私の妹の可愛さに誰も気づいていないなんて!

2021年10月度三題噺:「清楚」、「ガリ勉メガネ」、「記者」

===

「お、おはよう!銀次くん」


 私は自分の座席に腰掛けながら、隣の席に座る幼馴染に声をかける。

 少し大きめの手帳に向かって悩まし気な表情をしていた彼、守部 銀次<もりべ ぎんじ>が顔を上げた。


「あぁ、香花か。おはよう」


 私、橘 香花<たちばな きょうか>はたったそれだけのことに心が躍る。

 これまでに何千、何万回交わした言葉だとしても、彼と言葉を交わすことで自然と気持ちが浮揚するのだ。


「何か悩みごと?」

「んー、今度のコンテストに出す記事の見出しが決まらなくってな。あとは見出しを付けてレイアウトするだけなんだけど」

「見出し、一緒に考えてみようか?」

「んー……」


 彼は悩まし気な声を上げる。些細なことでも、彼の力になれると嬉しいのだけれど。


「いや、やっぱり自分で考えるよ。ある意味、俺が記者になるためでもあるし」

「そ、そっか」

「気持ちだけ、もらっておくよ」


 気持ちだけでなくて私を――なんてことは冗談でも言えない!

 顔が熱を帯びるのを自覚しながらも、会話を続ける。


「そういえば、見出しを考えてるってことは、もう記事にする内容は決まったんだね。この前一緒に取材しに行った時のことにしたの?」

「そうだよ。誰かさんが取材の帰り道に寄った喫茶店でリスみたいにケーキを頬張ってた時の、ね」


 いたずらっ子のような笑顔でこちらを見てくる。


「そ、その話はもういいでしょ!もう!」


 私は気恥ずかしくなり―内訳は羞恥が4割、彼の笑顔にドキドキしたせいが6割だ―顔を背ける。


「おはよう、二人とも。楽しそうな話をしてるみたいだけど、詳しく教えてくれる?」

「あぁ、おはよう」「お、お姉ちゃんには内緒だから!ね!?」


 私は前の席に今しがた腰掛けた、双子の姉である橘 桂華<たちばな けいか>の話を遮る。

 このことは私と銀次くんの二人の秘密であって、二人で出かけたということも話していないのだ!


「そう、それは残念ね。この前二人で出かけた時のことかしら?」

「にゃ、にゃぜ知って」

「そうそう。まぁ、詳しくは本人から聞いてくれるかな?」

「えぇ、そうするわ」


 二人は意地悪な顔で私を見る。


「も、黙秘権を行使します……」

「ということで時間もかかりそうだし、もうすぐ授業も始まるから帰ってから問い詰めることにするわ」

「うぅ……」


 私が顔を伏せると、授業のチャイムが鳴った。

 せっかくの"二人だけの秘密"だったのに……。


「うーっす、それじゃあ朝礼はじめるぞー」


 ガラッと扉を開けて入ってきた男性教師が、歩きながら声をかける。


「起立」


 目の前の橘"委員長"が号令をかける。

 席に座っていた生徒は立ち、他の席に遊びに行っていた生徒は急いで自分の席へと戻る。

 姉はさっと周りを見渡し、問題ないことを確認してから続けて号令をかける。


「気を付け、礼。着席」


 号令に合わせて皆が着席する。私もそれにならう。

 私は教師の話す内容を話半分程度に聞き流しながら目の前の背中を見つめる。


 私と桂華は一応双子なのだが、まるっきり似ていない。

 背格好や顔立ちなんかは割と似ているようだが、それ以外の部分が絶望的なまでに違う。


 片や「容姿端麗、文武両道、性格、器量共に良し。誰からも好かれる委員長」

 片や「ガリ勉メガネでコミュ障。親しい人間以外には無愛想な奴」


 それは私たちの"特殊な"生い立ちにも由来する。

 けれども、そのことを知っているのはこのクラスでは私たちと隣の席にいる銀次くんだけ。

 もちろん、自身のことを「理解してほしい」「認めて欲しい」と思うこともあるけれど、彼との秘密という大事なつながりでもある以上、それはそのままでも良いのかなぁと思ってしまうのだ。


 チラリと隣の席を盗み見る。

 彼は真剣な表情で大きな手帳に何かを書きこんでいるようだ。

 もちろん、教師の話す内容をメモしているわけではなく、先ほど話していた記事のことだろう。

 何か良い見出しが思いついたのかもしれない。

 心の中で「頑張れ」と囁いて、教師の話す内容に意識を戻すのでした。


===


「「「ごちそうさまでした」」」


 俺は、手元の弁当箱を丁重に片づけ、それを目の前の幼馴染へと返す。

 いつも通り売店で何かを買って済ませるつもりだったのだが、今目の前にいる二人にお誘いされてお昼を一緒にすることになったのだ。


「ありがとう。すごく美味しかったよ」

「お、お口にあったようなら、よろしかった、かと、あぅ……」


 極度に緊張していたのか、変な言葉遣いになりながら、俺の心からの賛辞を受け止める。

 無理もない。何せ――


「しかし、香花は料理も出来たんだな。幼馴染だったのに、今日まで知らなかったよ」

「そうよ?この子、勉強だけじゃなくて、結構家事もできるんだから。まぁたまにぼーっとしすぎて焦がしたりもするのだけれど」

「あはは、香花らしいな」

「ううぅ……」

「そこも含めて私の妹は可愛い、そう思わない?」

「あぁ、そうだね」

「あぁ……うぅ……ばかぁ……」


 三人分の弁当箱をカバンに仕舞いながら、香花が羞恥に悶える。

 首筋まで真っ赤になっていて、今にも頭から湯気が出そうだ。


「これでもう少し社交的なら何の心配もないのだけれど。いや、これだけ勉強もできて、家庭的で、可愛いのだもの。社交的になったらなったできっと変な虫が寄ってくるに違いないわ。なら、このままでもいいような、でも……」


 途中から声が小さくなりながら、一人で何かを呟いている。

 普段は清楚美人で優等生の完全無欠な委員長様なのだが、俺や妹といる時だけはたまにこうして自分の世界に入り込む時があるのだ。

 こちらの声も聞こえなくなっているようで、仕方なく香花に話題を振ってみる。


「昔は家庭科の調理実習でも失敗してたから、てっきり料理も苦手だったのかと思ってたよ」

「そ、それは小学生の時の話だから!それに料理は昔からやらされてたけど、お菓子作りなんて、やったことも、みたこともなくて……」

「あー、そっか、そうだよね。ごめん」


 こちらも途中から小声になり、悲しげな表情になる。

 しまった、香花に小学生時代の話題は禁句だった。


「あ、ううん。いいの、気にしないで。でも、最近はお菓子もちゃんと作れるようになったんだよ」

「そうなんだ。弁当も美味しかったし、きっとお菓子も美味しいんだろうな」

「え、と、その、食べて、みたい……?」


 先ほどとは違い、不安気な表情でこちらを伺う。


「うん。是非とも食べてみたいな」

「だったら来週末にはウチに来なさいよ」


 自分の世界から帰ってきた清楚委員長様が話に割り込んでくる。


「お、お姉ちゃん!」

「もちろん材料の買い出しから付き合ってもらうわ。なんなら泊っていってもいいわよ?」

「買い出しにはもちろん付き合うよ。けど、お泊りは流石に、ね」

「あ、ちなみに来週末なのは母さんが実家に帰ってていないからだから」


 つまり、俺とこの二人だけで一晩を過ごすということになるということだ。

 いやいや、なおさらダメだろ。こっちも健全な男の子なんだぞ?


「お、お姉ちゃん……」

「まぁお泊りは冗談にしても、タダでこの子の作るお菓子にありつこうだなんて、そんなことは考えてないわよね?」

「あぁ、もちろん。荷物運びで良ければ手伝うつもりだよ」

「そう、それならいいわ。私はその日夕方まで委員会の研修があるから、二人で行ってらっしゃいね」


 あれ、てっきり三人で行くのかと思って期待してたんだけど。

 そういうことなら仕方ないか。


「うぅ……お姉ちゃんのばか……」


 振り回された挙句、ハシゴを外された香花が嬉しいやら恥ずかしいやらという表情になっている。

 もちろん、香花の気持ちには薄々感づいてはいるのだが――


「夕方には帰ってくるんだろ?だったら少し遅くまではいないとだな」

「あら、それくらいの甲斐性はあったのね」

「当然」


 それに、桂華と少しでも一緒に居たいから、とは口が裂けても言えないが。


「それじゃあこの話はまた今度詰めましょうか。もうすぐお昼も終わりそうだし」


 桂華が言い終わると、ちょうど予鈴が鳴った。

 それを合図に、昼食会は散会となったのであった。


===


 その日の夜――


「でね、その喫茶店のケーキがすごく美味しくて、思わず大きめに切って口に入れちゃっただけなの!それなのに銀次くんは頬張ってるって言い張ってるだけで……。そ、そんなにがっついたりしてなかった、と、思うんだけど……」


 お昼に決まった今度のお茶会とその準備について可愛い妹と相談した後、今朝あの子と話していた内容を問い詰めてみたら、思いのほかあっさりと白状したのだ。

 内容は惚気が9割5分、もちろん本人に自覚なしである。


「そうね、それくらいなら、そこまで言うほどではないかもね」

「だよね!よし、今度またからかって来たら、言い返さないと!」


 私の妹はすごくかわいい。特にこうして好きな男の子の話をしている時のコロコロ変わる表情はどれをとってもかわいいというのは反則だ。

 しかも、本当に親しい人間以外には全くと言っていいほどそんな素振りは見せないのだから、この子の姉で本当に良かったと思う。


「あら、貴女にちゃんと言い返せるのかしら?」

「はうっ!ちゃ、ちゃんと言い返せるもん、銀次くんになら、たぶん」


 この子は極度の引っ込み思案で、男性はもちろん、初対面の女性とすら会話するのも怪しい。

 そんな子がこんなにも多彩で可愛らしい表情をするようになったのだ、彼には感謝しかない。


「そう、ホントに言い返せたか、今度彼に確認してみるわね」

「うぅ、お姉ちゃんのいじわる……」

「ふふ、それじゃあもういい時間だし、そろそろ私も明日の準備があるから部屋に戻るわね」

「あ、うんそうだね。お姉ちゃん、おやすみなさい」

「ん、おやすみなさい、香花」


 妹の部屋を出て、隣の自室へと戻る。

 最後の表情は危なかった。あんなに可愛らしく拗ねられたら、思わず抱きしめてしまいそうだったではないか。

 興奮を抑えながらなんとか自室にたどり着き、手早く翌日の準備をしてベッドに入る。


 しかし、直前に興奮してしまったせいか、やけに目が覚めてしまっている。

 仕方なく、天井を見つめながら思想に耽る。


「銀次くん、ねぇ」


 私の可愛い妹は随分と彼にお熱だ。

 それは彼が妹の境遇を変えてくれたことにある。

 彼の父親は筋金入りの記者で、正義感に溢れた人であったらしい。

 それを受け継いだ彼が私たち姉妹のために行動し、そして私たちの全てを変えてしまったのだ。


「まったく、本当に変な男の子よねぇ」


 人扱いされていなかった妹は人扱いされるようになり、私の可愛い妹はさらに可愛くなった。

 それだけでも、神様という存在がいるのであれば感謝したいくらいだ。

 けれども彼の方はというと、どうやら私の方に気があるようだ。

 幸いなことに、妹はそのことに気付いていないようだが。


「ほんと、難儀なものだわ」


 私にとっては、妹こそ全てであり、妹は全てに勝る存在である。

 そんな妹を守るため、頭脳を磨き、身体を磨き、容姿を磨いたのだ。

 正直なところ、有象無象の男ども女どもについては眼中にない。

 妹を救ったという一点において、彼のことを認知しているに過ぎないのだ。


「けど、現実問題としてどうすべきかしら」


 彼がもし私に告白してきたら?

 彼の様子を見る限り、余程のことがなければいずれその時は来るだろう。


 その時、正直に今の気持ちを伝えて断るべきだろうか?

 いや、もしそれで彼と妹が疎遠になることがあってはならない。

 そんなことがあれば、折角の妹の笑顔が台無しになってしまうではないか。


 では受けるのか?

 次善の策ではある。妹も悲しい顔をしながら、祝福してくれるだろう。

 落ち着いたら、初々しく義兄さんとでも呼ぶだろうか。それはそれでいいものである。

 ただ、私としては興味のない男とくっつき、何より大切な妹を傷つけることはしたくないのだ。


 他に案はないか?

 私と妹、二人とももらってくれるならというのはどうだろうか?

 非常識だが、それはそれで悪くない話だ。

 何より合法的に……、いけない、折角落ち着いてきたのに、また興奮してきてしまった。


 その後、私が寝付くまでにしばらくの時間を要したのは言うまでもないだろう。

===

※この物語はここまでです。

※次のエピソードとは関係がありません。

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