奇跡病~妹と僕の会話~
2022年3月度三題噺:「カードキー」、「鏡」、「アルストロメリア」
===
少しだけ長い廊下の突き当りに、まるで核シェルターかというような扉が鎮座している。
その横の壁に備え付けられた小さな箱型の機械にカードキーをかざすと、いくつかの電子音を発した後、重さを感じさせない動きで扉が開いた。
その扉を通り抜けた先には廊下が続いており、その中を一人歩く。
病院ではあるものの周りに人の気配はほとんどなく、人の迷惑にならないかとあまり神経を使わなくて良いのは気楽で良い。などと考えている間に、目当ての病室の前にたどり着く。
目当ての部屋の前で一度呼吸を整えた後、手元のカードキーを扉の横の機械に差し込むと、ロックが外れる音がした。
「コン、コン」
軽く扉をノックすると、中から「入って大丈夫ですよー」というのんびりした女の子の声が聞こえてきたので、ゆっくりと扉を開けて入室する。
先ほどと比べれば短い廊下を通り過ぎ、大きな病室用ベッドの横にたどり着くと、部屋の主である女の子が声をかけてきた。
「海斗お兄ちゃん、おかえりー。3日ぶりだねー」
「あぁ、ただいま……って変じゃないかな、加奈」
「えー、うちはここに住んでるわけだし、変じゃないよー」
「そっか。体調はどうだ?特に変わりないか?」
「いつも通り問題なしでありまーす」
「それは良かった」
話ながら、持ってきた荷物の包装を解くと、甘い香りが漂う。
「あ、いい匂い。それ、去年も持ってきてくれたお花だよねー」
「あぁ、そういえばそうだったっけ。覚えててくれたんだな」
「可愛いお花で、割と長く咲いてたから覚えてたんだよー」
「そっか。ちなみ花の名前は覚えてる?」
「え、えっとー。アル、アルス、なんだっけ?」
「アルストロメリアだよ。今年もバイト先で綺麗に咲いてたからもらってきたんだ」
「そうなんだ!いつもバイトお疲れ様ー」
この屈託のない笑顔は、唯一の肉親である俺にしか見せないと看護師からも聞いている。
いつか病気が治って、他の人にもその笑顔を向けてほしい、というのは叶わぬ願いなのだろうか。
「ありがとう。加奈の方は、今日も検査だったのか?」
「そうだよー。いつも通りに色々検査してー、質問に答えてー、難しい顔されておしまいー!って感じー」
「その調子で回答されてたら、先生も困るんじゃないか?」
「えーなにそれひどいー」
「あはは」
「もー、笑う所じゃないってー」
「ごめんごめん」
語尾が間延びする話し方は昔からで、それだけ変わらないことにどこか安心する。
「それで、先生はなんて?」
「『いつも通り異常はないですねー』とか『しかし、潜在的な魔力量は増える一方で恐ろしいですねー』って言ってたよー」
語尾のせいで似ても似つかない主治医のモノマネを交えながら、検査結果を教えてくれた。
潜在魔力量が増える一方、か。
「そんなこと言われても、今まで魔法なんて使ったこともないから、どうして問題なのかもわからないのにねー」
「魔法じゃなくて魔術な。って言っても、学校で習うものなんて大したもんじゃなかったぞ」
「えー、でも高校に行かないと習わないんでしょー?気になるじゃんー。みーせーてー」
「すまんが見世物じゃないんでな」
「けーちー。ちょっとくらいいいじゃんー!」
「そうは言っても無理なものは無理だから、ごめんな」
見せられないといっても、俺自身が全く魔術が使えないというわけではない。
学校で習う程度―小さな火を灯す、コップ一杯程度の水を具現化する、といった程度―であれば、問題なくこなすことはでき、学校でもそれほど悪い点数は取っていないのだ。
ただ、この部屋、より正確には核シェルターみたいな扉から先では、一部の例外を除いて魔術が使えないように処置されており、俺みたいな一般人には魔術の使用は禁止されているのだ。
「海斗お兄ちゃんのけちー。明日も来てくれなきゃ許してあげないー」
「あぁ、それならちょうど良かった。明日は学校もバイトも休みだから来ようと思ってたんだ」
「ホントー!?」
「ホントだ。ただ、一応明日も来るって伝えておかないと迷惑がかかるし、先に先生に言ってきてもいいかな?」
「うんうん!楽しみ!いってらっしゃいー」
「はいはい」
一旦病室を後にし、来た道を少し戻る。
ナースセンターと言うには物々しい見た目の部屋に入ると、白衣を着た男性が手鏡を持って座っていた。
その奥のモニターには、加奈の病室の様子も映し出されている。
「木下先生、お疲れ様です」
「ん?あぁ、海斗くんか。今日も出勤とは勤勉だね」
「『今日も』とは言っても、3日振りですよ」
「そうかいそうかい。まぁ3日くらいは1日みたいなもんだよ。私はその間家にも帰ってないしね」
「それは、その、お疲れ様です」
「それで、何か用事かい?」
特に気分を害した様子もなく、気さくに質問してくる。ただし、手鏡を見ながら前髪をいじるのはやめない。
「えっと、実は明日も来院しようかなと思ってまして。検査のお邪魔をしてはいけないかなと思ったので、何時くらいであれば大丈夫かを伺おうかと」
「いや、この流れでそんなことを言うなんて、ホントに真面目だねぇ君」
「いや、なんかすいません」
「いいっていいって。明日は定期検査だけだし、来院可能時間までには一通り終わるから十時以降であれば問題ないはずだよ」
「わかりました。では、十時くらいに伺うようにしますね」
「ん、そうしてくれ。あぁ、そうだ、それとだね」
手鏡から視線を外し、まっすぐに俺の顔を見て真剣な声音で続ける。
「何度か注意しているし、そもそも使えないようにはなっているけど、病室内で魔術の話は原則禁止だから、気を付けてくれ」
「……」
「今では一般的になった技術だし、他愛ない話だと一般的には思われるかもしれないけれど、彼女がそれを暴発させた場合、この国が消し飛ぶ可能性だってあるんだ。万が一の可能性だって排除しなければならない僕たち魔術医師のことも、わかってほしい」
「……すいませんでした」
妹の加奈が罹っている病は、通称『奇跡病』と呼ばれている。
潜在的な魔力が増え続け、ふとしたきっかけで超常的な現象を引き起こして絶命する、そんな病気だ。
南米の女の子が地域一帯の流行病を一夜にして収束させたという話もあれば、中東の男の子が国の破滅を願って国土の4割を消し飛ばした事例もあるというし、未来数百年分の科学技術をまとめられた書物を残して忽然とこの世から姿を消したというウソのような話もある、複雑怪奇な病気である。
最初の症例報告から10年以上経った今でも、治療法どころかどうして発生するのかもわかっていない奇病であり、発症者は国家レベルで保護という名の監視下に置かれているのが現状でもある。
「真面目な君だから、もちろん理解はしてくれていると思う。だからこそ、今後もより一層協力してほしいんだ」
「わかって、います。すいません」
「ん、わかってくれるなら良し。それにね、彼女を数年もこの世にとどめ続けている君みたいな存在には感謝もしているんだ。それを失いたくはないのも本音だよ」
「……ありがとうございます」
これまで十数例ほどが確認されているが、普通は発症を確認されてから一年足らずで暴発し、命を落としているらしい。あくまで教科書に書いてあるレベルの話にはなるけれど。
「それじゃあ、来院予約を入れておくから。これからもよろしくね」
「はい。失礼します」
少し気まずい雰囲気となった部屋を後にする。
理由は違えど、加奈のことを大切にしていることには変わりないのだ。
俺は唯一の家族として、木下先生を始めとする大人たちは研究材料として、だけれど。
「戻る前に、トイレに寄っておくか」
ぽつりとつぶやき、歩みを進める。
用を足し、手を洗って顔を上げると、大きな鏡に自分の姿が映る。
「ヒドイ顔だ」
どこか泣きそうにも見えるが、加奈が入院し、母親が狂い、父親が蒸発してからずっとこんな顔だった気もする。
水で顔を何度か洗って拭うと、多少はマシになった気がしたので、改めて病室に向かう。
病室に戻ると、加奈が笑顔で迎えてくれた。
「海斗お兄ちゃん、おかえりー」
「あぁ、ただいま。先生に相談して、オッケーだってさ」
「やったー!ねぇ、明日はどんなお土産持ってきてくれるー?」
「ということは今日はもう帰ってもいいのか?」
「ダメ―!」
少し涙目になりながら、こちらをにらんでくる。
ベッドの横にあった椅子に腰かけ、加奈の頭を撫でてやる。
「あははごめんごめん。今日は時間もあるから、ゆっくりお話しようか」
「海斗お兄ちゃんのバカー。学校の面白い話してくれなきゃ許してあげない!」
「わかったよ。そうだなぁ、この前隣の席の奴が居眠りしてたら先生に注意されて、寝ぼけて先生のことをお母さんって呼んだ話ってしたっけ?」
「なにそれー!そんな漫画みたいなことってあるの?!」
「いや、あれは面白かった。教室中大爆笑だったもんな」
加奈の笑顔で、この世の嫌なことを全部忘れるように、そんな他愛ない話を日が暮れるまで続けたのであった。
願わくば、そんな時間がずっと続くように、祈りながら。
===
※この物語はここまでです。
※次のエピソードとは関係がありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます