8-16 侯爵家との会見
「みんな、いいか。伯爵家と違いアドフォード家は上から目線で来る。
いちいち目くじら立てることのないようにな。
相手はお子ちゃまと残念な奥様だ。
まぁ、昨日お灸を据えておいたからどこまで変わっているかは分からんけど、心してくれ。
それとアイナ、おそらく馬車や馬にもチョッカイ出してくる可能性があるから、シルバーとロシナンテを守ってやってくれな。」
「公爵邸の中には入れないですが、シルバーとロシナンテのためです。
ここは敢えて馬車に残ります。」
「すまん。」
「つきましては、早めにお手付きを…。」
「それは却下だ。」
「ちっ。」
「まだ、癖は治らんようだな。
その癖が治ったらという事にしておこう。」
「それは、アイナの“あいでとてー”が失われます。」
「は?あいどて?あいでと? あ、“アイデンティティー”か。」
「そう、そのようなものです。」
「どうでもいいよ、そんなもの。君にそんなものは無い。」
「え~。悲しいですよ~。って言ってる間に、公爵邸です。」
「それじゃ、正面から入って行くよ。」
「わっかりました~。」
公爵邸の正面門に到着する。
守衛が槍で構えているが、アイナが俺の名前を言うと急ぎ門が開いた。
そのまま館の車寄せまで行くと、執事、メイド2名が待機し、下車する俺たちをサポートしてくれる。
「ニノマエ様、定刻のご到着、痛み入ります。」
「すまないな。」
「では、これより会見場所までご案内いたします。」
「よろしくお願いします。」
執事が玄関を開けると、ホールの絨毯に沿ってメイドさんが20人以上両脇に並んでいる。
「ニノマエ様、ようこそおいでくださいました。」
びっくりしたー。
なんだこの列は、ノーオの街の歓待よりも綺麗に整列してるよ。
「皆さん、お出迎え頂き感謝申し上げます。
しかし、私は貴族ではございませんので、ご無理なさらず。」
すると、40歳くらいか…メイド長と思われるヒトが、メイド独特の挨拶をする。
「何を仰いますか。
ニノマエ様は、私たちまでご配慮いただける御仁でございます。」
「へ?」
「昨日、メリアドール様から試供と称して、サボーに似たものをいただきました。
昨晩、皆がそのサボーを使いましたところ、肌がスベスベ、艶々になりました。
このようなものを私どもにいただきましたお礼はすべきであると当主に伝えましたところ、ニノマエ様に直接お礼をしなさいとのお言葉もいただきました。
さらに、当主は、ニノマエ様は市民という身分にも関わらず上を上と見ず、下を下に見ない、平等に扱ってくださる御仁であるとも…。
私たちのようなものにまで心配りいただける方こそ、英傑であると言えます。
この場にて失礼いたしますが、メイド一同お礼申し上げます。」
「(((ありがとうございました。)))」
「まだ販売前ですので、くれぐれもご内密にお願いします。
あ、それと、これは皆さんでお召し上がりください。」
俺は、メイド長さんと執事さんにパンもどきを10個渡した。
「ニノマエ様、こちらは何でしょうか?パンに似たようなものに見えますが。」
「執事さん、後で皆さんで食べてみてください。これまでのパンとは柔らかさが違いますよ。」
「ありがとうございます。では、後ほど皆でいただきます。
では、会見場へご案内いたします。」
「(((いってらっしゃいませ)))」
館内で『いってらっしゃい』と言われたのは初めてだ。
だが、掴みはよさそうだ。
廊下を歩いていく。
俺の左にディートリヒ、右にナズナ、後ろにベリルが控え、その後ろにスピネルが控える。
ダンジョンでの行動とまぁ一緒だな。
「こちらでございます。お館様、ニノマエ様をお連れいたしました。」
「入っていただきなさい。」
お、この声はヴォルテス君だ。
気丈にしているね。
俺たちは面会会場へと入る。
おぉ、立派な部屋だ。応接室をだだっ広くしたような部屋だ。
そこにヴォルテス君、スティナさんが座っており、ヴォルテス君の右後ろにメリアドールさん、スティナさんの左後ろにソフィアさんが座っている。
なんだかスティナさんにソフィアさんってなんか間違えそうで怖い。
「この度は面会の機会をいただき、感謝申し上げます。」
「ニノマエ氏、ようこそおいでいただきました。お噂はかねがね聞き及んでおります。」
「手前のような下賤の者の名を覚えていただくとは、恐悦至極に存じます。
先ずは本日、お目通りいただく名誉をいただいた者達を紹介させていただきます。
私の左隣がディートリヒ、その左がスピネルです。
私の右隣になりますが、ナズナ、その右がベリルです。
すべて私の伴侶でございます。」
「どうぞよろしくお願い申し上げます。(((どうぞよろしくお願い申し上げます。)))」
ふー。何とか様になったかな。
「では、当方も紹介させていただこう。
左に座っている者が我が妻のスティナ。私の右後ろに座しておるのがニノマエ氏も知っておる我が母メリアドール。そして、スティナの左後ろに座しているのが我が妹のソフィアである。」
「よろしゅうに。」
さて、どこまで仰々しい話をすればいいんだろうね。
「して、本日の用向きは何か。」
「ふぅ…、のうヴォルテスよ。そろそろ茶番は止めぬか。
カズも正式に挨拶してもらったのじゃ。それにすでにアドフォードの館におる者は、すべてカズの味方ぞ。貴族としての風格よりも、何をすべきかを考えるのが先じゃろうて。」
「ですが母上、貴族としての威厳というものも必要です。」
「その威厳をぶち壊したのは、さて誰じゃったろうな…。」
「これは手厳しいですね。
という事ですが、ニノマエさん。
もう普通に話しましょうか。」
「ふふ、まぁそういう事なら構いませんよ。
では、こちらから正式な契約条項の違反から話しますね。
ディートリヒ契約書を。」
「はい。」
以前伯爵家で治療した際の契約条項について違反があった事を告げる。
契約違反においての措置を要求することを伝える。
「それは法外な金額ですよ。」
「しかし、契約は成り立っております。」
「そのような大金は当家では持ち合わせておらぬ。」
「では、その代償として我が方は4つの代替案を提示させていただきます。
一つ目は、これから販売する石鹸の製法の特許申請。
二つ目は、石鹸に類する商品を開発した際の製法の特許申請と製法の公表による利益獲得。
三つ目は、販売する女性用の下着の製法の特許及び独占販売。
最後に、下着に着用するガーターベルトの製法の特許及び独占販売。
以上四つの権利などを国から承認を受けていただきます。」
ふふ。少し盛った。
盛った部分の交渉については、メリアドールさんは理解しているとは思うが、ヴォルテス君はどうかな?
「ニノマエ様、石鹸というものは、昨日私どもも使わせていただきました。
あれは良いモノだと思いますが、少々泡が少ないように感じました。」
「当方の石鹸は、サボーとは違い、少量の水で少しずつ泡を立てていくものです。
どなたか桶に水を汲んできてもらえませんんか。スピネル、お手本を。」
メイドさんが洗面器のようなものに水を張って持ってきてくれた。
スピネルが石鹸を使い、泡立てていく。
「手に付けた石鹸は、ごく少量の水で少しずつ指を回していきます。
そして、もう一度水を少量足します…これを3度くらい繰り返しますと…。」
スピネルが手のひらいっぱいになった泡を見せる。
「おぉ……。」
全米中が初めて唸った…。
「ニ、ニノマエ様…、その泡を使わせていただきたいのですが…。」
おずおずとスティナさんが手を上げる。
「スティナ様、どうぞ。手に取って見て下さい。」
スピネルから泡を受け取ったスティナさんの目が輝いている。
「この泡はきめ細かいですね。昨日の泡とは全然違います。」
「はい。この石鹸は少しずつ水を足す事が重要なんです。
女性の肌と同じできめ細やかな泡で包み込むという事を心がけていただけると、なお良くなります。」
スティナさんが洗顔をし、タオルで顔を拭く。
「いかがでしょうか。」
「肌がもちもちとしていますし、潤いがありますね。」
「はい。実はその石鹸の中には蜂蜜が入っています。」
「え、あの高価な蜂蜜ですか?」
「そうです。蜂蜜には肌に良い成分がたくさん入っています。その蜂蜜を一定量入れることで、肌に潤いと栄養を与えてくれるんですよ。」
「どうじゃ、スティナ。これは王宮のサボーと同じものであるか?」
メリアドールさんがスティナさんに尋ねている。
「お義母様、これはサボーとは全く違うモノですわ。」
「そうか。では、これは王宮の製法とは全く違うものである可能性があるの。
であれば、製法の特許を取ることで問題はなかろう。
じゃが、何故、下着とは違い独占販売をしないのじゃ。」
メリアドールさんが、ニヤッと笑って俺に振る。
「この石鹸の製法を提供すること、つまり、たくさんの人がいろいろな種類の石鹸を作ることで単価が下がります。
そうしますと市民も買う事ができます。
自身の肌に合う“お気に入り”の石鹸を安く買うことができ、女性が綺麗になる。
そんな社会にしたいのです。」
「よくぞ申した。カズよ。
妾は、一人の女性として、カズの考えを支持する。」
あれ?少し大げさでないかい?
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