくる友人を、酒場で楽しそうにするみんなを。
「そして、それを護るもの、結界でも、障壁でも、魔法でも、なんでもいい。とにかく、その大切なものを、宝箱にしまうように、優しく、強く、護ることを、イメージしろ」
集中する。私の大切なものを、護るイメージを強くする。
悪魔と相対した恐怖感が、少しだけ薄れて行く気がする。それに伴って、心が、身体が、温かくなっていく気がする。
「いいか、特別な呪文も、装備もいらねぇ。護るべきものを芯に、自分を剣に、魔力で包むように、だ」
剣も含めて自分自身を魔力で包む、身体強化の魔法のように、魔力を巡らせ、強く、強くしていく。
「そうだ。いいか、ここでお前が倒れたら、その大切なものが壊される。絶対にそんなことは、させない。そういう、強い想いを、魔力にこめろ。そして、それを全身に、剣に、心に流し込め」
絶対に護りたい。いや、護るんだ、という気持ちを込めて、魔力を巡らせる。
「ふっ。おい、なんだ、案外やれんじゃねぇか」
私はゆっくりと目を開く。
構えた剣は、紅い魔法剣の光を発していた。
「だ、団長!」
これまでどれだけ練習しても見ることができなかった光が、握った剣に宿っていた。
「あぁ、それで大丈夫だ。いいか、大切なものを護るイメージ。これを忘れる、な……」
そこで団長は意識が途切れたようだ。だが、まだ息はある。
早くアイツを倒して、治療を受けさせないと。構えた剣越しに改めて悪魔を見据える。
「グゥゥ!グォォオ!」
悪魔の方も、切り飛ばされた片腕を放り投げ、紅い剣を構えるこちらに憤怒の表情で向き直った。
先ほど感じた恐怖がない、と言えば嘘になる。けれども、逃げ出したいとは思わない。
「私は、私の護りたいものの為に、戦う!」
しっかりと悪魔の方を見据えて宣言し、そして駆けだす。
悪魔の方も、無事な方の腕でこちらを殴りつけてくる。
「グゴォォォ!」
「やぁあああああ!」
気合を乗せて振り下ろした剣は悪魔の拳とぶつかり、一瞬拮抗するも、そのまま両断した。
私は振り下ろした剣の勢いを殺さないように身体を縦に一回転させ、今度は悪魔の肩口から剣をまっすぐ振り落とす。
「グ、ギャアアアアアアア!!!」
無事だった腕も切り落とされた悪魔は、悲鳴を上げる。
私は一度地面に着地し、成人男性を優に超える体躯を持つその悪魔を睨め上げる。
「これで、終わらせるっ!」
地面を蹴って飛びあがると、今度は剣を横薙ぎに二閃。棒立ちになっていた悪魔の首と、頭に生える角を切り飛ばす。
悪魔の象徴である角は魔力器官として知られており、首を落としただけでは倒しきれない。そのため角も切り落とし、首を切り、それでようやく消滅させることができるのだ。
「アァァァ…………!」
悪魔は断末魔をあげ、それから、身体は灰となり消えていく。そして完全に消滅すると、その場には切り飛ばした角だけが残っていた。
それを拾い上げ、後方に倒れている団長の元に歩き出した。
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「という感じですね」
「わぁあ!すごい!テンコは悪魔を倒したんだぁ!」
目の前で、幼さの残る少女、もとい、レイア姫様が目を輝かせる。
「えぇ。とは言っても、随分昔の話ですけどね」
「団長さんは、その後どうなったの?」
「あぁ、団長は。ちゃんと生きてますよ。なにせ、今姫様の後ろに立ってこわーい悪魔みたいな顔をしているお師匠さんがその人ですからね」
「!!?」
レイア姫は驚きと焦燥を浮かべた顔で、勢いよく振り返った。
あごひげを撫でながらこちらを見下ろしていた男性と目が合ったようだ。
「まったく、剣術の授業を抜け出して、どこに行ったかと思ったら……」
「ち、違うのよ、レイド師匠。用事があったんだけど、テンコの話が面白くて、つい」
「言い訳は無用です。さぁ、戻りますよ」
「て、テンコぉ」
「あっはっは。姫様、頑張ってください」
「そんなぁ! じゃ、じゃあテンコも一緒に訓練を」
「そうですねぇ……」
少しだけ考える振りをする。
「おいおい、テンコ。お前さんの方も騎士団団長としての仕事があるだろうが。あまり甘やかしてくれるな」
「だそうですよ?」
「そんなぁ!うぅ……」
前団長に引きずられながら、恨めしそうな顔をする姫様に笑顔で手を振る。
護りたいと強く願った姫様を笑って送り出し、私は騎士団の仕事に戻るのであった。
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※この物語はここまでです。
※次のエピソードとは関係がありません。
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