快速、夏行き

2021年6月度お題:「マック」、「トライアングル」、「醤油」

===

 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン――

 座席に一人ポツンと座っているせいか、規則的な電車の音が耳によく響く。


 どこか居心地の良さを感じながらも、まるで体から切り離された世界の音のように感じるのはなぜだろう。

 少し首をひねって電車の窓の外を見る。窓の外にはキレイな海と、遠い夏雲が見えた。

 青々とした空と海を見てもトキメキを感じなくなってしまったのはなぜだろう?

 少なくとも、去年見た時はそうでなかったはずだ。私と、彼と、彼女と見たあの時は。


 「私の青春はもう、終わってしまったのかな」


 そう呟いて、遠い昔の記憶に想いを馳せた。


===


 ――ガタンゴトン、ガタンゴトン

 「あ、陽子。見てみて!海すっごいキレイ!」

 「もう、環奈はしゃぎすぎ」

 「まぁまぁ、いいじゃん。せっかく遠出してるんだし、ちょっとくらいさぁ」


 私はその日、幼馴染の二人と旅行に出かけていた。

 とはいっても、あくまで日帰りで海に遊びに行く、ほんのちょっとした遠出。

 彼の部活の大会が一昨日終わって、その気晴らしに遊びに行くことになったのだ。


 「でも、ホントにあるの?この時期にあんまり人のこない穴場なんて」

 「大丈夫だって。俺の実家からちょっと行ったところだけど、クソ田舎過ぎて誰も来ないからさ」

 「陽子のワガママ聞いてあげたんだから、文句言わないの!」

 「ワガママってほどじゃ」

 「十分ワガママですぅ!水着恥ずかしいから人のいないところなら良いよって言ったのは陽子じゃん!」

 「いや、そんなところあるわけないからどこか別のとこにしようって言ったのに。それでも海に行きたいってワガママ言ったのは環奈の方じゃ」

 「まぁまぁ、せっかくの旅行なんだし、その辺で。俺も二人の水着姿楽しみだからさぁ」

 「「りょーくんのスケベ!!」」

 「えぇ……」


 りょーくんこと涼介と、環奈と私は幼稚園以来の幼馴染だ。

 小学校、中学校、高校とずっと同じクラスで、腐れ縁と言ってもいいかもしれない。


 涼介は運動神経は良いけど勉強はダメな方。部活は野球部に所属している。

 環奈は顔も性格も良いし、勉強もできる。運動は可もなく不可もなくという感じで、野球部のマネージャーだ。

 私は運動は苦手だけど、二人よりは勉強ができる自信がある。二人とは別で、美術部に所属している。


 そんな三人は、高校に入ってからもいつも一緒だった。

 りょーくんは他の男子にからかわれたりしていたけど満更でもなさそうだったし、環奈も三人でいる時はすごく楽しそうだった。私も、二人といる時間をすごく楽しんでいたと思う。


 けれど、いつしか私はりょーくんのことが好きになっていたのだ。


 自覚したのは、高校に入ってからだと思う。ハッキリと、恋してるんだって、そう思えたのだ。

 ずっと三人でいることが幸せだと思っていた。この気持ちを伝えたら、それが終わってしまうと思って怖くなった。

 けれど、それを一人でずっと抱えているのは苦しくて、辛くて。

 マックで環奈と二人で話している時に、うっかり話してしまったのだ。


 「私、りょーくんのことが、好きなんだ」


 それを聴いた環奈は驚いたような、今更かというような、困ったような、そんな表情だったと思う。

 だから私も気づいてしまった。環奈もりょーくんのことが好きなんだって。


 けれど、環奈はそんな気持ちに気付いてないかのようにこう言ったのだ。


 「陽子のこと、応援するから」


 私はハッとして、取り下げようとしたが、環奈の笑顔を見て、それを飲み込んでしまった。

 もしかしたら、それは失敗だったのかもしれない。


 それから環奈は色々世話を焼いてくれた。

 三人の関係が壊れないように、けれども、私とりょーくんがくっつくように。

 この旅行も、その計画の一つ。


 「折角の青春だもん。私がチャンスを作るから、告白してみなよ!」

 「青春だから。うん、そう、だね」

 「大丈夫だって、りょーくんも陽子のこと嫌いじゃなさそうだし!」


 そんな、淡い計画だった。


 海について、一緒に遊んで、休憩して、また遊んで。

 私が告白したのは、結局帰りの電車の中だった。

 疲れ果てて寝てしまった環奈を膝枕しながら、私は想いを伝えたのだった。


 「りょーくん、今日、すごく楽しかった。海に、一緒に行けてよかった」

 「あぁ、俺もすげぇ楽しかったよ」

 「それでね。もう一つ、りょーくんに言いたいことがあるんだ」

 「ん?何?」

 「私、りょーくんのことが好きになっちゃったんだ。友達としてじゃなくて、異性として」

 「…………」

 「このことは、環奈も知ってる。それでね、環奈は応援してくれたの」

 「………………」

 「ずっと三人で仲良くしていたいと思ってた。けど、この気持ちをずっと一人で抱え込んでいるのが辛くて。苦しくて。それで、環奈にも話しちゃったんだ。ごめんね」

 「……そっか」

 「……」

 「えっと、その、ごめん。気持ちは嬉しいけど、今は付き合えない」

 「……」

 「陽子のことは、たぶん、好き、だと思う。急なことだから、友達としてなのか、異性としてなのかわからないけど。でも、その気持ちとは別にやっぱり付き合わない方が良い、と思う。今年で野球は最後だと思うから、そっちに集中したいんだ。だから、その、ごめん」

 「……そっか」

 「だけど、もし、もしも来年の大会が終わったら、その時改めて俺の気持ちを伝えようと思う。だから、その、返事は保留に、させてもらえないかな」

 「うん」

 「すごいワガママだと思う。だけど、その時までは、このまま"幼馴染の三人"でいさせてほしいんだ」

 「わかった」


 電車の窓の外には、キレイな月が浮かんでいた。


===


 それからの私とりょーくん、それから環奈との関係は、何も変わらなかった。

 夏祭りに行くのも、紅葉狩りに行くのも、クリスマスもお正月も年度末テストも、三人一緒だった。

 環奈は気を利かせてくれたのか、時々二人にしてくれたこともあったけれど。

 「恋人」ではなく「幼馴染」の二人であってもすごく、楽しかった。すごく、幸せだった。青春、していたと思う。


 それが変わったのは、学年が上がって、少し経った頃だった。


 「部活に集中したいから、一カ月くらいはこれまで通りに遊べないと思う」

 「大丈夫。私も応援してるから頑張って」


 これがたぶん、終わりの始まり。


 それからりょーくんは確かに忙しくなった。環奈も、マネージャーとして忙しそうだった。

 二人は同じ部活だから、一緒にいる時間が増えたけれど、私は少し疎遠になってしまった。

 少し離れてみると、改めて私はりょーくんが好きなんだって思えたし、環奈に少し嫉妬もした。去年もそうだったはずなのに、そんなことを考えてしまう自分がちょっとだけキライになった。


 長いようで短い一カ月だった。

 その間何度も何度も嫉妬し、けれど二人のことを信じて思い直し、また嫉妬した。

 それが終わったのは、先週末のことだった。

 試合終了のサイレンと、彼の涙がそれを物語っていた。


 それから1週間、りょーくんは学校に来なかった。


 そして一昨日、環奈とりょーくんが私の家に現れた。


 「私たち、付き合うことになったの。ごめん」

 「俺、本当の気持ちに気付いたんだ。ごめん」


 あぁ、そうか。今度は私の番なんだって思った。神様はなんて残酷なことをするんだろう。

 この物語の主人公は涼介と環奈で、私はきっと敵役だったんだ。


 だから、私は笑顔でこう言った。

 「環奈達のこと、応援するから」って。


 それから少し三人で少し話して、涼介も学校にちゃんと登校することを約束して、二人で帰っていった。

 二人が居なくなって、私はベッドで泣きながらこれまでのことを思い出した。特別だと思っていたのは自分だけで、これまでずっと片思いで、二人がくっつくのはきっと運命だったんだ。親友と好きな人、私にとって特別で、二人にとっても特別な二人の青春が始まって、私の勘違いした青春はここで終わった、ただそれだけなんだ。私は、ベッドの中で泣きながら眠りについた。


===


 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン――


 電車の音に、意識が覚醒していく。どうやらうたた寝していたようだ。

 朝からいつもと違う方向の電車に乗って、冷房のしっかり効いた車内にいたはずなのに、横顔には不快な感触があった。汗か涙かわからないその感触を拭って顔を上げる。


 「お嬢ちゃん、ずいぶんと辛そうだねぇ」


 目の前の席におばあさんが座っていた。


 「何があったんか、話してみなぃ」


 なんだか不思議で懐かしい声だった。つられて、これまでのことを話してしまった。

 フラれたこと、これまでのこと、二人のこと。そして、今の自分の気持ちも。


 『次は鎧。鎧』


 おばあさんが降りようとするまで、色々な話をした。おばあさんからも色々な話を聞いた。

 その時間はとても居心地がよかった。逃げ出したくなるくらい荒んでいた心が、不思議と落ち着いた。


 「あんたはようやく大人の一歩を踏み出したんだ。青春はこーからさ」


 降りる間際におばあさんは私にそう言った。

 おばあさんが電車を降りて、私だけになった車内でその言葉を反芻する。


 「大人の一歩、青春はこれから、か」


 なんだかその言葉がストンと腑に落ちた音がした。


 好きなことを自覚したのは2年前だけど、きっとそれよりも前からずっとずっと好きだったんだと思う。

 それこそ、幼稚園で初めて一緒に遊んだあの暑い日から。


 それはただの初恋であって、青春ではなかったのかもしれない。

 それは長く続いた子供時代であって、青春は始まっていなかったのかもしれない。

 そう思うと、なんだか世界が変わって見えた気がした。


 「そっか、私の青春はこれから始まるんだ」


 電車がトンネルを抜ける。しばらくすると見えた空に、海に、山に、青色を感じる。

 電車の中に、潮の匂いを感じた気がした。


 『次は浜坂、浜坂』


 その駅名を聞いて、大好きだった祖母の家が少し先の駅で降りたところにあったことを思い出す。

 今は祖父しか住んでいない家だけど、祖母の作ってくれた醤油味の郷土料理や、面白い話、楽しい買い物。祖母が亡くなってからは疎遠になっていたせいで忘れていたけれど、そこでの幸福な時間も思い出してきた。


 「ばあちゃん、私、成長できたのかな」


 快速夏行きの電車の中、私は前向きな気持ちで未来に想いを馳せた。

===

※この物語はここまでです。

※次のエピソードとは関係がありません。

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