第四章 シェルフールにて
4-1 ギルド清算
出張を終え考える…。
俺が出来る事はわずかだが、少しずつ変わりつつある。
何故か“規格外”とか“化け物”とか言われるが、今は誉め言葉としてとらえておこう。
文化を1ランクアップさせること…。その種をまいているのが俺だが、それを刈り取ることができるのか…。いつまで出張を続けるのか…。
向こうの世界とこちらの世界…、向こうの世界の俺とこちらの世界の俺…。
何も変わらない。だが、自分の心に正直であるのは一体どちらなのか…。
公務員という仕事柄、守秘義務もあるし、自身の考えをおおっぴらに言う環境はない…。
閉鎖的な社会のため、俺自身がマイノリティーであるという事をカミングアウトもできない…。
出る杭は打たれるし、前例踏襲主義、事なかれ主義が蔓延っている。
そんな世の中に、俺というアイデンティティを見出すことができるのだろうか…。
現実逃避がこれまでの世界であることは重々承知している。
それに、存在意義を問われるのであれば、そんな意義があるのかも分からない…。
であれば、もう少しだけあの世界に力を入れてみたいと強く思った。
勘違いかもしれないが、俺を必要としているヒトが居る…。
ホント、ご都合主義だ…。自分に対して反吐が出る。
頭が固いんだよな…。もっとファジーに生きて良かったのかもな…。
でも…、それでも…、ただ毎日ハンコを押し、家に帰って家族ともしゃべらず、一日を過ごす日々に何の魅力があるのか…。
50過ぎれば、日々老いていく…。その老いに負けてしまっている。
どれくらい考えたのだろうか…。
気が付くと、23時を回っている…。
家に帰っても、皆寝てるだろう。
ぽっかりと空いた穴が埋まった。
ディートリヒ、トーレスさん、伯爵、レルネ様…、皆の笑顔が俺の心の中の穴を埋めてくれた。
よし、んじゃ、やりましょうか!
結論として出した答えは、俺が信じたヒトに文化を伝える事。
今はまだ皆に伝えることができないが、愛する事を分かち合いたい…。
それからの一週間は非常に充実していた。
仕事を粛々と進める傍ら、向こうへ持っていく資材の調達を始めた。
先ずは向こうから持ち出した金貨5枚をリサイクルショップに持っていき、金を現金に換金した。
ショップの店員からは『珍しい金貨ですね』と言われるが、親からもらったものだから良く分からないとお茶を濁した。
正直、貨幣の表面に記載されている文字やモチーフなんて良く分からない…。
次に必要な資材をネットで購入した。
Am〇onなら翌日に届くので楽だ。それに家族全員働いているので、俺が一番先に家に帰って来る。
誰かが受け取るという事は無い。買ったものはビジネスバッグの中に突っ込んだ。
どうしても食品関係が多くなる…。
調味料としてソース、マヨを教えたが、それ以前に砂糖、香辛料の出回りが少ない。
薬草以外で対応できるものなのか検討しなくてはいけない。
あとは、お風呂関係。
たまにしか入れないが、石鹸やボディシャンプーは必要だ。
それと、ディートリヒのためにもシャンプーは必須。
問題は、女性用下着と生理用品をどこで購入するか…。
おっさんが地元のスーパーなどで買う事はできない。近所の眼が怖いのだ…。ネットも良いが、もしもの時に白い目で見られるし、家族紛争にもつながる。まぁ、向こうの世界での俺の生き様は確実に家族紛争なのだが、向こうの世界での俺は俺として割り切る。
仕方がないので、某海外の大型量販店に行き、食材や衣類と一緒にあたかも家族に頼まれたかのように下着と生理用品を購入した。
ただ、下着については正直サイズが分からない…。
おっさん、サイズの測り方をネットで見ながらメモしていく。となればメジャーを持っていかなくてはいけない。
何か修学旅行前に準備をする学生になった気分だ。
後はトーレスさんに頼まれていた腕時計や念珠を数個、それに併せバジリスク・ジャイアントのバッグのような秘密めいたものを俺も真似したくなって、ソーラーの懐中時計を数個、女性用の腕時計も購入し、念珠もお気に入りのモノや少し効果なモノを購入しておいた。
そうこうしているうちに、次の土曜日がやってきた。
俺は休日出勤と称し、オフィスに行く。
同じように扉が現れ、その中に入っていく。
「ニノマエさん、一週間ぶりです。」
「ラウェン様、一週間ぶりです。」
「では、またよろしくお願いしますね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「ふふ、ニノマエさん、何か吹っ切れた事でもありましたか?」
「そうですね。自分らしく生きる事、自分に正直に生きる事を実感しています。」
「そうですか。とても良い事ですね。」
「そう気づかせてくださった事、感謝いたします。」
「それはニノマエさんがこの世界に真摯に向き合ってくださった事だと思います。
こちらこそありがとうございます。
では、時は貴方が寝ている時からスタートと言う事にしておきますね。」
「はい。お願いします。」
俺は、琥珀亭の部屋の中に居る。
服装はこれまでの世界のモノなので、早速バッグの中を確認し出ていく時に来ていた服に着替える。
うん。バッグの中は今週調達したものが入っている。
何か戻って来た、という実感がある。
俺はベッドに入り、もう一度寝る準備をする。
「カズ様、トイレですか。」
「あぁ、起こしてしまったか。すまないな。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
ディートリヒは俺の胸に顔を埋め、しばらくすると軽い寝息を立てる。
これからの30日には何があるのか、期待に胸を膨らませながら、俺も二度寝のような状態で眠り始めた。
朝、二人は目を覚ます。
ディートリヒに、これまでの世界で購入してきたモノを見せたいのは山々だが、どうやって話をしようか…。ディートリヒにはすべてを話してあるから、そのまま話すだけだな…。
ディートリヒを俺の膝に座らせ、後ろから抱きしめる。
「ん…。」
可愛い声を立てるが、ここは我慢、我慢…。
「ディートリヒ、俺は昨日これまでの世界に戻ってた。」
「え、そうなんですか?何時?」
「ディートリヒが寝てからかな。そして、ディートリヒが起きるまでに戻って来たよ。」
「はい…。お帰りなさい。カズ様。」
ディートリヒは少し寂しそうにするも、俺が戻って来たことが嬉しいのか、抱きしめている俺の腕をギュッとつかむ。
「大丈夫だよ。それにな、お土産があるんだ。」
「お土産ですか?」
「そう。でもこれはディートリヒや信頼できるヒトにしか渡さないようにするから、決して口外しないようにしてほしい。約束できるかい。」
「はい。お約束いたします。」
「ありがとね。じゃぁ、先ずは下着からかな。」
俺はバッグの中から海外の大型スーパーで購入した下着セットを渡した。
「ごめんな。サイズが分からなかったからスポーツブラのようなものになってしまった。」
「これは上でこれが下ですね。つけてみてもよろしいですか。」
「あぁ、お願いします。」
あ、俺完全にエロ親父だ。
「カズ様、どうですか?」
着たままの恰好を俺に見せる…。うーん…、エロい…。
「うん。とても似合っている。きつくないか?」
「今までと違い正直キツい感じはしますが、苦しいというのはありません。」
どうやらディートリヒはMサイズのようだ。
「これは、この世界で初めて出したものだから、ディートリヒ専用としてほしい。」
と、5枚セットを渡すと、嬉しそうにそれを抱きしめながらクネクネしている。
あとは、月のモノ対策。
「これは月のモノが来た時に下着に貼って対処するもんだから、これもディートリヒに預けておくね。」
俺は恥ずかしそうに生理用ナプキンを渡した。
「このようなものまで、私にいただけるのですか?」
はい。男は使えませんので…。
「ディートリヒ専用だよ。でも処分するときは言ってね。燃やす必要があるから…。」
「ありがとうございます。大切にします。」
とりあえずの窮地は脱したが、今後それを燃やす際には俺が魔法で燃やさないといけない…。
とても恥ずかしい…。
「後は追々使ってもらうモノを出していくね。」
「はい。カズ様。」
ディートリヒさん、それはそれは嬉しそうにしています。
買って来て正解だった。またコス〇コに買いにいくか。
「さて、今日は少しだけ付き合ってくれ。広場に行き今後の具体的な方針を決めた後、トーレスさんの店に行って、オークションについて聞こうかと思っている。」
「はい。分かりました。では早速準備いたしましょう。」
しばらくして、俺たちは1階に行く。
1階の受付には見知った顔がある。あれは冒険者ギルドのシーラさんだ。
「シーラさん、どうしましたか。」
「あ、ニノマエさん、ニノマエさんを探していたんです。
ギルド長の話は聞いておりますか?」
「概要だけですが。」
「そうですか。大変申し訳ありませんでした。実はこれまでニノマエさんが依頼をお受けになられた素材の買取が不正に安く見積もられており、今回調査した結果、ニノマエさんに正当な額をお支払いしたいと思いましたので待っておりました。」
「そうですか。待っていてくださり、大変申し訳ありません。ではギルドに行く前に朝食をとりたいのですが、シーラさんは朝食は済ませましたか?」
ピンハネされてた帳簿を、スタンピード後となるわずか数日で調査し改善するとは…。
シーラさん、優秀すぎます。
シーラさんも朝食がまだだったので一緒に食事をとることとし、朝食後に冒険者ギルドに向かうことにした。なお、本日の朝食はお好み焼きに卵を乗せたものだった。
既にアレンジを加え始めているイヴァンさんも優秀だ。
冒険者ギルドまで行く間、冒険者ギルドの今後について聞いてみた。
おそらく首都にある本部から直々にギルド長が選任され赴任されるようだが、それまではクーパーさんが代行を務めることとなったようだ。
それに、これまでの不正といった帳簿がギルド長の部屋の金庫から多数見つかったため、現在その対応に追われていること、そしてベーカーがピンハネした金貨を持ち主に返し、信頼を回復しようとしていることなどを告げられた。
冒険者ギルドに到着すると、クーパーさんは執務に追われているようなので、シーラさんから直接薬草採取88回分のピンハネ料しめて大銀貨56枚を渡された。
単純計算で1回につき約6千円もピンハネされていた計算になる。
しかし、どれだけ小金稼いでいたんだろう…、あ、金貨3,000枚か…。
ここまでやれば、敵ではないが天晴だよ。
俺たちはその金を持って広場に足を進める。
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