いのちあってのものだね
2021年8月度お題:「現代社会に対する悩み・疑問」
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「――でさぁ、こんなご時世だし、キャンプとかもいけねぇし。てか、団体行動とか遠出するだけで文句言われる筋合いなんてねぇよなぁホント」
俺、鈴原健斗は、画面の向こうの友人に向かって、愚痴を吐き出していた。
「まぁ、仕方ないさ。むしろ僕としては引きこもっていても文句を言われなくて済むというだけである意味ではありがたいとさえ思うけどね」
「えぇ。オタクってみんなそんなんなのかよ」
画面の、いや、音声通話だけでカメラさえつけない友人とは、やっぱりどこか肌が合わないなぁと思う。学生時代に同じ研究室でそれなりに過ごしてきたとは言え、インドア派とアウトドア派では感覚が違うみたいだ。
「いやいや、そうじゃないさ。オタクの中にも、『折角推しのグッズを揃えたのに、ソロキャンに行けない!』って嘆いている奴もいるしな」
「以外とアクティブな奴もいるんだな、オタク」
「僕には理解できないがね」
「あー、しっかし、家に居ながらそういう気分を味わえたりしないかねぇ」
「ふむ。じゃあ、VRワールドなんてどうだい?」
「VR?」
「あぁ。海とか空とか結構リアルな感じに味わえたりするらしいぞ。他にも、温泉旅館で卓球するとか、そういうのもあるらしい」
「おぉ、すげぇ」
「ちなみに欠点は、それなりのPCや機器を揃えようと思ったら、30万くらいかかることくらいか」
「たっか。その金で旅行行くわ」
「だろうな」
同じ考えらしく、鼻を鳴らしながら同意してくる。
「他になんかねぇの?」
「そうだな。例えばアニメとかどうだ?今期は沖縄の水族館を舞台にしたアニメとかもあるぞ」
「うちテレビないしなぁ。そしてテレビ買う金もねぇわ」
「ネットで観れるぞ?まぁ、もしくはネット注文で中古の漫画を買うとかどうだ?」
「あー、それくらいならなんとか? オススメとかある?」
「そうだな――」
その後、俺の希望を聞いた友人がオススメする漫画をいくつかネットで注文し、ついでにこれだけは観ろと今期のアニメを観ることを約束させられて、お開きになったのであった。
***
ピンポーン
『宅配便でーす』
それから数日、注文していた漫画が届いた。
十年近く前の作品で、三巻で完結の手ごろな奴だ。
「そんじゃ読みますかぁ」
俺はコーヒー片手に、漫画を読み始めた。
その漫画のあらすじはこうだ。
主人公は、とあることをきっかけに、東北の田舎町からスクーターに乗って遠出するのが趣味になった女の子。その女の子が、遠くて近い場所を旅する中で田舎の人々と触れ合い、それに癒されるというもの。
友人曰く、『時代が違えば支持されただろう良作』とのこと。
「まぁ確かに、絵はキレイでかわいいし、話も読みやすいから適当に読むにはいいなこれ」
巻数が少なくて、読みやすくて、遠出した気分になれる面白い奴、というアレなオーダーをした俺も俺だが、それに適う作品を出してくるアイツもアイツだなと思う。
手軽に読める分、一巻、二巻とすぐに読み終わり、すぐに最終巻にたどり着く。
ベッドの上で仰向けに寝転びながら、一ページ、また一ページと読み進めていくと、残り二話というところで、本の間から栞が落ちてきた。それが顔を直撃する。
「ぶへぇ。ってー」
紙とは言え、油断しきった顔面にぶつかったのは少し痛かった。
水を差された感じもしたが、とりあえず脇に置いておき、話を読み進めていく。
「うーん、まぁたしかに良作って感じだなぁ。背景とか描写とかは良かったけど、話はけっこう陳腐というか、インパクトに欠けるって感じだったわ」
読み終えて、本をしまう場所を考えながら独り言を呟く。ラストの見開きなんかは鳥肌が立つようなきれいな絵だったけど、言ってしまえば父親に叱られて拗ねた女の子が精神的に成長して父親と仲直りするってだけのお話。
良くも悪くも3巻で完結した作品だなという感じだった。
「そういえばさっき――」
本を本棚に仕舞おうとして、脇に避けておいた栞のことを思い出す。
ベッドの隅に追いやられていた栞を手に取る。
「ん?なんだこれ」
よく見ると、栞には何やら旅館三名様やら林檎五名様などと書いてある。
「あぁ、これ懸賞なのか」
まだ応募できるかを確認するために表と裏を観てみるが、どこにも書いていない。
不思議に思って何度かひっくり返しているうちに紙がズレる感触がしたことで気づく。
もしかしてと思いつつ、紙を横から潰すように押すと、その紙が開いた。
どうやら、応募はがきがキレイに二つ折りにされていたようだ。
「中古本って、こういうこともあるんだな」
新品の本や電子書籍ではあり得ないことだろう。何となく得した気分になる。
しかし、記入欄を見た途端、その気分もすぐに霧散してしまった。
応募期限が案の上とっくに切れてしまっていたのもそうだが、元の持ち主が書いたのであろう、住所などが既に記入され、その上から塗りつぶされていたからだ。
「てか、これ大丈夫か?」
パッと見では文字が読めなくなっているようにも見えるが、ボールペンで書いた文字を油性ペンで塗りつぶしてあり、光の当て方次第では十分に読めてしまうものだった。
「……どうしたらいいんだ、これ?」
そのまま捨てた方が良いのか、見なかったことにして元に戻しておくべきか。だが、その前に好奇心が勝り、記載された情報に目を通してしまった。
「えーっと、応募はB賞の温泉旅館二泊三日で、住所は隣の市か。名前は檻村優紀<おりむらゆうき>、十三才の女の子っと。十三才の女の子でこのチョイスは渋いなぁ」
A賞の遊園地ではなく、B賞の温泉。
もしかしたら、両親へのプレゼントのつもりだったのかもしれない。そう考えると何となく胸が温かい気持ちになるのを感じる。応募期限を考えると、もう既に二十歳になっているだろうか。その栞を本に挟み直し、本棚に仕舞った。
***
「ってことがあってさ、本の内容も良かったけど、なんかノスタルジーな感じっての? そういう気分になってしまったわ」
その日の夜、先日と同じく友人と通話をつないでいた。目的は漫画の感想を言うことだったのだが、ついでに話をしてしまったのだ。だが、それを聞いた友人は少し怪訝そうな声をあげる。
「その中古本屋、大丈夫か? 普通は買い取った本はきちんとチェックして、外しておくものだと思うんだが」
「まぁぴっちり折られていたし、俺も最初は普通の栞だと思ったくらいだから仕方ないんじゃない?」
「そうか。いやまぁ僕の考えすぎであればいいが。その店、物の管理だけでなく、個人情報の管理なんかも心配になってくるな……」
「いやいや、流石にそれは考えすぎでしょ」
「いや、個人情報というのはそれくらいシビアに考えるべきものだよ。とりあえず、今後その店は使わないでおこうと思うよ僕は」
「あぁ。そうすればいいんじゃね?」
「それと、他に同じようなことがあるかもしれないから、その差出人にも一応このことは報告しておいた方が良いんじゃないか?」
「えー、めんどくさっ」
「まぁ、そう言わず。それにもしかしたらその女の子とお近づきになれるかもしれないだろ?」
「それもそうかー? まぁこのご時世、出会いもねぇしなぁ。やるだけやっとくか」
「あぁ、そうしておいてくれ」
その後、漫画が届くまでに観たオススメされたアニメについて話しこみ、通話を終えたのは夜中の3時頃だった。
***
それから2週間後、差出人が檻村優紀となっている便せんが届いた。
手書きの綺麗な文字で、知らせてくれたことのお礼と一度会ってお礼をしたいことが書かれていた。
「しかも書かれていた住所でってことは、いきなり女の子の実家に行くことになるわけだよな」
そう、実家。普通女の子の実家に挨拶しに行くとなったらそういうことになるわけだが、決してそういうわけではない。どころか、一度も会ったことすらないというか、どんな人なのかすらも分からないのだ。
「まぁいざとなれば逃げればいっか。っと、ここかな」
そう覚悟を決めたところでちょうど目的地についた。
少し古めの日本家屋といった感じで、周りの他の家と比較しても古い。地主とか、そういう家なのかも。
そんなことを考えながら、玄関横に備え付けられたインターホンを鳴らす。奥から人の出てくる気配がする。
玄関の引き戸が開くと、そこには彼女の母親と思われる少し年老いたご婦人が現れた。
「えっと、先日手紙を頂いた鈴原と言います」
「あぁ、先日の! 遠くからわざわざありがとうございます」
「いえそんな。隣の市なんでまぁ」
「ふふ、さぁどうぞウチにあがってくださいな」
「あっ、えと、はい。お邪魔します」
言われるままに家に上がる。廊下の軋む音とほのかな家の香りに、なぜか懐かしさを感じる。
そうして案内された先は、居間ではなく和室だった。
そこには、仏壇が置かれていて、女の子の写真が飾られている。
「あなたが手紙を下さった、優紀の仏壇になります。よろしければ、線香をあげて頂けないでしょうか」
「あ、えっ、は、はい」
俺はひどく混乱していた。
彼女が既に亡くなっていたこともそうだが、その写真を確認する限りは随分と幼く見えたせいだ。
線香を供え、心を落ち着けるためにもしばし瞑目する。
***
「優紀は7年前になくなりました。幼い頃から病気をしていて、それを悪くして亡くなったんです。長くは生きられないと言われてはいましたが、本人が気丈に振舞っていたこともあって、それはもっともっと先のことだと、当時は思っていたんです。物静かで、とても優しい子だったんですよ」
線香をあげたあと、今に移動し、檻村紀子<おりむらのりこ>と名乗ったご婦人は彼女のことを語ってくれた。
幼い頃から入院しており、友達などもほとんどおらず、もっぱら本だけが友達だったこと。
いつか良くなったら俺が買った漫画の主人公のように旅してみたいという夢を持っていたこと
けれどその夢は叶わず、病室で静かに息を引き取ったこと。
カラン、という氷の入った麦茶のグラスが立てる音がした頃、紀子さんと目が合った。
「優紀が亡くなってしばらく、私たちも落ち着いた頃に一通りの本を処分したんです。優紀を忘れることはできなくとも、ただ面影に縋るだけの生活は止めようと思いましてね」
「その時にこの本も売ってしまわれたんですね」
「えぇ。ただ、中身を読むのはためらわれて。中を見ずにそのまま古本屋に引き渡したんです」
それがちょうど4年前のことらしい。
「でも、優紀はホントに気に入っていたんですね、その漫画。まさか、そんなものが挟まっていたなんて」
「そうですね。それで、よろしければ、この栞はお返ししたいと思いまして」
持ってきていた栞を差し出す。
「まぁ。ありがとうございます」
差し出された栞をゆっくりと手に取る。
そうして、そこに書かれた筆跡を、懐かしむかのように眺めていたが、ある一点をみてその表情が驚きに変わった。
そして何度かひっくり返して確認すると、突如として涙をこぼし始めたのだ。
「あ、その、何か!?」
「すいません。この応募先を見て、ちょっと」
涙声で話を続ける。
「この応募先は、一度だけ、あの子が一度だけ、体調が良い時期に、遠出した場所だったんです。療養のために連れて行った、場所なんです。あの子が、自分は長くないと悟っていた時期に、私たちに何かしたいと、そう考えていたと。そのことが嬉しくて、そのことが、あまりに辛くて」
そのまま大粒の涙を流し始めた紀子さんに向かって、思ったことを素直に言ってしまう。
「優紀さんは、そんな時期だからこそ応募しようとしたんじゃないですかね。両親にも、ちゃんと休んでほしいと。自分から解放されて、自由になったら、ゆっくりしてほしいって」
本当のところはわからない。ただなんとなく、そう思ったのだ。
俺の言葉を聞いた紀子さんは、声を上げて泣き始めた。
その姿を見た俺は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
***
それからしばらくし、陽が落ちた頃に檻村家を後にすることになった。
夕飯も誘われたが、丁重にお断りした。
「今日は本当に、ありがとうございました。また何かあったら、来てくださいね」
「はい、ありがとうございます。それでは」
角を曲がり、駅へと向かう。
夏の夜風が頬を撫でて気持ち良い。
そんな夜風に紛れて、声が聞こえた気がした。
ありがとう――
もしかしたら、彼女の声だったのかもしれない。
そう思うと、なんだか誇らしい気持ちになったのであった。
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※この物語はここまでです。
※次のエピソードとは関係がありません。
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